ちょっと読書感想

2024.04.13

坂井希久子「居酒屋ぜんや」シリーズ 

4月13日 美味しそうで、おもしろい!本

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図書館の書棚から何気に見つけた坂井希久子さんの本です。
このシリーズの前に「江戸彩り見立て帖」というシリーズの
朱に交われば色にいでにけり粋な色野暮な色という三冊を読みました。
貧乏長屋に暮らすお彩、京男の右近も交えて、色彩の才能を発揮します。
江戸時代の色の奥ゆかしさについつい魅せられてしまいました。

どうも、昔から作家ごとに読み続けるのが趣になっています。
それがシリーズとなっていると、ついつい続けて読んでしまいます。
小説、時代小説が描き出す江戸の町文化のようなものが面白いです。
作家の人となりが表れて、いろいろ想像できるのが楽しい。
この想像しながら、小説世界に没頭できると、
ある種の現実世界から離れられる、そんな気もします。

「居酒屋せんや」シリーズは6冊まで読みました。
全部で10冊以上出ています。

ほかほか蕗ご飯
ふんわり穴子天
ころころ手鞠ずし
さくさくかるめいら
つるつる鮎そうめん
あったかけんちん汁
ふうふうつみれ鍋
とろとろ卵がゆ
ほろほろおぼろ豆腐
さらさら鰹茶漬け
すみれ飴花暦
  ・
  ・
  
どのタイトルを見てもとても旨そうです。
夫に先立たれた、美しい女将「お妙」が切り盛りする「居酒屋ぜんや」
ここには,鶯を飼育する旗本の次男坊や太物屋の隠居、酒問屋の主人などが出入りします。
お妙は亡き夫の姉や裏長屋のおかみなどの助けもあり店を営みます。
そうした人たちが、お妙の作る料理に舌鼓をうち「旨い!」と。

人間関係のしがらみや、恋心、そして、近しい人たちの「謎の死」
といった話が展開されます。
庶民の料理の味と人情がいいですね。

まだ半分ほど読んだところですが、なんだかほんとうにうまい料理に引き込まれそう。
時代小説でも、こういう面白い本があるのだと思いました。

カミさんの出かける日に、夕食は作るのは自分だけれど、いつもきまっています。
バリエーションのない料理もどき、旨い!というものが作れない、料理には縁遠い自分です。
ああ、こういう旨い料理が出てきたら、いや、作れたら満足するのですが。

こういう江戸時代の庶民の食文化
レトルトや手軽さが中心の今とは違うのですね。
そんな居酒屋ぜんやに関わる人の死、これも謎を解き明かす楽しみです。

今日、続きを三冊図書館で借りました。よっしゃ!




2024.02.11

図書館通い

2月11日 楽しいこと

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このまま歳をとって、足腰も弱り自宅生活が出来なくなったら、どこかの高齢者施設に入れればいいと思っています。
じゃぁ、どんなところ?
狭くても窓から緑のみえる部屋、季節が感じられるところがいい。
出来れば、電動の車いすで通える、公共の図書館があれば、言うことなし。
...などと、「もしも」のこの先の暮らしを口にしていますが、健康寿命を維持して、図書館通いを日課で続けたいものです。

今年は松本清張の短編本から読み始めているが、昔読んだことがあるのも混じっています。
それでも、読んだなあ~と思いながら、また読んでいます。
小説ですが、いつも人が死んで、殺人事件で動機や方法が語られて、現実だったら恐ろしいことですが。
昭和という時代を背景にしているので、殺人事件とは別に、昔の人の思考や文化はこうだったなあと思いながら読むのも楽しい。
殺人事件が「楽しい」とは、いささか変ですが、それが小説ですから。

区の図書館まで歩いて5キロ前後ほどで、歩くのも健康にはよいと思えば、歩きながら「梅は咲いたか~、桜はまだかいな~」
近所の畑の梅が咲きだしました。

松本清張のコーナーの本を物色しながら、知らない作家のものを探したりして。
たまたま面白い本に出合うと楽しくなります。
坂井希久子「江戸彩り見立て帖 『色にいでにけり』」
視力を亡くした父親は元摺師、貧乏長屋で父を介抱しながら、得体のしれない京男・右近が色にまつわる難題を持ち込む...」
いろいろな色、なんだか奥が深いその世界だけど、人の人情のいろいろ。
知らない作家に出会う楽しみです。
これはシリーズにして欲しくなる一冊でしたね。 

