2016.03.03

世界卓球女子2016年

3月3日(木) ひな祭

世界卓球女子2016、昨日の悔しい敗戦を今日は見事に雪辱を遂げたですね。

スポーツは数々あれど、勝敗の行方が数秒で決してしまう、ほんの僅かな心もちで流れが変わってしまう・・・卓球のメンタリティは凄いものがあると思える。

「もう自分は必要とされていないのでは・・・」という思いでのぞんだこの大会の福原選手。
昨日の2戦2敗はたしかに悔し涙を誘うものだった。

「背水の陣」ここを踏ん張らなければ「世代交代」の文字も浮かんでくる。
だから、きょうの雪辱の勝利はほんとうに嬉しいものだったに違いない。

涙。

世界の舞台であろうと裾野の大会の舞台であろうと、こうした切羽詰まった勝負、背水の陣、勝負のわかれる試合にのぞむ選手と言うのは、凄いメンタリティだと思う。

こういう状況はレベルは別として誰しも人生に一度は経験する価値ありかなと思う。
もっとも「どうせ私は勝てない、上手くないから・・・」と、事前に放棄してしまう方が楽だけれど。

試合後のインタビューで「今日は『ひな祭りですけど知ってました?』」とマイクが向けられたが、伊藤選手も石川選手も福原選手もすっかり忘れていた。

場違いな勝利インタビューのようにも聞こえるが、昨日の敗戦相手への勝利の余韻が、いっそう勝利をたたえる質問にも聞こえた。

冷静沈着な伊藤選手は15歳、その一回り違う福原選手はチームキャプテン。
キャプテンではあるけれど、その姿には卓球界のアイドルの面影が消えない。
そういうところが「愛ちゃん」と親しまれる所以なのだろうなぁ~。

| | コメント (2)

2014.05.21

勝ったり負けたり・・・

5月21日(水) 中日ドラゴンズの話

プロ野球中継が地上波からBSなどにどんどん移り、昭和の頃の茶の間のテレビで観る野球放送からずいぶんと様変わりした。
子どもの頃、まだテレビ放送も少なかった時代には、ラジオにかじりついて必死にアナウンアーの実況放送に耳を傾けていたのを思い出す。

BSの野球放送契約もしていない我が家では、懐かしい昭和時代のラジオで聞くプロ野球放送の再現となっている現在である。

さて、何十年も中日ドラゴンズのファンをやってきた。
時代が変わり選手の名前も変わりルールだって昔と変わったけれど、ドラゴンズを応援するという、その一点は昔も今も変わらない。

「一筋」というのは、人生の山や谷のようなもので、勝ったり負けたり(何が勝ち負けかわからないけれど)幸せも不幸せもみんな含んで歳月が過ぎて行く。

今年は谷繁兼任監督になって森ヘッドコーチも復帰した。
それでも相変わらず、勝ったり負けたり、というよりも借金生活が続いているのは、昨年と同じだ。

だけど今年は安心して見ることができるというのが昨年と違うところである。
で、この安心して・・・もちろん負けが続けばそれなりに気にはなるけれど、安心のもとは何かというと、毎日の勝った負けたの結果ばかりでチームが野球をしているわけじゃないということかな。

監督談話とかコーチ談話から、一年間の試合の全体を見据えた試合をしているという戦略の雰囲気が伝わってくる。
昨年は勝った負けた以上の戦略が不透明だったのに比べれば、今年は投手陣の整備とか起用法とか・・・同じ借金生活でも、この先の展望が持てる。

こういうのは、ある意味指導者論なのかも知れない。
職場の上司がその日暮らしの先の見えない発言や評価ばかりしていたら、みんなモチベーションは下がるし、疑心暗鬼になって、負の連鎖が起きてくる、そういうのに似ているかな。

全体を総括できる戦略みたいなもの、投手陣の整備に尽きるとも言えるが、そういう流れを感じさせて、選手もファンも惹きつけるのが、指導者の仕事ってことだろう。

プロ野球を観ていると、これまで自分が働いてきた職場の上司の顔を思い浮かべる。
理念をしっかりもって、全体を把握しながら、日々怒ったり笑ったり喜んだり・・・そういう上司ばかりではなかったが、それを感じられる上司もいた。

