2007.03.20

定年退職・・・団塊の世代

3月20日 「人生」っていうものを感じる日

 職場の定年退職を迎える方の「送る会」に出させていただきました。

 「学校を卒業して、学生服の姿でチンチン電車でこの職場に着いたときは、不安がいっぱいだった・・・・」と、挨拶されていた方々は40数年の勤務にピリオドがうたれるわけですが、同時に、団塊の世代の定年退職が始まるということでもあります。

 そうか「チンチン電車」がこの名古屋の街に走っていた頃、多感な若者であった時代から、定年退職という今日までを生き抜いてきた「人生」を感じますね。

 日本の高度経済成長期を支えた世代、まだこの国の将来に希望をもって、働く人の群衆の一人として、いろいろな意味で、日本という国とともに歩んできた「人生」を思い浮かべます。

 良いも悪いも、団塊の世代に生まれた方々は「個性的」です。
 その個性は「変わった人」というのではなく、何かしら信念を持っている方が多いと思うんです。

 ですから、60歳の定年といってもまだまだ「パワー」を感じる、ちょっとそこらの若輩者よりも、生きて生活する力は、はるかに大きいように思うのですね。

 60年安保闘争とか、社会変革とか、すくなくとも、まだこの日本に民主主義のための運動、「大衆運動」という時代の流れが高揚していた時代背景の中で、そんなことに関わった人も、関わらない人も、皆、そういう大きな社会の流れに、何かしらの影響を受けて歩んできた「世代」・・・それが団塊の世代といえるのでしょう。

 ですから、長く福祉職場の仕事に関わってこられた、今日の定年退職を迎えられた方は、やっぱり福祉や生活が苦しくなってきているこの頃には、人一倍敏感に「憂い」を感じることが多いんではと・・・

 「お疲れ様でした」って言いたいところですが、日本の社会を支えているのは若者であり、働き盛りの中年層であり、そして退職した方々、お年寄り・・・それら全ての人々ですから。
 第二の職場に行こうが、ゆったりとした退職後の生活を送ろうが、「生きる」という意味では疲れてはいけないんですね、きっと・・・・。

 自分にも言い聞かせているつもりなんですが・・・(笑)


   どうかその笑顔でみんなの心を
     いつまでも いつまでも
            和ませてください。   (金八先生 贈ることば)

 ・・・定年退職っていっても人生の一つの区切り、まだまだ日本の社会を支える「人生」は続くってことだから、幸か不幸か、団塊の世代に生まれた方の持っている「不敵な笑み」で、みんなの心を和ませてくださいな。

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2007.03.03

小さな楽しみ

3月3日 ひな祭りの土曜日

 やっとごく普通の日常生活に戻ってきたような気がします。
 たった三日の家族旅行を終えて、浦島太郎のように「毎日」の生活が復活したという心境ですね。

 今日も良い天気で、春本番のようです。
 コートもいらないぐらいの戸外、図書館の返却日でしたからポカポカ陽気の中自転車で「青春のフォークソング」を聴きながらゆっくりと自転車散歩です。

 新しい「種田山頭火」の本が入っていました。
 こういうのを見つけると嬉しくなってしまいます。
 ついでに、貸し出しCDのコーナーで中島みゆきの「LOVE OR NOTHING」と松任谷由美「LOVE WARS」も借りてしまいました。

 図書館前で男子の高校生が「だるまさんが、転んだ・・・」って子どもの遊びを楽しんでいました。
 そばでは同じ仲間の女子高校生が微笑んでいます。
 楽しく遊びに興じる姿は、もう、見ているだけで清々しいというものです。

 楽しいことは世の中いっぱいありますが、楽しく受け止める気持ちのゆとりが必要なんですね。
 世の中嫌なことは五万とあります。
 
 私なんか、自分の身の丈以上のものは求めない、他人の目は気にしない、無理なガンバリズムはしない。
 いつ頃からなのか、多分、世の中の社会的な弱者って言われている方々、生活に困っている方や障害をもっている家庭の方や、精神的なストレスや病に苦しんでいる方々とたくさん接しているうちに、自然と考え方が軌道修正されたような気がしますね。

 で、そうしているうちに、無意味な地位とかプライドとか金銭とか虚栄心などというものが、人間関係の中でしか通用しない、一人ぼっちの飾らない世界では、じつに「つまらない」ものだって思うようになったのです。

 「先生、先生」ともてはやされ、「社長、部長、課長」って組織の中で通用するものが、剥ぎ取られれば「何も残らない」そんな人生よりも、素朴でも貧しくても笑顔が美しい、穏やかな、ごく普通の人々の生活の中に「本物の人生がある」って、まあ、哲学者のような言い方なんですが、そう実感したってところです。

 ですから、普通の生活をし、普通の喜怒哀楽を自然に受け入れることができたなら、人生最高でしょうね。
 壮絶な人生を歩んだ人もいますし、苦しみぬいて歴史に足跡を残した人もいます。

 漂泊の俳人、種田山頭火もそうですが、今日借りた別の本で「瞽女(ごぜ)」という盲目の女旅芸人の生涯を書いた「最後の瞽女-小林ハルの人生」桐生清次著(文芸社)って本も、壮絶な人生のようです。

 こういう人たちの人生を綴った本は、読んで自分の幸せに感謝するというよりも、幸せも不幸せも健常者も障害者も、それぞれの人生っていうか生活を、生き抜く中で「何を」掴みとって、輝いているのか・・・
 そんなことを知りたいからかもしれません。

 それでは、今日の楽しいおまけです。
 金八先生?・・・・ではありません。新聞を整理していて見つけたブラック・ユーモア話です。

 中日新聞の連載「世界のジョーク  ー公約のワナにはご用心 」(フランス)より

 ある政党の党首が事故で亡くなった。天国の入り口で迎えた聖人がこう言った。「政治家をどう遇していいか分からない。神様は君が地獄で一日、天国で一日過ごしてからどちらに行くか選ぶことを望んでおられれる」
 党首は「もちろん天国です」と申し立てたが、「もう決めたことだ」と聞き入れられなかった。
 地獄は予想に反して天国のよう。旧友や気のいい悪魔と酒を酌み交わし、美食に舌鼓を打った。翌日の天国はみな礼儀正しいのだが、貧しい人ばかりで顔なじみがいない。話題もまじめだった。
 党首が「天国は興味深いのですが、地獄でのびのび暮らします」と地獄の扉を開けると、そこは一面の焦土。鎖でつながれた人々はぼろ着をまとい、ごみを拾っていた。
 ぼうぜんとする党首に向かって悪魔が陰険な笑みを浮かべた。「昨日までのことは選挙のキャンペーンで、お前は地獄への投票を終えたのだ」

 あはは・・・なんというブラック・ジョークだこと、地方選挙も始まる日本でも通用する「笑い」ですね。
 面白いでしょう、新聞整理も楽しいもんですよ。
 最後までお付き合いいただきまして感謝です。

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