2007.08.08

「作家」・・・志望・希望・無謀?

8月8日、夏真っ盛り、それぞれの楽しみ

 立秋・・・おいおい、もう秋かいな!
 先日、職場の先輩から「書中見舞い」の葉書をいただいてお元気な様子でしたが、これからは「残暑見舞い」になるわけですから、いやはや、この季節感の微妙なズレというものは何とも言いがたいものです。

 合宿から戻ってきた娘が真っ黒に日焼けして、鼻の先まで赤黒い。
 「ラクロス」・・・あまり知られていないスポーツだから、クラブ活動の実情もよくわからないですね。
 ただ言えるのは、知られていないから観客も少ないようです。
 それで「こんど大会があるが集客が必要だから試合を見に来て欲しい」って。
 観客動員も大変な様子だから、ついつい言ってしまいましたね。
 「卓球もそうだが、華のあるスポーツと違ってB級スポーツの悲哀だね」
 「まあ、しかし、そこがチーム数が少ないスポーツの特権のようなものだから、『国体』も夢じゃないかも・・・」

 暑い夏にスポーツクラブで汗を流す・・・ふむ、月並みな言い方。
 それでも、楽しく青春を謳歌してくれれば、それはそれで何かを掴むことも出来るってもんだなぁ。

 で、息子の只今の青春謳歌といえば、作家志望という、親から見れば「無謀」、本人からすれば「志望」・・・で、現実は「希望」という名詞がピッタリな小説書きの様子です。
 何百枚かの小説、第二作品目を投稿したようです。

 毎日のブログ日記の数百文字に四苦八苦の親父とは比較できないほどの枚数ですから、まずは、そんな集中力というべきか「オタク」というべきか「作家の卵(これは言い過ぎだ!)」を楽しんでいることに、無条件で「よくぞ頑張っている」と評価してやりたい。

 そんな第二作品目が、ちょっと選考者の目にとまったらしく、素直に喜んでいました。
 誰しも、自分の作品というものが、何らかの形で批評のマトになるものは嬉しいものですね。
 かっては、自分も「作家」というのは「夢」でしたがねぇ・・・現実はそうはいかない。

 妻は、「作家になりたい」っていう息子の非現実性に危惧しているが、それも当たり前というところですね。
 まあ、やれるだけ頑張って、実生活を豊かにして、心も豊かにして、経済的安定も考えて・・・その上で、自分のやりたい事を楽しみながら作品作りを追求していってくれれば言うこと無し。

 ・・・・「親父、小説の話はブログに書いてくれるな!」と息子が言うので、「じゃあ、私が作品批評を喋るから、その代償として、ちょっとはブログのネタにするぞ・・・」っていう取引が成立して書いている。

 これも青春を謳歌する一つの姿なんだが、文武両道・・・娘も息子も親のDNAから不器用だからなぁ

 子ども達はそれぞれの大学生活を、親の経済的庇護のもと、楽しめるだけ楽しんでくれればいい。
 その先には、親がどうこう言うこともできない「自立の世界」への入り口がまっているから。
 今は「人権感覚」や「人の痛み」や「社会性」を理解できる若者に成長してくれればいい。

 で、この湿気と暑さに閉口しながら労働にいそしむ親二人といえば、何を楽しんでいるのだろう?
 私なんかは、もっぱら自転車でポタリングをしたり、読書をしたり、ブログを書いたりと、ほどほどの楽しみ・・・
 妻は・・・ふむ、何を楽しんでいるのか?
 ああ、我が家の「指揮官」のような生活スタイルを楽しんでいるに違いない・・・と思っているのだが。

 労働者の夏休み、旅行なんて縁遠い我が家だから、「夏休みの日帰り旅でもちょっと考えてみようかな」
 「有言不実行」の多い私だから、秋になってしまうかも・・・いや立秋もすぎたから、もう秋か(笑)