そういう職場はミスや失敗があっても、そこから回復する力があったように思う。
吉見投手が浅尾投手が復帰するというシナリオが進み「レジェンド選手が多い」などと揶揄されても、そういう要素を下地にチームとしてまとまってくれるのが一番だ。

「野球をやるのに年齢は関係ない」という谷繁監督の姿勢に僕は「戦略的観点」をおおいに感じる、総合力を問い選手個人を問うていると思える。
今年のドラゴンズは勝っても負けても楽しめる要素がたくさんあるなぁ。

| | コメント (2)

2014.05.05

メンタルスポーツだなぁ

5月5日(月) 卓球世界選手権を観る

立夏。
夏が始まった、沖縄ではもう梅雨入りしたとニュースが流れていた。
初夏を先取りするものはいろいろあるが、先日降った雨が田んぼに溜まり、蛙の合唱が聞こえてきた。まだ数匹だと思うが、ゲコゲコゲコ・・・

004_2その田んぼに耕運機が入り掘り返された土の香りがする(ような雰囲気)、もっとも、あの蛙も一緒に掘り起こされたのだろうか。
田んぼに生息する昆虫などを狙って、あしたはカラスがやってくるに違いない。

昨日今日と卓球世界選手権の準決勝と決勝のもようをテレビで観ていた。
プロ野球もよく観るが、自分がやっていた(過去形だけど)卓球の試合は、やはり力が入る。

手に汗握るというが、観戦という画面のこちら側であっても、なんだか自分が卓球台の前に立ってる気分、そう気分だけはそうなるから面白い。
つくづく卓球はメンタルスポーツだと思う。

小さな球と小さなラケットと小さな台のほんのわずかな軌道や回転や、そういう実に細やかな違いが、勝敗に影響する。
それでいて、ラリーやドライブやカットや人が行う試合だが凄いものだ。
連続した運動の量が多いのは半端な体力じゃないことを意味してる。

そういう技術もさることながら、一セット11点の攻防のメンタル的な表れが、これほど大きく影響するスポーツというのも卓球の特徴じゃないかと思う。

準決勝の平野選手の第三セット、セットカウント0-2、得点4-9。
あと二本で敗戦の崖っぷちから驚異の逆転劇には、久しぶりに酔いしれる。
勝った!というのも凄いが、あのメンタル的な強さがテレビを観てる人に興奮を与えたものだと思う。

一振りで逆転ホームランという野球の集中力も凄いとおもうけれど、後のない崖っぷちから、激しいラリーの応酬のなかで、一点一点を積み重ねて試合をひっくり返す持続力は、メンタル的な強さがなければ出来ないし、そういうものがより技術に反映するという意味で、卓球はメンタルスポーツの代表格だと僕は思う。

名古屋市出身のカットマン石垣選手もニューヒロインと紹介されてたが、地元の選手だから、やはり地元の選手の活躍はそれだけで素直に嬉しいものだ。

| | コメント (2)

2013.09.25

終焉

9月25日(水) セ・リーグもほぼメドがついた、ドラゴンズもだなぁ~

 広島カープがCS(クライマックスシリーズ)への進出を決めた。カープファンには堪えられない喜びだろう。
 しかし16年ぶりの3位というから、生まれてこのかたAクラスは初めてという高校生もいるわけで、そういう意味では、カープファンは大騒ぎしてもよい。
 短期決戦なので、前田投手というリーグ屈指の投手がいるカープが、CSを勝ち残る可能性だってある。

 ・・・と、プロ野球の話題を書き始めてみたが、今年のペナントレースは溶け始めたアイスクリームみたいなもので、美味しさ半減であった・・・のが、中日ドラゴンズのような気がする。

 勝ても負けても応援するというファン心理から大きく逸脱して、もう後半は野球中継も「ながら見」程度で、勝っても負けても、面白くないというのが偽らざる心境だった。

 勝つことも負けることもあります。
 そりゃぁ~白星街道まっしぐらであれば、気分は悪くはないけれど、仮に中日がCS進出決定していても、やはり今年は面白くない。

 さて、何が面白くない原因かと振り返ると僕にとっては単純な答えが返ってくる。
 監督と選手のゴタゴタ、監督とコーチのゴタゴタ、あいつが打たん、こいつが打たれる・・・といった、そういう談話ばかりが聞こえてくる。
 いやいや勝ったは勝ったで、あいつが打った、こいつが抑えたと、要はまるでファンの一喜一憂と同じレベルで○○談話として伝えられる。

