2018.03.30

五条川の桜 2018年

2018年3月30日(金) サクラガサイタノデ ジテンシャデ ミニユキマシタ

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もはや恒例になった春の五条川の自転車一人サイクリングに昨日行ってきました。
見事に満開!素晴らしく満開、飽きるほど満開!
桜の花見ほど、桜そのものだけでなく、どんなシュチエーションなのかが楽しい花見はありません。
家族でにこやかに、友人らと連れ添って、恋人と手をつないで・・・とまあ、そういうものが桜の花見には欠かせません。
桜の花見には自転車が似合う!って思うのが私なんですが、「五条川の桜満開!」と娘と妻にLINEで写真を送ったら・・・
すぐあとに「こちらも満開!」って桜をバックに孫の笑顔の写真が返された。
「桜と孫」これには勝てないなぁ~。

【桜と自転車と】

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2018.02.24

春の兆し、ちょっと暖かい土曜日

2月24日(土)花とメダカと自転車と【春の風景三枚】

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気温も10度近く上がり、自転車散歩には絶好の日よりなので、久しぶりに庄内緑地公園へペダルをギコギコ・・・
この季節はマンサクも開花してるだろうし梅の花ロウバイも見頃だろうという予測はピッタリと当たった。

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穏やかな陽気なので、公園は家族連れや凧揚げやウォーキングなどの姿が見られた。
季節は確実に「遷ってもうじき春ですねぇ~♪」って具合だ。
家の中でぐずぐずしているよりも、自転車に乗って春を探しに行く方が、何倍も楽しいものだ。
もっとも、公園の花々ばかりでなく、寒い冬を過ごしたメダカも陽気に誘われて鉢の水面に顔を出し始めた。
越冬メダカ10匹。厚さ2センチの氷が張る日もあったけど、よくぞ無事に冬を越したと、褒めてやりたい。

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チューリップも土から芽を出し始めたし、スイセンも咲き、パンジーも元気が良い。
ああ、名前のわからない黄色い花も咲きだした。
みんな待ちに待った春の日を「もう少し、もう少し・・・」と待ちどおしいのだ。

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2017.12.25

師走の遠州森町サイクリング

12月25日(月) 坂道にアップアップ・・・

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【坂道、坂道、押して、歩いて…】

気のせいかTVの「こころ旅」の火野正平さんが自転車のお手紙を読み、旅の出発地点が少し小高い場所になって、走る距離も13キロ前後になったように思うが、朝の自転車風景はそれだけで心が和むものです。
 
23日の土曜日、遠州森町駅から小國神社へと6名で自転車を走らせた。
遠州、つまり静岡県なんですね。「お茶の香りの~」静岡県ってわけで、これまでで最も寒い時期のはずが、暖かく風もなく自転車日和でした。

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【レトロな風情の残る駅です】

遠州の小京都と言われ、けっこう暖かく雪も降らないと、駅の案内の方に教えていただいた。
ここから持参した自転車とレンタル自転車に乗って地図上では5キロほど先の小國神社へと向かいます。

余裕しゃくしゃく、教えていただいた道をのんびりと・・・
のんびりと走る予定が道を間違えたのか、とても自転車では辛い上り道。一つ上り、一つ下りと3つほど繰り返すうちに、もう自転車は押すもの引っ張るもの状態になりました。

監督さんがいてアシスタントさんがいてサポートカーが欲しいぐらいだったですが、こういう経験も、それなりに楽しいサイクリングだったような気もします。
もっとも10年前に比べると体力的には落ちているので、「なんだ坂、こんな阪・・・」などと踏み込むペダルもちょっと弱々しいのが現実です。

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【小國神社、ちょうど結婚写真を撮ってましたよ】

小國神社境内の茶店でうどんをすすり甘いぜんざいなどを口にしたころには、次に予定している、あの清水次郎長の子分「森の石松」の墓のある大洞院まで、誰しも走る気力が萎えてしまいました。

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【大洞寺の石松の墓まえ】

比較的なだらかな下り坂道を元の遠州森駅まで戻り、な・な・なんと車で行こうという、およそサイクリングと言い難い(笑)結論に一致をみました。
まあ、名古屋のある濃尾平野がいかに平たんな地であるか、いかに自転車が楽に走りやすい地方であるかと改めて思い返したわけです。

今年を振り返ると台風や雨や行事などで何度となく中止・延期があった友人らとのサイクリングでしたが、暮れの押しせまった最後の最後に、元気な笑顔が見られたのはとても良かったです。