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2007.08.03

眠りの館で夢うつつ・・・

8月3日 一家そろって沈没でした

 年に1回有るか無いかという、一家揃って「寝過ごす」って失態の日でした。

 平常の起床時間を通り越して目覚めると・・・不思議なものです。
 「あれぇ~、今日は休日か?」
 「今何時?」
 「えェ~~!!」

 あはは・・・、午前8時30分ですから、共働き夫婦はそろって撃沈、轟沈、海の底・・・
 娘は今日からクラブ部活動の合宿の出発日だというのに。

 「眠りの館」の住人どもは起床してから戦争状態です。
 あわてて、着替えて、洗顔、朝食抜きで飛び出したって一日の始まりです。

 何で、そろいもそろって目覚ましを掛け忘れるのだろう、ちなみに崩落を免れたのは昨日から、徹夜のカラオケで朝帰りの息子だったらしい。

 つまらない家庭内ばなし、失敗談ですね。
 こういうのはブログネタにはなるものだが、いささか気が惹けながら書いている日記です。
 
 明日は長良川で花火大会が開催されます。
 斉藤道三や織田信長の居城でもあった岐阜城のある金華山の麓を流れる長良川、その金華橋の河原で花火見物です。

 自宅から30キロの道のりをスポーツ自転車で往復ってわけですから、ちょっと走り甲斐のある自転車散歩。

 「明日、職場の人たちと長良川の花火を見に行くからね、どうだい走ってみるか?」って妻に言うと。
 「私は行かない。もっと涼しくなったら、サイクリングロードを走りたい」だって。

 そういうワガママなポタリングもそれはそれで楽しく走れれば良いというもんです。
 「じゃぁ、秋にはまた琵琶湖大橋に向かって、湖岸サイクリングでもしようか?」

 ・・・・というわけで、特に夏休みの家族旅行もなく、夫婦旅行も予定の無い「眠りの館」での会話ですから、夢のまた夢で終わるかどうでしょうかねぇ・・・
 

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2007.06.22

小さな出来事

6月22日 雨降りだから地下鉄で・・・

 おやおや、やっぱり天気予報どおりに朝から雨が。

 雨降りの日の出勤は、妻の通勤にあわせて地下鉄口まで車で送ってもらう、いわば運転手つきの豪華な身分なものです。

 今年、大学生になった娘も同乗して通学となりましたから、地下鉄もいっしょに乗ることになったのです。
 よくよく考えれば、こうして同じ地下鉄に乗って通勤・通学というのは初めてなんですね。
 高校生の頃は学校の始まりも早いから、自分が出勤の頃にはもう家はとっくに出て通学していたわけです。
 それで、地下鉄ホームに列車が入って来て、乗り込むと二人分の席が空いている。

 「おお、朝から ラッキー・カムカム(?)じゃわい」 な~んて訳の解らないことを思っている父親だから、
 「ここ、ここ・・・・」って娘に座席を指指すと、「いい、いい」って手を振るんですね。
 「ふ~ん、まあ二駅だけだから立ったままでOKってことか」と。
 で、二駅目で、小さく手を振って降りていったんですね。

 電車の中には、娘と同じ年頃の子や通勤客ももちろんいるわけで、なんか久しぶりにそういう人々に混じった娘の姿を見ると「成長したなぁ~」と、つくづく思えるものです。
 
 それで、職場でこの話をしましたら、それは親と一緒ということへの羞恥心で座らなかったのと違う・・・ってなことを聞かされまして、ふ~む・・・。

 「そんなはずはない」と言いつつも、たしかに「お父さんのパンツとは一緒に洗わないで」とか「うざいから近寄らないで」な~んていう父と娘の関係も少なくないというしね。

 これを、当てはめると、きょうの地下鉄出勤風景はこうなる

 『おおい、ここに席がもう一つ空いてるから座りなよ』
 『も~、恥ずかしいから、話しかけないでよ、ったくう(手を振ってシッ・シッ)』
 『そうか、せっかく空いてるてのに』
 『まわりが、変なオヤジが指差して何してるんだ?って見てるじゃない、ヤメテよね』
 降車時に
 『じゃあ、気をつけて行って来るんだよ』
 『またぁ~手を振ってる、しゃあないから、ちょっとだけ親孝行でバイバイやってあげるわ』

 今ふうの若者の装いで、ラクルスのラケットを肩にかけて列車を降りてゆく娘の姿が、乗り込む乗客に消されていく。

 家庭の中で見る娘の姿は、まだ「子ども」としか思われないが、久しぶりに地下鉄の見知らぬ人々の中に立って居る娘の姿は、もう「子ども」というにはあまりにも不似合いな、一人の「若者」でしたね。

 もちろん、『 』で書いたような事は絵空事でしかないとわかっているんですが、子どもの成長というのは、或る日、或る時、「ハッ!」っと気がつくものだということがよくわかった今日です。
 

 それでは、3日めくりカレンダー、金八先生 贈ることば です

    生まれて来たんだから、生きて
    行く力があるんです。
    サポートしてくれる人を信じる心
    もあるはずです。

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2007.06.13

パソコンと大学生

6月13日 ああ、うるわしき兄弟愛かって?