 勝負の綾はあるものだけど、どんなチームにして行くのか、どこを考えて行くのか、といった長いシーズン全体を見渡して、応援するファンに夢をあたえてくれる、そういうものがほとんど聞こえてこなかった。
 まあ、きっと戦略なき場当たり主義が蔓延してたのだろう。

 「俺はピッチャーを換えろと言ったが、続投させてくれとコーチが言うんだわ」などという不協和音を口にした瞬間に、これは監督とコーチの問題だけじゃなくて、きっと選手にも不協和音が持ち出されてるのだろうなと想像できてしまう。
 ローカル球団で球界随一のという肩書の選手もいない。
 ここ何年かAクラスの結果を残しているが、昔からスター軍団でもない中日ドラゴンズ。

 きっと、個々の選手の持てる能力を最大限引き出して総合力で「守り勝つ」野球をしてきた結果なのだろう。
 きっと、そういう選手のモチベーションを発揮できる体制が指導者の論理としてあったのだろう。
 ・・・と考えると、「負けに不思議の負けなし」という言葉が甦ってくる。

 負けるべきして負けたので、まあしかたがない。
 ただ、なぜ?という問いに、すっきりと答えてくれる指導者がいないのもたしか。
 指導者というのは大変だ、大変だからこそ指導者でもある。

 僕はこういう不協和音に支配された球団を見ると、身近にあるつまらない組織のつまらなさと同じものを感じてしまう。
 ケガ人が出て、他球団に選手が流出して、ベテランが意地を見せず、若手も育ってない・・・とファン心理が言わせる。

 同じことを監督らも言うが、だからそれがどうしたのだと僕は思う。
 そうしたことをあれこれ喋ってみても、つまらない話で、そういうところには問題なんて何もない。
 だから、どうやって1シーズンを戦い抜くのか、勝ったり負けたりしながら・・・戦略。

 そういう展望や夢を語ってくれなければ、昨日は勝った今日は負けたと言いながら一日過ぎて行く。
 こういうのを「日暮れ腹へれ」と言うのだが、これは名古屋弁のようだ。

 ベテラン選手も若手選手もよく頑張っている、いやその頑張りをもうちょっと総合力に仕上げさえすれば、来シーズンは夢のある試合が観られるのじゃないかと、そう思うのだぁ。
 

| | コメント (2)

2013.01.22

ピンポン大会

1月22日(火) 「お楽しみ卓球大会」に行った日

002

 趣味はなんですか?と聞かれ「卓球です」と言うと、「ああ、ピンポンですか」
 昔は、この「ピンポン」って名前に抵抗感があって、「ピンポンじゃない!卓球です!」な~んて、変な意地をはってたが、最近はピンポンでいいんじゃな~いと宗旨替えしている。

 若い頃は試合にこだわっていたものだけど、練習も減って歳も重ねて、楽しくスポーツすることに意識も変わってきた。

 自転車に乗って・・・これが、僕の最近のスポーツになって、卓球も久しくラケットを握っていなかったが、今日は以前の職場の卓球部の「お楽しみ大会」が行われ、何か月ぶりのピンポン。
 ピンポンなわけで、3時間弱ほど、おもにダブルスの試合を楽しむことができた。

 老若男女25名ほどが参加して、それなりに、ほどほどに体を動かした。
 卓球というスポーツは高齢になっても、それなりに、ほどほどに楽しめるものだと実感する。
 どんなスポーツも基礎を体が覚えていると、ちょっと動けばちゃんとできてしまう・・・ということも実感する。
 もう少し歳を重ねたらラージボール卓球の世界に入ってもいいかなと思う。

 みなさん楽しそうにピンポンを堪能していました、「楽しめるスポーツ」そこが、スポーツの原点でしょう。
 仕事という枠のなかでは見られない、世代と肩書きを超えたピンポン大会。