松本清張の文庫本「高台の家」とか「張込み」とか、暗い殺人事件ものも読んでいるが、こういう「ほっこり」した本も、また楽しくていい。


2023.10.19

ぶらっと読書

10月19日 読書散歩

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「予約資料がご用意できました」
図書館で予約の畠山健二さんの「本所おけら長屋20」の案内が届いた。
おや、思ったより短い日で嬉しい限りだ。
先月、一挙に15~19まで読み終えた。
落語のおもしろさと通じるエンターテイメント時代小説、根底にある笑いと人情味は、読みやすさもあり泣き笑いしながら読むことが出来た。

あさのあつこさんの時代小説は図書館の本はずいぶん読んだけれど、時代小説以外のものはと、ふと興味をもって借りたのがこれ。
花や咲く咲く」昭和18年太平洋戦争下の女子学生たちの物語。
なにもかも戦時統制におかれた中で、それでも自分たちの夢を持ち生きる少女たち。
四人の女学生たちが、手に入れた布でブラウスを縫い、それぞれの思いを込めて戦時下の暗雲を乗り越えて行く。

「現代の日本でたたかっている少女たちにこの物語を贈ります(あさのあつこ)」と本の帯にある。
ある意味、若者たちのエネルギーを感じる小説である。

ついでに、ついでと言っては失礼だけど、あさのあつこさん「殺人鬼の献立表 Team/HK」。
ハウスキーパーを仕事とする美菜子、同僚たちと不思議なベストセラー作家らの繰り広げる、ちょっとおかしな会話の世界で、自分を支えてくれるものを知る。
なるほど、ピカピカに汗をながして体を動かすという、自分自身を自律させる方法は、ちょっと行き場のない迷い道に入り込んだ時には、よい方法だよね~と妙な納得もした。

図書館本には本当にお世話になっている。
新聞の書籍紹介で知った本を予約して読むのも楽しい。

女たちのシベリア抑留」小柳ちひろ。敗戦後シベリア抑留された日本軍の兵士の話はよく聞く。
幸いにも帰国できた自分の亡き父親もその一人であるが、そんなシベリアの地に抑留された女性たちがいたことを初めて知る。
本書では満州で医療機関に従軍・従事していた看護婦らの過酷な抑留の実態を知ることができる。
満州とその引き揚げの本はけっこう読んでいるが、シベリア抑留については少ない。
いつも、読みながら父親の敗戦・抑留となった部隊が記されていないかと、そんな思いもどこかに持ちながら、当時の過酷な抑留生活の歴史を思い起こす。

読書は散歩のよなもので、時としてその知識に興味をもったり、人情味ある物語に心をうたれたりする。
何かを調べたり勉強するのとは、ちょっと違うかな。
躓いたり、転んだり、笑顔になったり、思いかけず誰かと出会ったり、ちょっとだけ人生を豊かにしてくれるような気がする。

2023.07.25

今年の夏も暑い!

7月25日 暑さに負けそうで、負けないけど、やっぱり負けそう!

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暑い!暑い!と口癖のように吐いてもいっこうに涼しくならない。
もう「亜熱帯の日本」だね。
おまけに歳を重ねると、暑さも一夏ごとに身に堪える。

「孫守り」のためにと始めた二拠点生活も今月で終止符となる。
アパートの家具類などの撤去に四苦八苦、いかんせん暑さも手伝って苦労する。
苦労といえば今年はグループホームに入所した義母の居宅の撤去。
家にまつわる、処分、撤去で明け暮れている感である。

暑さをしのいで、日の落ちたころに散歩している。
昔は限界点を少し上回るのが目標だったが、今では限界点を超えないように奮闘する。
夜の街を散歩するのは景色も一変して楽しくもある。

「70歳が老化の分かれ道」和田秀樹著。
「あの、80歳の壁」の著者の本で、図書館の予約本。
70歳からの生き方が、その後の人生を大きく左右する、老いを加速しない生き方。
意欲を低下させないための、運動機能と脳機能を使い続けよ!
とまあ、そういうことらしい。
あまりこの手の本は読まないけれど、たまには自分を振り返るにはいい本だ。