 自転車通勤がエネルギーを消費するのか、仕事が体力を消耗するのか、又しても帰宅して眠ってしまった。
 こんな生活は、リズムが乱れてイカン・イカン・・・と言いつつ書いている日記なり~

 今日の大学の授業・課題にはパソコンが必須のようです。
 理工系の息子は、親も理解不能なデータ数値処理にパソコンを使っていますし、人文系の大学に入学した娘もパソコンが授業でいるからと、どうせ買うならと小じゃれたwindows・ビスタを買わされるはめになった。

 それで、ちょっと眠って起きたら「お父さんパソコンが繋がらない・・・」
 携帯メールで超高速入力を簡単にこなしている娘だが、パソコンとなるとそうは問屋がおろさないのです。
 ちゃらちゃらした高校生の延長では「勉学」に困りますよ。

 出された課題を大学のネットサイトから入って提出するらしいのだが、聞かれる親も知らないシステムの処理だから、簡単に「あ~して、こ~して」何て教えることは出来ないんですね。

 「マニュアルで調べたか?」
 「学校のパソコンでは出来たけれど、よく解らないもん」
 「よく解らないもん・・・で済むなら、世の中苦労はないですよ」
 
 それで、ちょっと暇のある息子に

 「○○(娘の名前)がパソコンわからんって言ってるから、教えてやってくれや」
 「何がわからんのか、マニュアル読めば解るだろうに・・・」

 ってな事を言いつつ、娘の部屋へ。

 なんと、毎回、毎回、期限ギリギリで泣き言を吐く娘なんだ!・・・親の顔が見たい (という親の私も、いつも崖っぷちでイナバウワー状態だから、遺伝・イデン・いでん・・・か?)

 でもって、しばらくして娘の部屋に行くと、パソコンの前で四苦八苦しているのは息子じゃあ~りませんか。
 「パソコンの使い方は、社会にでても苦労するから、今が苦労するチャンスだから」と娘にコゴトのような叱咤激励のつもり。

 息子いわく、「だいたい大学のサイトへの接続方法はわかったが、何故か処理が遅いんだな~」

 「この際、お兄ちゃんに、しっかり教えてもらわんと、後で困るぞ!」
 「解らないことを調べる準備ってのに時間がかかるんだから」って、ふたたび苦言のような叱咤激励。

 「だって、パソコン壊れるかも知れないし・・・」
 「そんなもん、また、リカバリーしてやり直せばいいんだから・・・」と息子。
 「リカバリー」の意味もわからない娘だから困った顔つき、ちょっとは反省の気持ちかと思いきや
 
 「いいもん、私パラサイトでニートやるから・・・」

 「・・・・・・」


             ★・・・・・・・・・★・・・・・・・・★・・・・・・・・・★・

 キッチンでちょっと発泡酒を飲んでいたら、息子が来て。

 「つくづく人間関係を作るのが難しいと思うんだ。何で○○(娘)は、あ~も簡単に友達ができるんだろうか?」
 「やっぱり、友達とよく話すことかな、好きだ嫌いだって言ってるよりも、よく相手を知ろうとする気持ちかな~」

 などと親子話をしながら、「あの困ったちゃんの娘を何とか教えてやってくれや~」って息子に頼む私。

 「人間関係・友人関係」、理数系と人文系の大学の雰囲気の違いがあるのだろうか?