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2017.11.29

自転車は気力と体力のバロメーター

11月29日(水) 晩秋のそぶえ町の銀杏を見に行った話

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【山門とイチョウ】


二日遅れの日記だが、27日の月曜日に愛知県稲沢市「そぶえ町の銀杏」を見に行った。
これはもう自分の風物詩のようなもので、観衆なき体力測定とでもいえるか(笑)

名古屋市中村区から「旧尾張サイクリングロード」(今は市への水道みち)という直線道路が15キロほど続いている。
この道から見える田園風景、遠く養老山脈などの山並み、こうした風景が元気になる源ってわけだ。

一本道を時速15キロほどで走る。ここ数年は一人で走ることが定番になったのは、みなさん勤め人だから。
銀杏の見ごろも終わり頃だった。それでも日光に照らされると、まだまだ輝いていた。
よい雰囲気だった。

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【木曽川と自転車】


ぐるりと一回りし、恒例の200円「とん汁」で暖まり、少し先の木曽川まで行く。
こういう大河を見ると、木曽・揖斐・長良川と豊富な水系に恵まれた濃尾平野だと、今更ながら感慨もひとしおだ。

GPSは自転車旅の友達だが適当な道を探して適当に走る。用水脇のあぜ道あり、公道あり、「適当」という楽しさなのかも知れない。

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【自撮り:あえて縮小してあります(笑)】


半年ぶりの「元気だ証明」の自撮りフォト、こういうのを撮ってる限り元気である。
最近は自転車乗る機会も減ったが走行距離は46.1キロとなり、今年の最長距離。
歳を重ねるなかで、気力と体力のバロメーターのような数値であり、自分にとっての意味ある数値だった。

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2017.11.19

小さな旅の自転車(ブロンプトン)

11月19日 輪行すればけっこう遠くまで行ける

週末の18日(土曜日)は琵琶湖方面へのサイクリングの予定だったが天気予報は雨。
雨を見こして事前に中止となったが、皮肉にも前後の日は晴れだった。
今年は雨や台風や仕事などで計画が中止となる一年で、週末ごとに雨の日も多かった気がする。

晴れの日は、晴れているだけで嬉しいものだ。自転車など晴れていてこそだから。
雨を避けて金曜日に名古屋から瀬戸市まで35キロほどを走った。
兄らが住む瀬戸市は名古屋からは緩やかな上りとなる。
広い濃尾平野は起伏が少なく平たんな地形とはいえ、やはり東部方面に向かうと「上り」となる。
列車や自動車で行き来すると気にもしないが、自転車ではよくわかる。

庄内川の右岸にそって北上し、西区、北区と進み、守山区からはいわゆる「龍泉寺街道」を志段味方面に進む。
昔は一車線の道路も整備され今は町並みがすっかり変貌している。
志段味中学校付近から尾張旭・瀬戸方面に進むと紅葉の木々が道の両側をおおい、愛知県森林公園に続く。

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【森林公園でちょっと一休み】


昼飯はどこかの店に入るつもりが、自転車の鍵を忘れたので、途中のコンビニで「おにぎり」を買い、森林公園でちょっと淋しいが、秋の空を眺めながら昼飯となる。
今日は兄宅に資料を届ける予定もあったが、電話すると不在とのことで、ポストに投函する。
マイカーならば一時間ほどで着くところを、3時間ほどかけて、のんびり来たわけだ。
晴れた日だからこその「一人自転車サイクリング」で、申し分のない一日。

帰りは名鉄瀬戸線に自転車を担いで「輪行」する。
平日の学生さんたちがぼつぼつ下校する時間でもあったが、電車は空いており座席の横に自転車を置く。
折り畳み自転車の面目躍如である。

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【こんなに小さく畳むと自転車とは思えないなぁ】

35キロを半径で円周を描けば、名古屋から北は岐阜市、西は桑名市、南は半田市あたりまでの直線距離となる。
ずいぶん遠くまで行ける距離になる。
しかし思ったのは行きの上り道を電車の輪行にして、帰りの下り道を自転車にしたら、もう少し楽なサイクリングになったかも知れないと。

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2017.11.06

自転車で写真遊び

11月6日(月) 楽しくなければ遊びじゃない!

