2011.11.09

まあるい地球コンサート 2011

11月9日(水) 青春のフォークソング・ワールドだった

 ♪汽車を待つ君の横で ぼくは時計を気にしてる
  季節はずれの雪が降ってる ・・・

 ♪貴方は もう忘れたかしら 赤い手拭 マフラーにして
  二人で行った 横丁の風呂屋 一緒に出ようねって 言ったのに ・・・

 ♪あなたに さよならって 言えるのは 今日だけ 
  明日になって またあなたの 暖かい手に触れたら きっと ・・・

 70年代フォークの名曲といわれた「なごり雪」(75年)「神田川」(73年)「22才の別れ」(75年)

 6日の日曜日「イルカプロデュース『まあるい地球コンサート』 2011」に行ってきた。
 イルカ61歳、南こうせつ62歳、伊勢正三60歳の3人のそろい踏み。
 こうして年齢をあらためて書いてみると、歳月の流れを感じる。

 
 ははは、それもそのはず、会場には頭の白くなった、ちょっと禿げ上がった昔の若者たちも多かった。
 しかし、みな元気だった。
 イルカのトークなんて昔のままのあの声、南こうせつの話もかわらず楽しい、伊勢正三は還暦を迎えたというが、ほとんど昔のスタイルそのまま。

 二階席から豆粒ほどの姿のステージだったが、そんな気がしたなぁ。
 つまり、会場の客も含めて、み~んな同じように歳をとったから、そのまま昔に戻れば、そこには青春のフォークソング・ワールドが待ってるってことだ。

 コンサートチケットは妻が申し込んだ。「わたし小学生だったのよ、その頃から伊勢正三のファンだったわ」と。

 70年代のフォークソングは優しさと哀しさが合わさったような歌詞が多い。
 60年安保、70年安保、沖縄返還・・・社会の巨大な壁に、ちょっと疲れはじめた若者の気持ちに合致していたのだろう。
 「あの頃はなぁ・・・」と僕も振り返る。
 
 昔の青春の頃の懐かしさを思い出してみたい。まだまだ元気にミュージシャンとして活動してる姿を確認して、俺も私もまだまだこれからだ!そんな気持ちになったのじゃないかと・・・

 83歳になるイルカのお父さん保坂俊夫はジャズマン。
 娘のコンサートは特別出演するんだと元気なサックス演奏を披露した。その年齢を聞いて会場も大きな拍手だった。
 み~んなまだまだ老け込む歳じゃないと確信しただろうなぁ~。
 
 

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2010.11.14

音楽は楽しい

11月14日(日) 綾戸智恵コンサート

 愛知県芸術劇場コンサートホールで開かれた「綾戸智恵コンサート」に行ってきた。
 いや、予定していたわけでなく、チケットをとっていた友人が急遽行けなくて・・・というわけだから、はたしてどんなものかと思ったが、期待以上のものだった。

 あまりコンサートなど行くことも少ない。
 行くにしても、妻が「どう?」と声をかけてくれてというのがほとんどなので、音楽なんてよく分らない。
 ましてや、JAZZなんて家にあるCDを聞くくらいなもの。
 だから、こういう会場に一人で行くのは緊張するのだ、べつに捕って食われるわけじゃないが、それでも緊張するのは、日頃の無精者の心境なんだろう。
 とかく、目新しいものに億劫な性格に起因しているから、JAZZ・・・う~ん、英語もわからんし、どうなんだ?