 どちらにしても、世の中、先に「死ぬ」のは親からだから、息子と娘は兄妹として関わり続けるのだから、まあ、パソコンごときに苦労しているのは序二段じゃなくて序の口というもんだ。

 息子も娘も、お互い自立して、ほどほどに苦労して、ほどほどに助け合ってやってくれ~と思うばかりです。

 (「金八先生 贈ることば」より)
     人は一人では決して幸せになれない。
     いい成績をとったことを心から
     喜んでくれる人がいなかったら、
     そんなものはクソくらえだ。

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2007.06.04

アルバイト事始め

6月4日 アルバイトは社会への第一歩かな

 親から見た子どもの話ですが・・・
 息子も娘も大学生になってからアルバイトを始めました。

 学費が大変なので少しでも家計を助けようという親思いの子どもたち・・・・ではないから、小学校の校庭に建っていた「二宮金次郎」のような「徳育の鏡」のような姿はまったく欠片もありません。

 そのアルバイトも息子は派遣バイトを気がむいたらやる程度で「一生働かなくて済むならそうしたい」という超の字がつく非現実主義ってところですね。

 で、娘の方はといえば、ラクロスって言うB級C級の余り知られていないスポーツ部に入り、和太鼓の練習に行き、それでもって焼き肉店のアルバイトと、過密スケジュールをやっているわけです。
 ですから、帰宅も遅いし大学も遠くにあるから、体がもつんかいなとも思う。

 二人とも大学に入って始めたアルバイトですが、ちょっと対照的で足して2で割ってちょうど良いと思っているのですが・・・

 先日、IQサプリの伊東四郎親子が「クイズミリオネア」のテレビに出演していて、息子のアルバイトはじめがガソリンスタンドだったが、そのアルバイト先に、こっそり訪ねて様子を伺っていたっていう話をしていました。

 それで、「何でそんなことをしたのか?」って聞かれた伊東四郎はこんなふうに言っていました。
 「そりゃあ、初めてのアルバイトっていえば、言うならば社会への第一歩だからねえ、記念ですから」といった意味の返事だったと思うのです。

 これはみのもんた流に言っても「正解!」ってところですね。
 親はそれでも心配したりする心を払拭できないからバイト先の仕事を遠眼鏡で覗いてみたくなる親ごころですね。

 働いて給料をもらうという意味では、社会の仕事への第一歩ですし、それよりも学校や家庭では学べない、仕事を通じた人間関係を知る第一歩ってところでしょうか。

 他人、知らない人々と「仕事」を通して関係することの、気難しさというか、心読みというか、まあ、どちらにしてもこれから入り込む社会というものの実体験版です。

 「無理難題をごり押しする奴が多すぎるから腹が立つ」などと、派遣バイトの不満を口にする息子も、「酒類や商品名などわからないことが多くてタイヘン」と嘆く娘も、それはそれで、ともあれ社会への第一歩ってことです。

 「二宮金次郎」のように働きながら学ぶ姿が「尊い」などという時勢ではない今日です。
 アルバイトをして給料を得る・・・ちょっと「大変さ」がわかれば、それでいいんだと思うのです。
 
 世の中の嫌なことや辛さはこれからいくらでも体験できるから、焼き肉屋で叱られたり、派遣バイト先で嫌味を言われたり・・・まずは「辞めればリセット可」ですから、大いに自分の知らないものごとを身に着ければいい、アルバイトってのはそんなものだと思っています。

   ・・・・☆   ・・・☆   ・・・・・☆    ・・・☆

 大学に入学して一時は喜んでも、あとで五月病になって自殺したりする学生がいるでしょう。常にある喜びを喜びとして受け止める力が人間、特に現代人にはないんですね。
                       (三浦綾子「永遠のことば」より)

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2007.05.11

ワーキング・カップル

5月11日 共働き夫婦

 高田純次は「5時から男」で植木等は「無責任社員」って時代は、まだゆとりの感じられる時代だったのですが、今はもう、世の中全体がゆとりがなくなってきているんじゃないかと思うんですね・・・

 少しずつ人々の生活がヒステリックになってきているような気もします。

 ワーキング・カップルって「共働き夫婦」のことを言いますが、世の中「仕事は家庭に持ち込まない」な~んて考えている方も多いかもです。

 疲れきったハードな労働は職場だけで十分だから、せめて家庭では「仕事の話はしない」ということなんでしょうか?