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趣味というよりもスポーツというよりも健康増進というよりも、自転車は遊びの世界だと思うのですね。
その自転車に乗って「小さな秋」はないもんじゃろか?とか、果たしてこの道はどこに通じてるのかとか、つまらんことを思いながら、近頃やっと青い空の日が続く短い秋の日を堪能する。
モノを買うこともないので、清貧を余儀なくされている(笑)わが身には、出費もすくない。

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東西南北。西側には庄内川や新川といった川があり、どうも走る機会が少ないので、どうしても地形に疎くなる。
ということは、知らない路地とか、まだ「未開の道」とか市街地から外れるほど、けっこう興味心をくすぐるものがある。

昨日は自宅からそれほど離れていない小さな公園を走っていたら、木々の色づいた風景にちょっと一休み。
紅葉など「たんなる枯れ葉じゃん!」と言ってた〇〇ちゃんを思い出す風景。
秋の色がこんな、なんでもない公園にもあるというごくごく普通のことに嬉しくなる。

そういう下準備があって、今日は掃除に洗濯に家事労働を早めに済まし、暖かい緑茶を水筒に詰め、いざ出陣ってわけで・・・

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旧美濃路街道から清須城へ、もっともこれは展示館だから現存する城ではないが、やはり織田信長の「清州」なのだと、まあ、そんなことを思いながら走る。
新川沿いを南下してみた。
過っての津島街道の分岐点の道標などもあった。きれいに整備されてはいるが、道標そのものは天明八年(1788年)当時のものだろうが、風雪に耐えたとはいえ文字は判読しがたい。
こういうものにちょっと立ち止まるのがおもしろい。

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川沿いの道というのは、どこまでも、どこまでも走り続けたくなるもので、途中に萱津神社などもあり、新旧交ざった民家があるのも、なかなかおもしろい。
白壁の土蔵と古い民家ばかりであれば、現代では「町並み保存地区」間違いないだろうが、そんな都合のよい町ばかりあるはずがない。

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新しくもあり古くもあり、さまざまに混在するのが現代の町なんだろうと、遠くに見える名古屋駅前の高層ビル群を眺めながら思う。
自転車に乗って走るというのは、歩くのとも車で眺めるのとも違った「別の」ものが見られるということなんだなぁと、そう思う。

次はもう少し先まで、知らない路地や知らない民家の立ち並ぶ道を走ってみようと思った今日である。25キロ走ったが、時速10キロ前後のゆるゆる自転車の日だった。

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2017.10.01

自転車専用レーン

10月1日(日) シンプルで安上がりで、なかなかベターだと思う!

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今日は用事で区役所まで行く、もちろん自転車で。
役所の「日曜窓口」の日だったので、普段は窓口も混むが、ほとんど待ち時間がなかった。

本来は平日に来れない市民のための「窓口」だから、平日に行ける自分などは「おまけのサービス」のようなものだ。
経済の活性化?あらゆるものが24時間365日の不夜城と化す傾向にある。

しかし、そこで働く人は健康で文化的に暮らす環境から、家族生活もバラバラの時間になり、「一家団らん」も遠のき、健康的でいられるのか・・・。
便利さを追い求めるのはいいが、結局自分の首をしめることにならないだろうか?

そんな訳で区役所を後に、少し遠回りをして自転車を走らせていたら、自転車専用レーンを発見した。
これはいい、シンプルな自転車専用レーン。以前はなかったのでいつ作られたのかと思う。

市内の伏見あたりある幹線道路の「自転車道」は柵に囲まれた立派なものだし、高架が走る江川線道路の「自転車道」は歩道を整備し、そこにを「自転車道」としている。

こうした歩道上の「自転車道」や車道に鉄柵で分離した「自転車道」はものすごく立派で費用もかかっていそうだが、この写真の自転車専用レーンは車道にペンキで記しただけのものなので、経費の節約になっている。

自転車レーンは多大な税金をつぎ込み立派でなくとも、公道をペンキで表示し、車と自転車をすみ分けシェアするという、至ってシンプルなものでいいと思う。
自転車マークと矢印で右側通行の違反自転車との接触もなさそうだ。
車の違法駐車の防止にも役に立ちそうだ(事実、この先のレーンのないところでは車が違法駐車していた)。

ただ残念なのはレーン自体が数百メートルで終わってしまうことだ。
この道が比較的車道幅があるために設置したという意図はわかるが、市街地であっても、こうした公道の自転車と車の「すみ分け」の発想が基本じゃないかと思う。
費用(税金)をかけない自転車の走る道(レーン)ならば、もっと増やすこともできるのではと思うのだなぁ。

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2017.06.12

港町、敦賀市サイクリング

6月12日(月) 自転車旅のアルバム

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梅雨入りしたがジトジトと鬱陶しい雨の日がない。自転車に乗る身にとってはありがたいが・・・