 綾戸智恵さんの自伝は以前読んで、人柄のようなものは知っている。
 CDもちょっと前に買って、なんとなく分っているつもりだが、生のコンサートとなると、やっぱりどうなんだろう?
 そんな、気持ちで一人でのこのこと出かけたわけさ。

 音楽はよくわからんけれど、音楽は楽しいものだ。
 いやぁ、2時間のコンサートがあっという間に終わるほど楽しいものだった。
 大阪弁の喋りも面白いが何よりも綾戸智恵さんが楽しんで歌っているのがいい。
 そんな雰囲気がしっかり伝わって、音楽って、JAZZって楽しいものだと、この歳になって実感したわけ。
 この楽しく聞けたってところが、良かったなぁ~と思う幸せ感なんだな。

 コンサート会場を出て、オアシス21とテレビ塔のライトアップされた写真を撮ってみた。
 いつもなら「なんだこんなもの!ふん」と見向きもしないが、なんとなくこういう都会に暮らすのも、それはそれでいいか!と思えるのはなぜだろう。
 人間元気で生きていれば、いろいろと教えてもらうことも多いものだなぁ。

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2010.07.30

昔の歌を引っ張り出してみる

7月30日(金) それで自由になったのかい

 生きている限り、気分の良いときも、悪いときも、なんとなくつまらないことに引っかって抜けられないときもある。
 何かに引っかかって、「つまらないことさ!」と心をチェンジできれば、そんな楽なことはないが、モヤッとした心もちを引きずるときは、小心な自分が見えてくる。
 「気持ちを切り替える」というのは、けっこう幾つになっても難しいものだ。

 70年代のフォークソング。
 岡林信康のロック調の歌を引っ張り出してみる。「それで自由になったのかい」
 高校生の頃、古くなったアルバムだから格安で譲るという友人から買ったレコード「私を断罪せよ」に収録されている。
 もっとよく知られた「友よ」とか「山谷ブルース」とかも入ってるが、それらも含めて日本が高度経済成長に突き進もうとしている時代の歌だ。
 だから、権力とか既成概念とか、そういうものに敏感に若者が反応していた時代でもあった。
 この「それで自由になったのかい」という曲も、そういう当時の雰囲気をよく表している。

 そういう当時の歌も、時代を経て今聞いてみると、いささか歌詞の陳腐さはあるものの、なんだかやりきれない閉塞感と先の見えないこの時代にあって、ちょっと開放感を味わえる。
 現代では「アウトロー」であり「はみだし者」の心情だと思うのだが、そういう雰囲気に浸っていたのが70年代だったのかも知れない。
 
 「子どもの世話をするのが嫌になったから放置した」と母親による児童の虐待死のニュースが流れていた。
 なんて可哀想なことをするのだろう!とニュースを耳にした多くの人はそう思うにちがいない。
 暗くて辛いニュースなのだが、ちょっと待てよ。
 案外、自分たちの生活の中でも、平気で身近な人びとを遺棄してるんじゃないか?
 人の心に気持ちを寄せたり関心を寄せることをシャットアウトしてるんじゃないか?
 社会全体が人を遺棄することに、他人事のニュースを聞くような感覚になってしまったような気もする。
 
 「それで自由になったのかい」不器用であっても心の優しさを感じる歌だが・・・


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2009.04.25

雨の土曜日のグラシェラ・スサーナ

4月25日 琴線にふれる音楽

Adoro 朝から雨が降り続いた土曜日です。
 ふだんは我が者顔でとんでるカラスや鳩たちもこんな雨の日はじっと巣篭もりしてるのか。
 花壇の花たちもうつむきかげんです。

 雨の日はちょっと部屋にこもって静かに過ごすのも悪くありません。
 グラシェラ・スサーナ。
 1970年代アルゼンチンの天使の歌声と言われたシンガーです。
 
 菅原洋一がアルゼンチンのクラブで歌ってたグラシェラ・スサーナに感銘して日本に招待し、以後日本で活躍したという。
 「アドロ」「サバの女王」などは有名だから一度はどこかで聞いたことがあるでしょう。
 そんな彼女の70年代の歌声を100曲ほど聞き続けてみました。
 「グラシェラ・スサーナ・コレクション」CD5枚組を、「え~、本当に買うの?」っていう妻の疑問符つきの呆れ顔にもめげずに通販で取り寄せたってわけです。

 3月から4月にかけて忙しく仕事をした自分への励ましのご褒美ってところ。
 情感にあふれる曲は自分の選択肢の一つです。
 どんなに古いとか狭いとか(笑)言われても心に響く曲は人それぞれ。
 自分で納得できる音楽はたとえどんなジャンルでも大切にしたいと思うのです。
 琴線にふれる音楽、それでいいんじゃないかと・・・
 