 10年ほど前になるだろうか、この卓球部も廃部の危機があって、人事異動で選手は減って行く、バブルの崩壊の後の雇用の厳しさから、容易に新人の発掘もままならない時期があった。

 思い切ってピンポンから卓球まで・・・経験や実力などではなく広く楽しめる卓球部、初心者も大歓迎の卓球部へと、クラブの方向をチェンジした。
 この時のキャプテンだったK川さんが、奮闘して廃部の流れを止めて、盛り返したものだった。
 まさに果敢に戦うジャンヌダルクを彷彿させるものだった・・・と言ったら言い過ぎか (笑)

 部員がいてクラブ活動は成立するもの、どんな人とも卓球を楽しもう・・・そんな部活動になっていった。
 それから10年ほどが経ち、若い女性の部員も増え、元気で楽しい卓球部に様変わりした。
 だから、今日のような老いも若きも上手も下手も越えた卓球部活動が続いていることに、もう退職してOBである僕は、職場のクラブ活動の素晴らしさを見る思いだった。

 ・・・と、振り返るたびに、僕はK川さんの頑張りを思い出すのだが、昨年お会いした折、娘さんと富士山に登頂したと笑顔で話してくれた。
 彼女は病気と向き合って頑張っている、その頑張りに僕はいつも敬服しているし励まされる。
 いろいろと思いだしながら楽しんだ「お楽しみ卓球大会」だった。 感謝。
 

| | コメント (2)

2011.12.03

2011年中日ドラゴンズ優勝パレード

12月3日(土) 何回見ても嬉しいものだ

 朝方は雨が降っていた、ドラゴンズ連覇の優勝パレードは・・・と思ったら。
 雨も降りやんで、あわてて久屋通りの地下鉄伏見駅近くに出かける。
 もうパレード見物客でいっぱい。二重三重の人混みからカメラを伸ばして撮る。
 一瞬のシャッターチャンスも手振れ、あれよという間にパレードも通過する。
 先頭のオープンカーに落合監督と森野選手、二台目には吉見投手に浅尾投手。
 「落合監督~♪」と黄色い声が響く。
 続いて、装飾された車から、ドラゴンズ選手たちが手を振る。
 沿道から歓声、次々と選手の名前の声が上がる、旗が振られる・・・
 8年間で5度の優勝パレード、見慣れてしまったけれど、老若男女何十万人もの中日ファンだった。
 ちなみに僕はなぜか、優勝パレードは欠かさず見に来ているのだ(1度だけ見損ねたが)
 
 今日の朝刊には、来年度の監督・コーチなどのスタッフが発表されている。
 ズラリと中日OBの顔が並ぶ、さてさて来年もパレードが見られるものか・・・

004
 【吉見投手と浅尾投手、MVPはこの二人ともでもよかった】

008
 【選手に交じってドアラの姿も・・・】

011
 【チアドラゴンズのみなさん、ちょっとピンボケで可愛らしさが撮れなかったなぁ】

| | コメント (2)

2011.10.18

祝・中日ドラゴンズ セ・リーグ連覇だぁぁ~♪

10月18日(火) 寄り道、まわり道 ①

 優勝へのカウントダウンから、巨人に3連敗で、ちょっと寄り道、まわり道をしたけれど、やっと決まりました。
 横浜戦3-3の引き分けで優勝決定、落合監督の談話じゃないけれど、ほんと今シーズンを象徴するような負けない試合運びだった。
 テレビの試合中継を観ていて、とりあえずは記念の優勝シーンを一枚(画像が荒いけれどご愛嬌です)

048


 

| | コメント (2)

2011.09.04

岩瀬投手(中日)は凄い!