昨日の日曜日(6/11)友人ら5人で福井県の敦賀市へサイクリングに行った。
サイクリングというよりも、ポタリングというのがふさわしいが、「ポタリング」なんて認知度が低いので、誰もがわかりやすいサイクリングと書いている。

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まあ、のんびりと観光もかねて自転車に乗る一日を楽しむ。行き先も思いのまま気の向くまま、美味しそうな昼ご飯とおしゃべりなどが、旅の友である。

こういう気ままな観光自転車もどきなサイクリングであるがゆえに参加者もアバウト。
自転車は移動手段ではあるが、楽しくペダルをギコギコしてこそ、そこを外せば、単なる「軽車両」でしかない。

敦賀市は日本海に面する港町。貿易と交流の町の歴史は鉄道の町でもあるようだ。
日本海で最初に鉄道が敷かれた町の駅舎を模した鉄道資料館、杉原千畝で知られる「命のビザ」遠くシベリア鉄道を経て着いた日本の港が敦賀港、そんな「敦賀ムゼウム」資料館もある。

そんな昔の歴史を知るのも楽しいし、そんな港町、敦賀湾にそってアップダウンをする海岸道を自転車で走るのも、これまた楽しいものである。

「若い時から自転車が好きだったのですか?」と聞かれ、「いやいや50代になって、それまでのマイカー通勤から、ある日突然自転車通勤に変え、それ以来・・・」などと話しながら走る自転車。

自転車に乗り始めて、自転車を通じて知り合った人たち。知ってはいたがほとんど話もすることがなかった人たち・・・これも自転車が結ぶ縁というものか。
もう速く走ることも少なくなって、ゆったりのんびり過ごす自転車旅になった。あと10年は元気でペダルを漕ぎたいものだと思っている。

【自転車旅のアルバム】

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【敦賀の駅前に車を停め、自転車で・・・】

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【杉原千畝の資料館】

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【敦賀湾を見下ろす。原発やミサイル・軍事力展開も嘘のような穏やかさ】

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【金崎宮から眺める敦賀港】

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【気比の松原:松林を走る自転車】

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【日本海へとつながる浜辺、水がとてもきれいだ】

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【なんで「メーテル像」が・・・漫画家松本零士の出身地?ではないらしいので町起こし?】

 

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2017.06.06

菖蒲が見事だった日

6月6日(火) 久しぶりに庄内緑地公園自転車散歩

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来てみたら庄内緑地公園の菖蒲が見ごろだった。
高齢者施設のお年寄りたちが、車椅子できれいに咲いた菖蒲の花々を愛でていた。
郊外にでて、花に親しむひと時は、ほんとうにほっこりする時間に違いない。

午前中は家事にいそしみ、昼は残り物の食材でチャーハンなど作り、天気も良く暑くも寒くもない気候に感謝して、ヘルメットにサングラスにお茶も用意して、スポーツ自転車を走らせて庄内川の堤防道をギコギコ。
二つほどの急坂も元気に上がる。この坂が上れなくなった時が自転車散歩の終焉だろうと心に誓ってるが、そうしてやって来た庄内緑地公園の菖蒲の美しさだった。

自転車を走らせるのは健康によいというのは当たり前のことだが、身体を使う心地よさと実は心の健康にも大きく寄与している。

どこそこに何かをしに行くという、そういうものではないところに、実は心の解放感がある。
ただただペダルをギコギコし初夏の風を体に感じる。
「目的」や「目標」なんてものに縛られていては解放感は味わえない。「何も無い」ことに自己充足感を持てるかどうか・・・散歩というのはそういうものだろう。

財布に1500円ほどの小銭を入れて、結局何も使うことがなかった。節約といえば聞こえが良い、貧乏臭いといえば当たらずとも遠からず。
自転車に乗って20キロほどの散歩をしたことになるが、金には換えられない、初夏の街角の風物詩を堪能できる。

ちょっと気も心も晴れ晴れとしたいときは、庄内川の川の流れと走り、ちょっと人混みが恋しい時は車や人の往来の激しい騒音を聞きながら走る街角。
ふと見つける看板の文字に目をとめたり、最近は同じような建売住宅が増えたなあと思い、その玄関先の紫陽花の花に目をやる。