【youtubeで聞くグラシェラ・スサーナ】
 アドロ
 サバの女王

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2009.03.06

♪しあわせの歌

3月6日 労働歌

 かって、うたごえ運動やうたごえ喫茶というものが流行った時代がありました。
 喫茶店に入ると小さな歌詞の書かれたものが配られ、アコーデオンにあわせて誰かれなくコーラスするんです。
 団塊の世代、あるいはその前の世代の方々には懐かしい「しあわせの歌」です。
 
     しあわせの歌
                    作詞 石原 健治  作曲 木下 航二

   ♪しあわせはおいらの願い 仕事はとっても苦しいが
    流れる汗に未来を込めて 明るい社会を作ること
    みんなと歌おう しあわせの歌を ひびくこだまを 追って行こう

   ♪しあわせはわたしの願い あまい思いや夢でなく
    今の今をより美しく つらぬき通して生きること
    みんなと歌おう しあわせの歌を ひびくこだまを 追って行こう

   ♪しあわせはみんなの願い 朝やけの山河を守り
    働くものの平和の心を 世界の人にしめすこと
    みんなと歌おう しあわせの歌を ひびくこだまを 追って行こう


 そういう時代がしぼんでしまった後の世代としての自分は、この歌をどこで覚えたのか記憶があいまいなんですが・・・
 兄から聞いたのか、学校の教師に教えられたのか、不確かなものだけれど、おそらく初めて知った労働歌だと思う。

 青臭いと言われても、現実的じゃないと言われても、こういう人間の「つながり」は今でも見果てぬ夢です。
 「青春もの」と称されたドラマが、若者たちの愛や友情を描いていた頃、まだ青春には少し早い自分であったが、幼い感動につつまれていたものです。

 どうも、そんな感動という感情はそこから育まれていったようにも思うわけです。
 それは今でも子どもたちが友だちを励ましあいながら走る「30人31脚」のような番組や「金八先生」や「男はつらいよ」のような、そうした「情」の世界が好きなことにつながってるようにも思う。
 
 たまには、こんな労働歌を口ずさむのもよいんじゃないかと思い。
 ほとんどこんな懐かしい時代など「過去の遺物」としか思えない世代の方には、まあ単調でつまらないかも知れないと思いつつ、どんな歌なのかネットに紹介されていないか調べていたら、面白い映像を見つけました。

 「しあわせの歌」のパロディ版、替え歌というわけです。
 派遣切りや格差社会や環境破壊などに、ともすれば無抵抗で虚脱感ばかりが増している現代からすれば、案外こういう「ふしあわせの歌」のほうが現実味を帯びているのかも知れません。

 このメロディで「しあわせの歌」を口ずさんでみると、素朴で純情な1960年代が甦ってくるかも(笑)

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2008.03.24

70年代のうた

3月24日 70年代フォーク・ポプスって?・・・

 携帯電話を四六時中ピコピコやっている娘。
 やっぱし天罰が下って、先日とうとう携帯を打ちながら?眠り込んだときに体とソファーのサンドイッチになって壊してしまいました。
 今日、修理の方から連絡があったそうで、データの回復はできませんとのことらしい。

 「あ~あ、やっぱりダメだった、データ消えたから連絡がこない人は、それまでってことかなぁ」
 「そうかぁ~、良かったねぇ、並み居るカレシが自然淘汰できたから~ 良かったネェ~(笑)」
 「・・・・・」

 帰宅しましたら「名曲ベストヒット歌謡 1970年代演歌・歌謡曲&フォーク厳選52曲」という番組をやっていました。
 70年代の曲のオンパレードでしたが、全曲知ってる歌ばかりで、おまけに全曲ipodに入っています。