今日も35度を超える暑さ。
エアコンのない暮らしは考えられない時代になった。

でも、パソコン部屋は扇風機。
扇風機では老体に鞭打つ酷暑耐え!
それでも、誕生日だからと卓上の「冷風扇」を買ってもらう。
少しマシになったので、途絶えがちのブログの更新もできるか?
いやいや、意欲と気力でしょ?と「心頭滅すれば火もまた涼し」と昭和的精神論も。
理屈をこねているのもそれなりに元気な証拠と勝手に思う。

毎日朝起きが早くなって、昼寝の時間も増えた。
昼寝をしても夜は眠くなる。
ちょっと毛色の違う「70歳が...」と「日本怪奇実話集」などを寝る前に読み。
そのまま寝落ちする。
すーっと、意識が遠のいて、眠って行くのは、これは死ぬ時の感覚かと妙に納得もする。

他にも、あさのあつこ氏の時代小説も読んでいるが。
エアコンが入った部屋で、夜寝の本を読みながら、ひたすら涼しくなる秋を待ち焦がれている。

さて、もうしばらくは気力を振り絞て、暑さを乗り越えるか...。

2023.02.17

老い本

2月17日 本を読む

考えてみれば本との付き合いはずいぶん長くなります。
親や子や兄弟や家人よりも、付き合う時間は長いもので、いろんな意味で影響されたりして今日に至るわけです。
楽しい本や苦痛になる本や理解不能の本や、さまざまですね。

あさのあつこさんの弥勒シリーズも、おもしろくて「花下(かか)に舞う」まで10冊を図書館で借りて読みました。
ならばついでにと「燦」シリーズも、もっか3巻まで読み終えて、これも続きが楽しみです。
合間に、その他の時代小説などを好んで読んでいます。
江戸時代の人々の生きざまですが、今のような民主主義とは異なる封建制度下の物語です。
そんな時代なのだと、頭で納得して想像しながら読むので、そこが時代小説の安定感なのでしょうか。

「弥勒シリーズ」も「燦シリーズ」も優れたエンタテイメント小説です。
思わず、その小説の展開のおもしろさに引き込まれます。
エンターテイメント小説であるとともに、登場人物の心のあり様に、今に通ずる何かを見出します。


さて、最近高齢者や「老い」に関する本が良く読まれていると聞きます。Img_3396_0000

未知の領域ですし、社会の高齢者人口も増えているから、いろんな意味で興味が尽きないからでしょうか。
図書館の取り寄せ本で、これ「作家の老い方」を借りて読んでいます。
作家諸氏の「老い」につてのエッセイですが、なかなか理解できないところも多々あります。
とかく「若い頃」に比べて「老い」を比較して論じたがる凡人の私には、やはり作家という種類の人の感じ方は、独特のものだと思えてしまいます。
それでも、なんとか理解できないかと苦しんで読んでいると、ああ、老いも(若きも)その人の生活感からにじみ出るものだと、そんなふうに理解はできます。

「アンチエイジング」や「老後の生活」という視点では、どこか不満が残る「老い」の意味です。

そういう歳の領域に近づいて、それでもよくわからない「老い」というものです。
やっぱり未知の事柄だとは思うのだけれど、「老い」とは?という疑問が頭から離れません。
しばらく、いろいろ体験して実感して、いろいろな本を読んでみようと思う今日この頃です。

2022.04.23

本は長~い、お友達

4月23日 血糖値とか血圧とか「朝井まかて」とか...

糖尿病の治療薬と高血圧の治療薬が手放せなくなって
今年から朝晩の「血圧測定」を日課にしています。

そうすると、数値というものに一喜一憂してしまいます。
三か月ほどで定期的に血液検査をしています。
Hba1C(ヘモグロビンb1c)などは安定的、これは薬のおかげかな。
中性脂肪関係は改善されているという数値。

やはり孫の世話で往復の道をてくてく歩き、暇を見つけては歩いているのが改善になってる?
などと、数値の都合の良いところだけを取り出して「あんたは偉い!」と自己暗示(笑)

これに比べると、血圧がときどき恐ろしい数値を表示する。
手首式の血圧計なので、正確性がいま一歩か?
冬の寒さが厳しいと血圧が上がる。少し動いた後にも上がる。
クリニックで測ってもらうと標準値に近い。
数値の変動が大きいので、概ねの数値を参考程度だとなっとくして...
健康であるように意識するのが大切だと思っていますが。
そのためにも、心の平穏を務めてはいるけれど、気がかりな事ばかり多い今日この頃です。