ゆっくり人生を歩むというのは、そういうことだと・・・何もないような日常に、ふと人の生きている姿を見つける。僕はとても満足しているのだ。



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2017.05.05

自転車を軽くする

5月5日(金) 「60肩」と自転車 ②

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【懐かしのジャイアントMR4F(夕日の当る公園にて)】

立夏、GW真っ只中。高速道路で家族サービスのお父さんお母さん、渋滞で大変だと思いますが、そういう苦労もあとから楽しい想い出になるなら、災い転じて福となる。

案外、物事ってのは一つの事がらの内に肯定も否定も含まれ、そうして本質が分ったり、新し境地に至ったりするもの。

60肩に悩まされ、これをいかに克服するか・・・まあ、無理らしい。
無理なことは諦める。アンチエージングという言葉がある、老化に抗するってことだが、抗するよりも、いかに付き合うか、言い換えるならいかに自分らしく老いるか、と言うことだと。
60肩も経年劣化する肉体も、うん、楽しくそれなりに処方する方法を見つけなくては。

で、自転車の話。こういう趣味の話も芸術の話も突き進んで行くと、それ以外の人からすると「凝り性的変人」となるのが普通なのだと思う。
これが良いとか悪いとか個性があるとかないとか・・・どうでもいいことで、普通の見地からは乖離しているって事実だけは、己の腹におさめて「趣味です!」と、少々へりくだって言うのが自分らしさとしての表現かな。

で、自転車の話を続けると、60肩に悲鳴をあげながら自転車を持ち上げるため、筋力アップやコツコツストレッチ、己を鍛えるには体力も気力も歳相応に減退してきた。

もう諦めるのが最上の処方箋なので、発想法を転換することにした。つまり「60肩」にふさわしい自転車にする。己がダメなら自転車が変われ!という、超ポジテブ思考。

自転車はいったい何キロほどの重量か。一般論としてスポーツ自転車10キロ前後、ママチャリ20キロ弱、今流行の電動サイクル30キロ弱というのが相場のようで、重さ6キロという超軽量化志向の方もいれば、鉄の塊のような重い実用車好みの方もいる。
折り畳み自転車は構造的にも重くなる。小さなタイヤの軽そうな折り畳み自転車が実は17~18キロもし、ママチャリと変わらないことも珍しくない。

普段の自分の自転車の重量を測ってみたら、13キロ前後になっていた。ちなみに体重計に乗って計測し自分の体重を差し引くって測り方だ。
しかし、この13キロ前後の重量は「走る」には良いが「担ぐ」には重い、まして「60肩」にずっしり食い込むと、悲鳴どころか悲惨とも言えるのだなぁ~。

世のその道を見極めた方は、爪に灯を点す覚悟で50グラム、100グラム、チタンにカーボンにと努力を重ねているということらしいが、そこまでするには財力が乏しい。

初めてスポーツ自転車を買ったときに「軽い自転車が欲しい」と店員さんに言ったら「軽い自転車よりも軽く走れる自転車を買いなさい!」と。
なるほど、目から鱗の金科玉条として拝聴したけれど、今は60肩に耐えられる「重量」が差し迫った課題の老の身。

財力無し、筋力後退、貧乏暇なしというよりも、貧乏だが暇だけはある、頭は悪いが知恵だけはあるに違いない。

わずかな知恵を絞って・・・そうだ余計なものを全部取ってしまえ!
泥よけ(フェンダー)、スタンド、鍵、サドルバック、リアライト、アタッチメントなどなど、重いサドルは安価な軽いものに交え、出来る限りの基本構造というシンプルなものにしたい。

子どもの頃に友だちの乗っていた自転車のキラキラ輝く装飾品が眩しかった思い出があるが、自転車も車も家もみな同じで、どんどんと物欲にまみれ、本当は必要もない「物」に己の欲望を投影し膨らんでゆく。

シンプルなものから遠ざかって行くのが人生ならば、人はつまらぬものをたくさん背負いすぎて生き難い人生を歩むに等しい。

とまあ、そういう発想は自転車にも当てはまるわけで、サドルやシートポストやペダルやアクセサリーの類、いろんなモノをチェンジしてきたこれまでを、60肩を契機にシンプルにする。

余談だが、密かな思いとして65歳の誕生日を迎えたら、僕は日常生活の「物」にまつわることをシンプルにして行こうと考えている。
もう自分の記憶と感性と知識だけで十分で「物」から何か新しいことが生まれるとは思えないのだ。

とはいえ、霞を喰って生きる仙人のようなことは不可能なので、「必要最低限」という道標をどうにかして見つけ出して行きたいのである。
余計なものを取り外し、軽量なものに交換し、必要最低限に絞り込んだ自転車を持ち体重計に乗ったら、ほぼ11キロ弱にまでなった。少しは贅肉が落ちただろう。
 

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