 この70年代の500曲ほどが、原盤から収録されてipodに入っているので、ミュージシャンが当時の最も声にのびがあり、張があり、輝いていた頃のものです。

 小田和正とか松山千春とか何年たっても、けっこういい声してるじゃん!っていう歌手は別としたら、やっぱり年齢とともに、声域や声質が変化してしまいます。

 いつもipodで当時の原盤収録された声を聞いていますから、それから何十年と経った現在の歌い方との違いがどうしてもでてきます。

 名曲はその歌がもっとも輝いていた時代の声で聞くのが一番ですね。

 ところで、この70年代という言い方が定着している現在ですが、70年代のフォーク・ポップスっていうのは何だったのだろうかと、いつも思います。
 何が大きく違うんだろうかとね。

 「歌は世につれ、世は歌につれ」といいますが、そういう時代背景に大きく影響されたのが70年代の歌なんではないかと思うのですね。

 戦後、ひたすら高度経済成長の道を歩んできた日本です。
 ちょうど、団塊の世代が企業戦士なんて言われて、闇雲に突っ走っていた時代の曲がり角。

 60年・70年と安保条約反対闘争なんていう学生運動もだんだんと下降線をたどっていた時代。
 時代が大きく曲がろうとしていた、そんな時代が70年代なんだと思うのです。

 こんな時代を背景にして、歌謡曲もフォークも全体としては、だんだんと「鬱屈した感傷的」な気分に影響され始めた頃ではないんでしょうか。

 企業戦士たちが「企業」の中で、モウーレツ社員では通用しなくなって、模索し始めたのもこんな頃だと思います。
 ですから、70年代の歌というのは、変にギラギラすることもなく、変にパワフルなところもなく、全体に「優しさ」と「叙情性」に満ち溢れた曲が多いと思うんですね。

 そういう、社会が大きく曲がり角を迎えていた時代だからこそ、庶民は「癒されるような、暖かさ」を求めていたんではないかと思っています。

 まあ、そんなふうに考えるのは自分だけかも知れませんが・・・

 明日はココログがメンテナンスでお休みです・・・ブログもちょっと一休みです。

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2008.02.04

元気のでるフォークソング

2月4日 歌は世につれ・・・

 世の中ちゅうのはまことに難しいものだと思います。
 機嫌のよいときや、不機嫌なときや、ムッとしたり、嫌味をいったり、笑ったりと。
 人間の感情だからしかたない・・・けれども上手に感情を表現できる人は素晴らしいと思いますね。

 「八方美人」は心に負担がかかるものです。
 それも偽りの自分と納得させてはみても、自分には嘘はつけないんですね。
 自分に自信がないと、やたら攻撃的になってみたり、すねてみたり・・・
 人間は穏やかなのが一番ですが、穏やかになるには自分にしっかりと歩む道が必要です。
 
 今日の「佐賀のがばいばあちゃん」は究極の自立思想ですね。
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 誰しも人から嫌われたくないと思うものです。
 だから、人の目も気になります。
 「嫌われたくない」って言葉よりも「良く思われたい」って言う方が適当ですかね。
 
 しかし、そんなことはあんまり意味がない!ってことですね。
 だから、がばいばあちゃんは「嫌われている」とは「目だっているということや」って逆転の発想ですから、まさに「がばい」。

 良いことや悪いことはいろいろあるが、私なんか思うに。
 人間、良いところすぐれたところは10%、悪いところや劣ってるところも10%ってね。
 残りの80%は良さも悪さも、優劣も混在しているってね。
 
 その10%をとらえて罵詈雑言や非難をしても、あるいは自惚れても、自分のつまらなさを宣伝しているようなものです。
 人の能力なんて、ほとんど大差はないものです。

 違いがあるとしたら、それは環境によって生み出された「差」だけですね。
 そんなものは、ちょっと頑張れば何とかなるものです。
 だからこそ、本当はその80%の自分の個性を生かすように努力しなきゃね・・・自分のために。

 嫌われるとか、知らないとか、劣っているとか、そういうものに悩んでいる人がいたら、「目立っているということや」と自分を肯定するぐらいのポジティブな思考がひつようなんやね。

