bokura-go.cocolog-nifty.com > 堀川:桜のある風景

06 大幸橋より望む満開の桜

06 大幸橋より望む満開の桜

 橋の上からの一枚。
 堀川にかかる満開の桜が大変見ごたえある風景。 
 何人ものアマチアカメラマンが写真を撮っていた。


08 堀川緑道と桜

08 堀川緑道と桜

 堀川を挟んで満開の桜並木が続いている


09 金城橋より

09 金城橋より

 けしてきれいと言いがたい堀川の水流であるが、こうして、桜並木とセットすると、風情もでてくるものだ


12 名古屋高架道路下の堀川

12 名古屋高架道路下の堀川

 今回の「堀川散策」で一番寂しい堀川の姿と思えた。
 鉄骨とコンクリートに挟まれた「悲しい顔」である。 


13 堀川(黒川)の由来

13 堀川(黒川)の由来

 堀川(黒川)が庄内川と繋がった旨の表記がある。


16 北清水橋より上流を眺める

16 北清水橋より上流を眺める

 北清水橋から上流を眺めると護岸整備もなされ、現代の「大都市の川」という顔を覗かせる。
 右岸に「親水公園」が続いている。 


19 親水公園

19 親水公園

 堀川の水運業がまだ盛んだったころ、この辺りに船着場があり荷物の積み下ろしがされていたという。
 堀川の流れを近くで観察できた。
 清流といいがたいが、それでも魚達が跳ね泳いでいた。


24 黒川橋欄干から

24 黒川橋欄干から

 黒川橋の欄干から堀川右岸の桜並木を見る


27 猿投橋

27 猿投橋

 赤い欄干の「猿投橋」が美しい。
 手前の右岸には大幸川の暗渠の丸い口が確認できる。
 堀川に架かるいくつかの橋の中でも「風情」がある橋の1つである。 


28 猿投橋

28 猿投橋

 昭和8年に護岸工事が完成して出来た落差3~4mの水流がすがすがしい。
 この橋を境にして、上流には「御用水街園」と呼ばれている。
 名古屋港に連なる「堀川」の感潮域もここまでとのこと。


30 御用水街園の桜

30 御用水街園の桜

 堀川(御用水街園)の桜たち
 もう、透明度の低い堀川とは別物の流れである。
 川を泳ぐ魚たちも、しっかり確認できるほど。
  


32 桜並木と堀川

32 桜並木と堀川

 樹から延びる枝の先の満開の桜が優しく川の流れを包んでいる


36 満開の桜 

36 満開の桜 

 こんな風景が延々と続き、なんとも言いがたい風情。
 名古屋にも見所があるということ。


37 木津根橋と桜

37 木津根橋と桜

 木津根橋の上流に広がる桜の木々
 まるで「桜の森」のようだ。


40 見上げると桜

40 見上げると桜

 満開の桜の木の下で、見上げて1枚ショット。


43 瑠璃光橋より

43 瑠璃光橋より

 瑠璃光橋の上から「堀川」の流れを写す。
 


48 辻栄橋と桜

48 辻栄橋と桜

 満開の桜の間から見えるのは「辻栄橋」
 


51 辻栄橋上流の清流

51 辻栄橋上流の清流

 川の流れもすがすがしい。
 川端の桜が愛しい表情をみせている一枚


52 新堀橋と桜

52 新堀橋と桜

 木津根橋・瑠璃光橋・辻栄橋・新堀橋とつづく堀川(御用水街園)。
 桜の見ごろの時期も短いが、ちょうど満開の頃で「満喫」というところ。
 人出も多く、高齢の車椅子のおばあさん達が職員さんと花見を楽しんでいた。
 職場の先輩がこの辺りに住んでいるという。羨ましい限りだ。


60 黒川樋門 

60 黒川樋門 

 庄内川と連なる堀川。
 その、庄内川から堀川(黒川)に引き込む水門で3口ある。
 ここから川は「矢田川」の下を通って続いている(伏越)。
 向こうには三階橋ポンプ場が見える。


62 三階橋ポンプ場より矢田川を望む

62 三階橋ポンプ場より矢田川を望む

 三階橋ポンプ場から見る矢田川の風景
 この川の下に堀川(黒川)が流れているということ。


65 朝日橋下の水口

65 朝日橋下の水口

 庄内川から取り入れた水はここから矢田川の下を流れて堀川(黒川)へと続いていく。


67 右岸に連なる桜並木

67 右岸に連なる桜並木

 矢田川(伏越)を越えたこのあたりからは、川の右岸に桜並木が続く。
 さきほどまでの花見見物の人たちも、さすがにここまでは、来ないのか静かである。


71 静寂な桜道①

71 静寂な桜道①

 堀川(庄内用水)横に続く桜並木、かくれ桜の「名所」といいたい。
 川の流れもきれいで、川端の桜の木々が静かに佇んでいる。


72 静寂な桜道②

72 静寂な桜道②

 


73 庄内用水元杁樋門

73 庄内用水元杁樋門

 桜並木道の終わりに待ち構えている「庄内用水元杁樋門」
 


74 庄内用水元杁樋門

74 庄内用水元杁樋門

 明治43年に建築された庄内川から取水し黒川に引かれる樋門
 「人造石工法」による産業構造物としては市内で現存する唯一のものだそうである。