9月4日(日) 祝!日本プロ野球史上初の300セーブ

 中日ドラゴンズの岩瀬投手が9月3日の対広島戦で日本プロ野球史上初の300セーブを達成しました。
 いやぁ~凄いと思いますので、ブログ日記に書いておこうと思いました。

 その2日前の阪神戦、逆転のピンチを浅尾投手がしのぎ、最終回にクローザーとして登板した岩瀬投手は1点差を守りきれずに同点引き分けになってしまいました。
 中日ファンはその裏に藤川投手が3人でピシャリと抑えたのを見て、もう岩瀬投手には往年のキレのあるスライダーは望めないのだろうか?と思う人も少なくなかったのでは。

 1999年の春、入団1年目の岩瀬投手の初登板、ジャイアンツ戦に登板した岩瀬投手がノックアウトされたシーンを野球中継のテレビで見ていたのを思い出します。
 大事なゲームに新人ピッチャーをいきなり登板させるなんて!と素人の僕は思ったものでした。

 それから12シーズン、ゲームの終盤のセットアッパーとクローザーの役割をよくやってきたと思います。
 野球の技術的なことはわかりませんが、評論家の方々がみな業績の素晴らしさを評価されるのは、「鉄腕」という称号にふさわしく思います。

 ゲームの終盤、1球が勝敗を分ける、先発の勝ち星や球団の勝敗も左右する登板です。
 プロ野球だから勝利投手の年俸にも監督の手腕にも、ましてやヒーローの一打すら消しかねない一球一球ですから、そりゃぁ~もう心臓に毛がはえてても、ヘトヘトになるに違いないだろうと思います。
 そういう登板をシーズン50試合以上投げ、積み上げられたものが300セーブという記録でしょう。

 抑え投手、クローザーは抑えて当たり前!とファンは見ています。
 3打席に2回は打てなくてもバッターは3割打者になれるし、先発は点をとられても試合に勝てば勝利投手の権利がある・・・その点、抑えのピッチャーはなんと過酷な仕事なんだろうといつも思います。

 「大変な商売だ!」「損な役割だ!」と思うのは、これもファンの見方なのかも知れません。
 ごく普通の会社勤めでも、年間の勝負どころがこれほどある商売はないでしょう。
 そんなクローザーの仕事を12年間も続けたというところが凄い!と思っていましたが、ほんとうに凄いのは球団や選手や監督の成績を1球で左右する登板を淡々とこなしてきたところなのかも知れません。

 おそらく一喜一憂していたら務まらないクローザーの仕事を淡々とコツコツと毎年続けてきた・・・もちろんピッチャーとしての技術の素晴らしさもあるんでしょう、けれどもそこを「仕事・役目」として投げ続けたことの凄さは絶賛に値しますね。

 普通に暮らしていても、普通の仕事をしていても、気分や感情の高低はあり、ましてやミスしたり失敗したときに、それでも淡々としていられるかというと、僕には出来ないなぁと思います。
 12年のシーズンをそれを続けてこられたという精神力というか「平常心」というか、もう僕には理解を超えた姿に思えてなりません。

 日本ハムのダルビッシュ投手のような何十年に1人というスーパースターではなかった岩瀬投手が築き上げたものは、毎年プロ野球の世界に何人も入団する新人選手に夢を実現する姿を見せてきたことでしょう。

 そういう意味では、岩瀬投手はやはりスーパースターの一人だと思うし、華やかなプロ野球の世界とは違う、ごくごく普通の暮らしや、ごくごく普通の仕事をしている人に、一喜一憂せず、しっかりと自分の暮らしや仕事を淡々とこなす先に何があるのか教えてくれているような気がします。

 岩瀬投手の300セーブは僕らにとっても、とてもうれしい偉業だと思います。

| | コメント (2)

2011.08.23

卓球練習日でした・・・というよりピンポン日かな

8月23日(火) 処暑

 「処暑」残暑がしばらくとどまるが、朝夕は秋の気配が漂う(歳時記カレンダーより)

 あの猛暑も影を潜め、夜は涼しい風が気持ちよいくらいです。
 いや、今年の特徴といえば突然降りだすゲリラ雷雨でしょうね、いつザザーと来るか読めないから、ちょっと距離のある自転車の外出は迷うものです。
 まあ、僕はいつも自転車のボトルゲージに薄くて軽い雨具を常備しているので、いざ!というときは大丈夫なのです。

 凝り性の性質がこういうところにも現われて雨具一つもネットや東急ハンズなどで選びました。
 麦茶一本分の大きさで雨具を常備する・・・楽しんで乗る自転車ライフがモットーです。