 などといいつつ・・・職場で聞く「他人の悪口というか嫌味というか」こういうものには閉口しますね。
 自分が言われていなくても気分はよくないし情けない。
 「嫌味」で変わるものがあるとしたら「関係悪化」だけ、そんなもので変わらない、まあ変化を期待なんかしていないから「悪口・嫌味」ってのが言えてしまうわけだけど。

 おっと、職場の方も読んでるかな~
 「そんなの関係ねえ♪」・・・究極のがばいばあちゃん的肯定です(笑)

 もっと、正面からきちんと向かい合ってコミュニケーション援助技法として対応できないものかと思う今日この頃です。
 なんともなぁ~、人間なんて80%の存在、誰しも五十歩百歩だってことが理解できないとだめなんだなぁ~

 そんなわけで、短い本題です。
 かって、誰だっけテレビの歌番組で「歌は世につれ、世は歌につれ・・・」って言ってた覚えがあります。
 これは名言ですね。

 悲しいときや嬉しいときや悩んでるときや、いろいろあるけれど、誰しも自分の情景にマッチした歌をもっています。
 悲しいときは、悲しい歌の心に共感して癒されたり、気持ちの良いときはリズムのある歌に心が晴れたり・・・

 そんな歌は、おそらく自分の時代とともに移り変わっていくもんだが、長く心に残る歌というものは、おそらくその時々の情景と深く結びついた歌ではないかと思うんですね。

 私が100%元気になれるフォークソングというのはこんな歌なんですね。
 懐かしい歌なんですが、何故かこの歌の歌詞をかみしめていると、いろいろな「悩み」みたいなものが、大きな暖かい心に包まれるような気がするのですね。

 人それぞれに、そういう歌というものがあるんですね。

 「遠い世界に」     五つの赤い風船

♪  遠い世界に 旅に出ようか
   それとも 赤い風船に乗って
   雲の上を 歩いてみようか
   太陽の光で にじを作った
   お空の風を もらって帰って
   暗い霧を 吹きとばしたい

 
♪  ボクらの住んでる この街にも
   明るい太陽 顔を見せても
   心の中は いつも悲しい
   力を合わせて 生きる事さえ
   今では みんな忘れてしまった
   だけどボク達 若者がいる

♪  雲にかくれた 小さな星は
   これが日本だ 私の国だ
   若い力を 体に感じて
   みんなで歩こう 長い道だが
   一つの道を 力のかぎり
   明日の世界を 探しに行こう

 けっして若いとはいえない自分ですが、ロマンというものはそういうものだと思ってますね。
 今日はちょっと「翳り」がある日記だなぁ、まあ、そんな日もあらぁ~。

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2008.01.27

あの頃のフォークソング「流れ者」

1月27日 岡林信康と小林多喜二

 今日は図書館へ本の返却に行きました。
 陽だまりをえらんで、ゆっくりと自転車散歩です。
 風もすこしあって寒いのですが、陽だまりの中ではポカポカと心地よいのです。
 我が家の愛犬ポン太も戸外にだしてやると、ウッドデッキや玄関前の陽だまりでくつろぎます。
 犬も人も同じです。

 あんな時代もあったねと~♪
 ずいぶんと昔のレコードです。
 高校生のころ好きだった岡林信康の歌「流れ者」という曲です。
 ギター片手に歩く姿のジャケットが「カッコイイ」と思っていました。
 日雇い労働者の心情をうたった歌です、もうほんと昔の話です。

 この頃、小林多喜二の「蟹工船」という小説を夜中に一気読みしたものです。
 北海道の「蟹工船」で働く労働者の群像が描かれた小説でした。
 
 岡林信康と小林多喜二という、時代は異なるが二人の歌と小説は社会の矛盾に対する「目覚め」のように心に響いたものでした。
 社会悪っていうものに敏感な時代だったから・・・そういう時代に青年期を過ごしたということです。