週3日の別宅生活のため、その日数分を予定して本を持って行きます。
単行本だと、これがけっこうな重さになって苦労します。
先日も2日目で読み終えて、明日の分がない。
本を読むのが日課になっていると、もう手放せないのでこれからは何冊か置いておこうと思っています。

小説は...このところは「朝井まかて」さんの本です。
「すかたん」「ぬけまいる」「雲上雲下」「花競べ 向嶋なずな屋繁盛記」「恋歌」...
もっとも、人に面白いと教えてもらった本を読み始めて、作家単位にすこしづつ読んでいます。

この朝井まかてさんの作品は、ちょっと自分の思い描く作品世界をこえていて
読み進めていると面白くなります。
その作品世界に没頭してしまう、という読み方ができる作家なので面白いです。
自分にとっては。

「恋歌」は今読みかけで、これも単行本なので、連れて出かけるのが辛い(笑)

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2022.02.17

心淋し川 西條奈加

2月17日 哀しいけれど、幸せに思う時代小説

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まだまだ寒い日あ続いています。
立春はとうに過ぎているけど寒さが堪えます。
エアコンを入れたりして暖をとっていますが、やっぱり寒いです。
江戸時代の暖はといえば火鉢とか、今とはくらべものにならないので、冬は寒かったのでしょう。
いやいや、寒いけれど寒さに耐える「根性」は相当のものだったのでしょうか。
年々寒さが身に染みるのは年齢にも関係しているのか。

図書館での予約本で借りた一冊です。
芥川賞受賞作品ということで予約してからずいぶん待ちました。
住んでるところは身も心も淋しいのだけれど、どことなく暖かな心持ちになる読後感です。


「小さな川の両脇に立ち腐れたような長屋が四つ五つ、木戸すらない長屋」がこの小説の住人たち。
大家も差配もいない吹き溜まりのようなここは「心町」と呼ばれ、この川を「うらさびし川」と称されている。
この長屋住まいの人たちは、みな貧しく、社会の片隅で生きているような人々。
貧しいこの境遇から抜け出そうと思う娘、六兵衛長屋、別名「おかめ長屋」の四人の女たちは囲われ女。
「四文屋」の与吾蔵は板前を渡り歩いた末にわけあってここに居着いている。
過っては大店だったおかみと息子。岡場所から身請けされた末に住み着いた心町の女。
そうした住人の傍には、訳ありの「差配」の茂十がなにかと世話をしている。

とまあ、こんなふうに書くだけでも、惨めな境遇の末に居着いたところだといえる。
心淋し川の辺の住人たちが、この境遇からどのように生きる道をみつけて行くのか。
そんな物語の行く末が読者の興味を惹くところでもあり、そこに生きることによって得られる幸せを見出すところでもある。
西條奈加さんの第164回直木賞受賞作品。

おもしろくて一挙に読み終えてしまったが、この西條奈加さんの作品は、構成というか筋立てというか、そういうところが特におもしろい。
読者にそういう「行く末の期待感」を持たせるところが魅力である。




2022.02.01

山びとの記

2月1日 過っての山びとの暮らし

紀伊半島のほぼ中央、奈良県と和歌山県と三重県を県境にする熊野地域。
そこを流れる十津川をはさむ山並み。
山で炭焼き、造林、植林に従事してきた著者の自叙伝。

自然の厳しさとともに山で働く姿は、ある種の清々しさを覚える。
炭焼きに適した山に入り、小屋を建て、炭焼き窯を作る。
電気のない暮らし、山の厳しい自然の中で働く。
炭焼きの暮らしはこういうものか。
その山を生かすのは、伐採ばかりでなく、新しい木々を植え、山を造る。
一年や二年で出来上がるものではない。
何十年もかかる壮大な仕事ともいえる。
造林、植林はこういうものか。

昭和期の山の暮らしなので、現代とは違う厳しさ
戦後から高度経済成長期へと向かう山の暮らしの変遷。
自然と向き合う暮らしの、どことなく忘れ去られた「昔」がノスタルジックでもある。