 いろんな考え方がありますから、それも「一里」じゃなくて「一理」があるが。
 
 それで、今日はちょっと残業をして帰宅しますと、妻が疲れた表情なんですね。
 おやおや・・・

 「ねぇねぇ、ちょっと,どう思う、今日は嫌な人がいて・・・・」
 って、ひとしきり、身勝手な「客」の傲慢な態度に一日気分が悪かったらしい話を聞きます。

 「ふむ、まあ~そういう時は、ああして、こうして、こうすると、こうなるからなあ~」
 な~んて会話するんですね。

 わが家では、100パーセントではないにしろ、職場の話をとめどもなくします。
 たいていは妻が「ちょっと、どう思う・・・」って、理不尽な人間模様の解説をするんですね。

 で、私はというと「今日は、また若い子に叱られちゃった、てへ~」とか「○○はこうすると良いらしいって職場の人が言ってたな~」などと、情報提供的人間模様の話が多いですね。

 公と私、職場と家庭などという境目は余り無いファミリィなのかも知れませんから、具体的な状況は知るよしもないが、おおまかな職場の雰囲気は伝わりあうものです。
 
 ですから、妻は愚痴でいいから聞いて欲しいと思っているらしいが「まあ、そんな人も世の中多いもんだわぃ」とか「こんなストレス社会だから、その人もストレスが溜まってんだよ、おおらかさも大切だわさ」な~んて言ったりすると「私の方がストレスが溜まっているわ」って逆襲にあう。

 格差社会は社会的弱者の貧困化、「労働者諸君」(寅さんふうに)の仕事も生活も文化も右肩下がりですから、ストレスも溜まります。

 このストレス社会は、どんぐりの背比べ、目くそ鼻くそを笑う・・・っていう、そんな同じように辛い思いをしている人同士が「叩き合う」構造になっているんですね。

 いや、叩き合わせる(別名「いじめの構造」又は「スケープゴート」とも言えるかな)しくみによって、利益を得る階層の人はもっと利益を得ているのですね。

 人の能力や性格なんて、本当は大きな違いなんてないもので、良いところもあれば悪いところもあるってものだが、小さな差異を見つけて、拡大して「叩き合う」、これって国民総ヒステリーの状況だな、と思うんですね。

 だから、今は「おおらかで、ゆったりして、懐の広い人物」が少なくなってきているようにも思うのです。
 共働き夫婦が家庭で職場の話をしない事のほうが不自然だと私は思っています。

 よほどお互いが「放し飼い」じゃなくて「話し甲斐」がないのか、本当に話すのも辛いほど疲れきっているのか・・・
 それとも、職場の仕事のことは家庭に持ち込まない・・・な~んて、ちょっと前近代的日本の「夫婦像」を持っているのか・・・

 職場生活も家庭生活も同じ人間の生活の場です。
 「労働」とは「対象物に働きかける行為」(ちょっといい加減な哲学?)だとすれば、職場で人間関係を作ることも、家庭で人間関係をつくることも、コミュニケーション方法としては同じなんですね。

 妻や夫や子どもと会話が出来ないのに職場で会話ができるなんて「信ジラレナ~イデ~ス」ってもんだ。
 妻や夫や子どもと信頼関係が築けないのに職場では巧くやっている、これも「信ジラレナ~イデ~ス」

 職場の顔と家庭の顔が違うとしたら・・・・苦しい人生・生活でしょうね。

 ・・・・というわけで、とりとめもない夫婦の会話の話でした。

 さて、明日は待望の休日です。
 ウッドデッキ作りにとりかかれるので、妻に「塗装手伝って欲しい」って言いましたら、
 「溜まっている洗濯は誰がするのよ・・」
 「たしかに、おっしゃるとおりでございまする。」
 会話はすれども、なかなか力学的均衡のとれない夫婦なのかもしれませんです。(笑)
 

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2007.03.14

小さな声で内緒話

3月14日 日記です・・・

 今日も寒い一日でした。
 仕事をしました。
 帰宅して夕食後に居眠りして、ブログを書いています・・・・まあ、そういうのが何も無い日の出来事?

 それでは、ブログらしさに欠けるので、私なんぞが書くと、以下のようになっちゃうんだな、これが。

 帰宅すると妻が「ホワイトデーのお返しは?」、「ない」「じゃあ、この前のCDでいいわ」
 一日の3分の1が仕事で3分の1が睡眠(不足気味)で、残りが家庭の生活です。
 生活に困っている家庭のケースワーク仕事をしていた頃には、いつも思っていましたね。
 自分の家庭の幸せを考えられない奴が、他人の生活をどうのこうの言えるだろうか?