 懐かしき「レコード」の一枚ですね。
 ちょっと歌詞を書いておこうかな、懐かしく思う人も多いだろうね。

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 ♪ はんば はんばと 渡ってく
   俺は一生 流れ者
   流れ流れて どこまでも
   明日をしれない この俺さ
   工事終わった その日から
   俺もいないさ この町に
   はんば はんばと渡ってく
   俺は一生 流れ者

 ♪ 流れ者でも ふれあう心
   すねた俺にも 恋はある
   どうせ出て行く この町なのに
   ほれた俺が やぼなのさ
   たまらないほど せつなくて
   泣いてこの身を くやんでも
   はんば はんばと 渡ってく
   俺は一生 流れ者

 今になって思うのですが、この歌詞って、よく読むと「演歌」だと思うんですね。
 日本的リズム5・7調で書かれていますから、とても情緒的でもあるのですね。
 
 当時の学生は大学紛争の終盤で、世の中を変革しようとするエネルギーの、やり場を見失った苛立ちもあったんだろうか、社会の底辺の労働者に「変革」のロマンを感じたのかもしれないですね。
 厭世的な気分を歌う、こうした「フォークソング」が、当時の学生の心の中に響いていったことはたしかなんでしょうね。
 やはり、70年代というのは「70年代」と言われる、独特な時代だったと思いますね。
 現代の若者像とは、ずいぶんとかけ離れた、「あんな時代もあったね♪」と。
 

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2007.10.22

叙情

10月22日 徳永英明CD「ヴォーカリスト」

 「徳永英明のCD、買ってきてくれん?」
 何度か妻に頼んで3枚組、買ってもらいました・・・ふむ、まるでお菓子をねだる子どもみたいですが(笑)

 音楽・ミュージック、ついでにカラオケも不得手なものの範疇に入ります。
 バリエーションが狭いんですね。
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 だから、同じ曲を何回も何回も聴いていても飽きないのですが、やっぱり広がりがありません。
 徳永英明のCD「ヴォーカリスト1・2.3」、「女性アーチストが歌う名曲をカバーしたバラード・アルバム」って書いてあります。

 CDに納められたほとんどの曲はいつも聞いている曲ばかりなのですが、女性アーチストのちょっと高い音調とちがって、しっくりとした落ち着いたCDに仕上がっているようにも思えます。

 ゆったりとして叙情性が溢れているのは、徳永英明が歌うからなのか?それとも女性ではなく、男性が歌うバラードの特質なのか・・・わかりませんが、とても、まったりとした聞き応えがあるものです。

 ブログを書きながらバックミュージックに、静かに流れています。
 名曲といわれる曲ばかりですから、それ自身がよく知っている曲ですし、好みでもあります。

 よくよく考えると、私のIpodに入っている曲は女性アーチストが8割は占めています。
 徳永英明のCD「ヴォーカリスト」が1・2・3と3枚だったとは妻も知らなかったようですが、快く3枚買ってくれたので感謝しているってわけです。

 音楽・ミュージック・カラオケ・コンサート・・・・本当に苦手ですが、嫌いではないので好奇心は大きいです。
 ・・・が、自分でCDを買うまでの決断ができない。

 夫婦の趣味なんて違うものだし、また違っていていいんだと思っています。
 お互いが、自分の趣味の楽しさや面白さを熱心に話しかけて行けば、どこかで片側通行だった趣味の世界も一本の道に合流する・・・かも知れない。

 それは、自分の愛する「趣味」や自分の愛する「妻」や「夫」への熱意と愛情表現のひとつだとも思っています。
 ですから、それほど興味深いものでなくても「これは良いよ!」っていう話はしっかり聞くようにしています。

 ただ、こういう「趣味」っていうのは樹の実が熟すように、時間と環境と波長がだんだんと熟して一致して、はじめてお互い「共通する趣味」となるから、押し付けはダメですね。

 ・・・というわけで、私と妻の趣味というか好みはずいぶんと違っているともいえます。
 でも、それも人生、長く一緒に生きてゆくうちに、きっと一本の道に合流するんではないかとそう思っていますね。

 もちろん、違ったままでも良いし、そんなこともたくさんありますが、相互に尊重する心があれば、そんな違いの中にも共通する「本質」ってもんがあるんじゃないかな・・・なんて思う今日のブログ日記です。

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2007.10.09

レコーディングする?