 今日は久しぶりの卓球の練習日でした。
 また新しい顔ぶれも加わって練習会も盛況でした。
 20代の頃一緒に仕事をした友人が、この春転勤してきたと、何十年ぶりかで再会しました。
 お互い同じだけ歳を重ねているので、あの頃のあの話し方や感じはちっとも変わってないのです。
 皺や髪の毛が少なくなって・・・それでも昔のままでした。

 卓球も若い頃は勝つために苦労は惜しまなかったものです、技術を磨きできるだけ多く試合経験も重ね、そういう楽しみ方だったような気がします。
 この歳になって勝負事への執着もなくなり、むしろいろんな人が卓球に慣れ親しんでくれることの方が嬉しいと思うようになりました。

 職場のクラブのキャプテンや監督などの役割は今は若い方々がやっています。
 僕は準会員(笑)のような立場で気楽に楽しませてもらっています。

 「世代交代」というものがあります。
 どんな組織でも年長者や経験者はとかく新しい人が役につくことに「大丈夫か?」と気を揉むもので、その結果いつまでも居座って「引き際を誤る」ことがあります。

 一般論で言うなら、職を退くというのは自分との戦いだと思うのです。
 とくに長年上級の地位を築いてきた方は、そこから降りること事態が難しいようです。
 立派な業績を残し人望が厚い人でも、その地位を後継に委ねるときは自分との葛藤があるようです。

 ある会議の席で「人事の刷新、次の方が職につき上手く行くか失敗するかわからない、けれども人はその職につけば、それなりに作り上げてゆくもので、職を退く人は引き際を間違ってはいけない!」と仰った方がいました。
 まさしくそうだと思うのです。

 職場の卓球部も新しい人が運営をはじめ、それで新人さんも増えてきています。
 そういう姿を見ていると、人間の能力っていうのは未知の可能性を秘めているものだと思います。
 何事もなんとかなるものさ!と楽観的に考える方がよさそうです。

 月に1回程度の卓球練習会、僕の目標は健康と体力維持の方向に大きく舵をきりました。
 

| | コメント (0)

2010.12.22

今年も、お楽しみ卓球大会でしたよぉ~

12月22日(水) 温泉卓球のようなピンポン大会

 一日たって筋肉が痛い!と誰かが言ってたが筋肉痛も疲労もない。
 年を追うごとに持続的自転車通勤効果がでて、少々の運動では筋肉痛すらならない私めなのだ(自慢)
 なに?歳をとるごとに筋肉痛は翌々々日にでる? ははは、ちゃいまんがな。

 というわけで、昨日は職場の卓球大会が行われたわけですよぉ~。
 ここ数年は「卓球」というよりも「ピンポン」、「大会」というよりも「お楽しみゲーム」と、まあそういう言い方のほうが似合っている。

 卓球人口の裾野は広いほうが良いが、その裾野から毎年どんどんと下り、もはや裾野のその向こうの村あたりまで来たような気がする。
 ピン・ポン・パン・・・と、そういうリズムが聞こえて、卓球部員もそれ以外の方も、ゲームという約束の上にかろうじてなりたった、お遊び大会でした。

 20名ほどの職場の老若男女が集いました。
 独自のルールと独自の順位付けで、楽しめればなんでも有りという大会でしたから、案外楽しみにして参加くださった人も多かった。
 技術を磨いて上手になるのが、スポーツの全てじゃない。テレビ中継されて新聞に載るのがスポーツの全てではない。
 スポーツは楽しむもので、卓球というスポーツを「上手くないんですがぁ~」と少し引いて、少し恥ずかしがって、それでも「ちょっとピンポンやってみたいな!」と、そういう人たちがいて、愛ちゃんや水谷くん達が凄いなぁ~と言われる選手として賞賛されるのです。

 いやいや、それでも素人ピンポンでも、この子は練習すれば上手くなるなぁ~と思う人もいる。
 能力は楽しく頑張れば、それなりに開花するものだ。
 こういう卓球の裾野で行うピンポン大会、その観衆(?)からパチパチパチと拍手と声援。
 君たちは一躍ゲームのヒーローでありヒロインなのだ!

 そういう「お楽しみ卓球大会」を楽しめるのもいいものだと思う。
 

| | コメント (4)

より以前の記事一覧