数年前、この十津川村にある「谷瀬の吊り橋」を渡った。
もちろん観光バスツアーでだったが、その川幅といい、山間といい、
「秘境」という名称がふさわしい情景だった。
この山間の地で父親とともに炭焼きをし、その後も青春の時代を「炭焼き」として働いた著者。
時代の変遷のなかで、炭焼きから、この熊野地方の山で造林、植林に
働くことの喜びを、厳しい自然に向き合って実践してきた。

軟弱な都会人である自分など、一日で音を上げてしまうだろう。
それでも、こうした暮らしに惹かれるのは、都会にはない人と自然の共生。
どことなく温和であり、どことなく厳しさに向かう誇りのようなものをみてとることができるからだろうか。

図書館の貸し出し期限が来てしまい四分の一ほど未読だが、待ってる人もいるので返さなくてはならない。
無計画な読書がもたらした、残念な図書館本になってしまった。
機会があれば再び借りて読みたい一冊だ。

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2022.01.10

為吉ー北町奉行所ものがたり(宇江佐真理)

1月10日 時代小説読み始め

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幼いころに呉服屋の跡取り息子だった為吉は押し込み強盗により両親を殺された。
わけあって北町奉行所の中間として働いている為吉であるが。
彼をとりまく奉行所の与力、同心、岡っ引きなどの人間模様を描いた小説。
宇江佐真理さんの小説らしく、人々の心の多様性は時代は違えど現代人にも通じる普遍性がある。
情では割り切れない人の生活、心の機微。
そうしたものにふれると、どことなく心休まるものだが。
中間といえば現代では官僚機構の下っ端役人に相当する。
法と機構にがんじがらめの下級公務員とは似ても非なる江戸時代の奉行所。
そこを舞台に、人々の心模様が描かれているが、宇江佐さんらしい時代小説だと思った。
本年の読み始めの三冊目の本。
たくさん読めばよいというものでもないけれど、なるほどそういう人生模様もあるのかと
教えられることが多いもので、ちょっとだけ心が広がった気持ちににもなる。
次はドキュメンタリーものを読み始めているが、
小説も実話ものも心のそこでは通じるものがあると思っている。

2021.11.13

赤縄(せきじょう)

11月13日 「斬られ権左」 宇江佐真理

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連作短編集。
呉服の仕立て屋を営む権左はのちに妻となるあさみをかばい全身切り傷だらけとなる。
不自由な体ではあるが八丁堀与力の小者としても働いている。
今では一人娘のお燐蘭もでき、まわりからは「斬られ権左」と呼ばれている。

その不憫な身体を酷使して、事件の解決に懸命に取り組んでいる。
ただその身体は確実に蝕まれ、本短編では権左の死へ進んでゆく。
人の生きざまの儚さと優しさを描いたもので、切ないといえば切ない物語である。

連作短編に「赤縄」という一編がある。
僧侶と町屋娘。
呉服屋のお嬢さんは托鉢僧に思いをよせている。
少し男前の坊さんも、このおこのという娘には気持ちの通じるものを感じている。

しかしながら、仏の道を生涯乞食僧として歩む僧と町屋の娘が結ばれるはずもない。
そんな二人に権左も捨てておけない。
果たして二人が結ばれる道はあるのか...

「赤縄」という話は中国の伝記に原典があるという。
日本では、子どもの頃「赤い糸」として語られている。
将来結ばれる男と女の足には赤い糸でつながっているという、あれである。

二人の思いの帰結は、乞食僧の若い坊さんが還俗して、町屋の娘と一緒になるというもの。
この交わりそうにない二人に、権左は優しく理解するのである。

世間の常識からはけっして結ばれないであろうことを
それも自然の摂理として一緒になる道を選んでゆく
赤縄で結ばれているとしか言いようがない人生なのだろう。

瀬戸内寂聴さんが亡くなられた。
恋多き女流作家と言われ、夫と子を捨て去り男のもとへと走った。
その情念を「雷にうたれるもの」のようだと表現していた。
この世に生まれた限り「雷にうたれるような」感情を知ってほしいと。

どことなくこの短編と通じるものを感じる。
世間の常識では測れない男と女の赤い糸なのでしょう。
こういう感情の世界、人はとやかく評すけれども、自然の摂理には違いないと思う。

小説を読みながら、そういう不条理な世界をも、人は超えて行くものだと
エネルギーというものを感じた。

斬られ権左の娘お蘭の子、権左の孫娘お紺の話は「なでしこ御用帖」という小説で続く。
世代をつなぐ時代小説の続編で、もっか読書中。

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