10月8日 マニュアルと格闘する休日

 夜です、外気温21度、室内は27度この差は何かっていうと、PCやルーターや家電機器の発する熱がいかに大きいかを物語っています。
 
 美声を生かしてCD発売してみたら?といわれてレコーディングしました・・・・・・・なんてことは、ありえない話です。(笑)
 レコーディングしてみました。
 懐かしいレコードをMP3ファイルに変換してipodに入れてみようとしたわけです、ですからRecoding(録音)ってわけで、わざとらしい書き出しで遊んだだけです。

 もう何年も使わなくなっていたレコードプレーヤーをひっぱりだして、マニュアルと格闘しながら、MP3ファイルに変換してパソコンに収録する作業です。
 マニュアルを読めば簡単にできそう?なんですがね、どうして、どうしてけっこう設定も難しいものです。

 つまりアナログからデジタルへの変換ですが、レコードプレーヤーって奴のマニュアルがない。
 だから、いろいろためしながら、なんとか接続して、出来たときには、ちょっと感激ですね。「これで、死んだレコード盤が生き返った!」って。

 世の中の隠れたベストセラーがマニュアル本です。
 パソコンの初期の時代、OSが今のようなWINDOWSではない時代、パソコンといえばベーシック言語とMS-DOSが主流でしたから、マニュアルなくして設定もままならない時代でしたね。

 それで、今では超・超有名なIT企業になった「ソフトバンク」などが出版していた「Ohe!FM」とか「Ohe!PC」なんて雑誌と解説本はパソコンマニアにとっては必携本だった。

 ♪そんな時代もあったのね~

 WINDOWSが発売されたときの衝撃も凄いものがあった。
 夜中の12時にカウントダウン発売・・・思い出した方も多いことでしょうね。
 ついでに、コンフギュレーションファイルという起動ファイルにあれこれの設定をして遊んでいた・・・そんな懐かしい時代が1990年代であったのです。

 歳をとると機械に弱くなると言われていますが、実はそうじゃないんではと思っています。
 機械に、ではなくてマニュアルに弱くなるというのが正しいのでは?
 小さなマニュアルの文字を読むのが苦しい、そりゃぁ目も悪くなるし・・・根気もなくなるし・・・

 というわけで、久しぶりにマニュアルとにらめっこしました。
 余分なことですがマニュアルを「取説」って言ってましたなぁ、今でもそういうかな?

 もっとも、マニュアルなんか読まずに、ダイレクトに機器をいじくりまわして操作方法を知るって人も当時からいましたが、これは邪道というのが定説で、昔はマニアックなPCライフだったのです。

 あれから何年か経って、パソコンも設定、拡張などというハード面での遊びもやらなくなって、もっぱら「ブログ」とか「インターネット」などといった、ソフト面での使用が多くなりました。
 
 現代は、おそらくマニュアルなんて読まなくて、PCも携帯電話もバンバン使いこなしている人の方が一般的ですね。
 だから、余計に「マニュアル世代」の私などは、こういう人種に対しては畏敬の思いを禁じえないというもんです。
 まあ、IT関係の機器も進化しているのですから当然といえばそのとおりですね。
 そんな機器の非マニュアル世代が、仕事の処理に対しては「マニュアル世代」と言われているのは、ちょっと信じられない姿ともいえますが、人間社会はマニュアル通りには行かないものですね。

 余談に入り込んでしまいましたが、そういうわけで無事「レコード盤」を生き返らせることが出来ました。
 ちなみに、今日は取り込み「事始め」としてはこれしかない!という「岡林信康のアルバム」でした。

 「温故知新」な~んて、屁理屈をこねてみても、時代はどんどんと進化している、良い方にか悪い方にか?
 
 さて、あっという間に三連休も終わりました、明日から仕事ですね、ちょっぴり奮闘するかぁ~。
 

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