 だから、ブログ日記も、家庭のあれこれを書いてしまう。
 冗談は書いても嘘は書かない、お笑い話の掛け合いはしても、「嫌味」は言わない・・・家庭でも職場でもそう思っていますね。

 で、もうすぐ妻の誕生日だから、いっちょCDでもプレゼントしようかな。
 「かぐや姫」のメンバーだった伊勢正三の大ファンなんです(どこがいいのやら?)
 それで東芝EMIから「かぐや姫メンバーズ大全集」CDが発売されたので欲しいと前から言っていたので、ちびちびと溜まっている小遣いをはたくか・・・ちょっといい値段だけども。

 「22歳の別れ」っていう曲がある、妻は名曲だという。
 あの伊勢正三のどこがいいのかわからないが作詞・作曲らしい。

 歌詞はこうである。

   あなたに さよならって
   言えるのは 今日だけ
   明日になって またあなたの
   暖かい手に触れたら きっと
   言えなくなってしまう そんな気がして
      ・
      ・
   私の誕生日に 22本のローソクをたて
   ひとつひとつが みんな君の
   人生だって言って 17本目からは
   いっしょに火をつけたのが 昨日のことのように

   今はただ5年の月日が 永すぎた春といえるだけです
   あなたの知らないところへ 嫁いでいく私にとって

      ・
      ・

 たしかに、情感あふれたいい曲です。
 妻が22歳の頃は私と一緒になっていた。
 それから、もう何十年も月日が経つが、最初のころには誕生日には「薔薇とかすみ草」の花束を買って贈っていた。
 十年ほど続いたが、もうそろそろいいだろう・・・って勝手に決めて贈ることもなくなった。

 だから、「22歳の別れ」はなかったが・・・
 妻が面白いことを言っていた、「17本目から22本目だから、年月は6年になるはずだ」って
 計算高い、じゃなくて計算の強い妻である。

 ・・・・ってな日記になってしまうから、本当はこういう話は「内緒話」にしておきたいもんだなぁ。

 おまけの話をひとつ。

 3月18日の日曜日、「華麗なる一族・最終回」が90分スペシャル番組のようで、小さな声で、大きく言いますが、ついに、私と友人の出たがり三人衆がエキストラ登場いたします。(多分)

 場面は国会議事堂から出てくる大蔵大臣の津川雅彦を取り巻く「東都日報」の記者役です。
 もちろん中心は津川雅彦でその他大勢の一人がエキストラというもんですが・・・

 あはは、ブログちゅうもんは面白いです。
 ただのエキストラが話題の「主役」になってしまうからね。

 それで、おまけのおまけの記者ぽっぽ、じゃなくて汽車ぽっぽ・・・ってことで、某インターネットサイトで写真がありましたので、小さな声で、控えめに載せておきます。(なんせ、本番は映らないかも知れんので)

 えへへ 一応、私いました・・・素人の雰囲気で、ここから階段を降りるシーンですが・・・お楽しみに(笑)
 どこにいるかって? 聞かれましたら白状いたします(笑)

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2007.03.09

残業がもたらす父と娘と愛犬の時間

3月8日 夜中のブログですわぃ

 連日の残業で帰宅が遅くなるのが続いています。
 夜の自転車帰宅は暗いから、スピードも控えめでやっぱり時間がかかります。
 「自転車だから大変でしょう」と気を配って言ってくれる方もみえますが、不思議なことに疲れていても気持ちが良くなる「自転車通勤」です、これ本当ですよ・・・・
 
 と言うわけで、妻と息子の風邪も回復にむかっていますが、まだ寒い外に出るには用心に越したことはないです。
 それで、帰宅して遅い夕食のあとの「愛犬散歩」はバイト休みの娘が行ってくれるというのだが、暗い夜道の愛犬散歩。

 暴漢のたぐいが出ても、ご主人よりも真っ先に逃げ出しそうな「愛犬ポン太」ですから、(そういえば、「熊に襲われた主人を助ける犬が何パーセントいるか?」っていうシコミ番組があったらしいが・・・)私も一緒に愛犬散歩に付いて行くことになりました。
 
 最近アルバイトを始めたばかりの娘です、いろいろと心配事も多い、おまけに自動車学校にも通い始めているから、これも又心配の種になるって様子です。

 初めての客商売の店のアルバイト、働いてお金を稼ぐことの「楽しみ」と「心配」を天秤にかけると「心配」が重くなるようで、アルバイト先の様子を散歩の道すがら話してくれます。

 「心配性」「断れない性格」「自分が我慢してでも・・・って性格」「失敗に慣れていない」などなど自己分析をして、「こういう性格は嫌だなぁ~」って、ちょっとため息まじりですね。

 成長期の社会の人間関係を知ってゆく始まりですね、けっして「優しい人」ばかりでないこの社会で、生きてゆく学びの経験ですね。

 それで、「大丈夫、経験が性格を変えさせることも出来るから」「失敗してこそ成長するから、失敗は大切だしな」な~んて、父と娘の会話が続く、ポン太はそんなことには無頓着にマーキングに忙しい。

 残業で疲れてはいるが、今の娘の心の内を知るにはとても良い時間だったというわけです。
 親から見ると、素直で正直な娘だと思いますね、これにちょっとだけ「失敗を恐れない力」が付けば、この先もなんとか切り開いて行ってくれるだろう・・・そんなふうに思えるのですね。

 散歩から戻って、ダイニングの椅子に座ると、どっと疲れがでて、ついウト・ウト・・・。
 「風呂に入らなきゃ~」って娘に言われる始末、♪風呂の中でも~、こりゃ花が咲くじゃなくって、睡魔がくる。

 始めてです、風呂あがりに椅子からふら~りと転げ落ちそうになりました。
 「残業がもたらす父と娘と愛犬の時間」こんなのも、何年か先には「あん時は・・・」なんて想い出すことになるんだろうな。

 中途半端にうたた寝したから夜中のブログ書きになってしまったなぁ~ まあいいか。
 

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2007.03.05

花粉症と「つくし」採り

3月4日 庄内川の堤防で「つくし採り」を楽しむ

 今年は花粉症に悩まされるのが例年より2週間は早いと妻が言ってました。
 ですから、この季節は窓を開けない、洗濯も室内干し、布団はといえば・・・干せない。

 鼻炎症薬が手放せないので、ひどいと鼻にティッシュを詰めて、千年の恋もいっぺんに冷めるって姿なんだなぁ
 逆療法の荒療治で「いっちょ、庄内緑地でも自転車で走るか!」って誘っても「いかな~い」

 花粉症って、何年も平気だった人がある年突然罹ってしまうことがあるようです。
 「そんな軟な鼻じゃない」な~んて精神論をとなえている私ですが、そういえば最近、自転車通勤時に何となく目がシバシバすることもあるし、突然クシャミに襲われることもある・・・くわばら、くわばら。

 ・・・・で、まあ本日は自宅でゆったりするかと思いきや「どこかへ行こうか」って突然言い出す妻。
 そうだろう、こんな半袖でも十分なお天気の日に、家の中に閉じこもっているのも不健康ですよ。

 というわけで、自転車ポタリングは止めて、我が家から10分ほどの庄内川縁に「つくし採り」にでかけました。
 じいさんばあさんがつくし採り、親子連れ四人がつくし採り・・・出足がおくれたから、もう無いかも。
 子どもはつくし発見の名人なり。
 遊び感覚で探しまくるし、目も良く効くから大量のつくしを袋に下げていましたね。
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 陽射しは春そのものです。
 暑いくらいで汗がでてきます。
 なんとか皆さんが取り損ねたつくしを探してビニール袋に半分ほどの収穫です。
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 「半分ほどは私の収穫かなぁ・・・」って。
 「まあ、そういうことにしておいてあげるわ」
 自然の恵みというか、忘れられた遠い昔の「懐かしさ」なんでしょうかね。

 それで、本日の自然の恵みの収穫への報酬は缶ジュース2本なり、近くの神社の境内にある遊び場のベンチで喉を潤したということです。
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 いやぁ、じつに写真日記らしいブログを書いてしまったなぁ・・・

 本日のおまけ・・・

 金八先生 贈ることば より

   点数点数で小さいときからただ競争にかりたてられ、
   生きる目的をしっかり持てないからイジメが起きるんです。
   楽しくないから、弱い者イジメをするんです。

 これは学生達ばかりではない、会社でも、地域でも、この社会を生きている現代人に共通しますね。
 会社に就職して、何年も出世競争にさらされて、どんな人生を歩むかなんて考えることを忘れてしまう。
 その場限りの楽しみは金銭でなんとかなるが、本当の「生きる楽しみ」を忘れてしまうから、弱者への共感も、心を寄せることもしない。
 社会の職場のイジメはそんなところから生まれるもんではないか・・・なんて思っている今日このごろです。   

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