自転車・街角散歩

2024.04.07

四月・桜・一年生

4月7日 春の桜の記憶写真

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今年も岩倉市の五条川の桜を見に行きました。
名古屋から自転車で20キロほど走りました。
年年歳歳、今年の桜は、やはり今年の桜であって、来年も...となるかわかりません。
体力勝負の歳ということです。
薄曇り空、平日で人出も混雑とはなりませんでした。

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薄曇りの日の桜も情緒があります。
途中で買ったコンビニのおにぎりなどを、ほぼ満開の桜の下で、のんびりと食べました。
「桜きれいだね」と自分で自分に問いかけて、桜も「そうでしょ」と応えてくれる
一人桜遊山の自転車走りの楽しみということです。

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この日は小学校の新一年生になる孫が四年生の姉(孫)と初の登校でした。
初々しい登校風景でした。
姉妹で同じ学校に通えるのはいいものです。
新しい世界、小学校という世界に歩みを進めるということですね。
ふむ、黄色い帽子と大きなランドセルが良い風景でした。

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そんな四月になって、カミさんとも桜の花見を約束していたので。
今日は自転車二台を連ねて名古屋城へと向かいました。
快晴の青空で、ちょっと汗ばむぐらいの陽気でした。
二台の自転車走りも一年ぶりぐらいです。
名古屋城の城を背景に、桜も満開。

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そして人出も賑やかで、外国語が華やいで聞こえてきました。
入場料は自分が敬老手帳で100円、カミさんは500円。
もういっぱい桜を堪能しているので、茶店で抹茶をいただき一息つきました。
なんだか、毎年の事とはいえ、こうして春に「桜の花見」が楽しめるのは、庶民の風物詩です。
でも、やっぱり今年の桜は今年のものです。
近所の公園や用水脇などでも桜が、ほんとうに満開です。
「日本の四季」桜に、どことなく和まされた春の一日でした。

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2024.02.05

立春が過ぎて

2月5日 マンサク

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昨日の「立春の日」は暖かかった。
(立春の日は年ごとに違うということを勘違いしていた)

暖かかったので久しぶりに庄内緑地公園に自転車を走らせた。
まずは「マンサク」の観察からで、ほんの少し芽もほころびはじめたかな。
季節のときどきを花で確認するのは面白いことで、年が改まりまずはこの花から。
ちっとも華やかさがないので、あまり人の目にはとまらない。
まあ、それでも毎年々々、ちゃんと生きている。

あっちが痛い、こっちが痛い...
衰えは知らぬ間にやってくる。
視力が低下した、記憶力も低下した、思考力も、筋力も...
まあ、諦観するしかないか(笑)

最近は歩くのが多く、4~5キロの散歩は苦にならないので続けている。
自転車は格段に乗ることが減った、
ドロップハンドルを握り、サドル越しに足をはね上げてまたぐ、
股関節が固くなったような気がする。
少し気をつけねば転倒するかもだ。

頭の理解と体の反応に、くい違いがでてきたのだろう。
やはり、歳のせいだと思うのだけど、自転車を走らせているほうが体幹を鍛えられるような気がする。
寒さに立ち向かって、キコキコとペダルを回さねばと思う。

立春から一日経って、関東地方は大雪とのニュースが。
名古屋あたりは雪ではなく雨降り。
寒暖の差は体に堪えるので、困ったものだ。
鍛錬、鍛錬...もうすぐ梅の季節だから。


2023.12.03

晩秋の散歩で一枚

12月3日 落葉のグラデーション

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ほんとうは、散歩は目的などなく彷徨うのが理想だと思う。
ぶらりと細い路地に入ったり、変わり映えのしない風景を楽しんだり。
まあ、無駄な時間をついやして、何かをみつけたりするのが面白い。

その何かって、いつもの日常にあって、ふと見落としているもの。
そんなものに、ちょっとだけ目が行くのが、散歩の面白さかな。

12月のこの季節、道の端には枯れ葉が吹き溜まり、晩秋の光景だけど。
そのうちの一枚の紅葉のグラデーションがきれいなものがあった。
ソメイヨシノの桜の落葉だった。

くすんだような土色の枯れ葉の中に、日を浴びて輝いていた一葉。
落ちてなお輝くその姿は、立派な「晩年」の落葉だ。
おまけに、枯れた細い枝にひっかかって、さも「見てくれ」といわんばりだ。
その心意気はよし!と一枚撮ってみた。
ただそれだけのことに散歩の面白さを見出す。

2023.12.01

今年も、また、銀杏の町に行ってきた

12月1日 自転車散歩

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11月26日に祖父江町の銀杏の町に行ってきた。
今年は例年より黄葉の満開が遅れていたが、ぐっと冷え込む今頃が見頃だろうか。

往復39キロのみちのりを自転車で走るのも恒例のこと。
黄葉を見るのも楽しいが、実はこの片道20キロ弱の道を自転車で走る。
山並みや田園風景や舗装されたロード。
毎年のことだが、こうして元気に走れるのが幸せなことでもある。
ネックスピーカーからの歌が1人サイクリングのお友達。
あと何年走れるか?とも思っている。

元気に走り、元気に少し青さも残る黄葉を堪能して...
あとが、いけなかった。
家庭内で風邪が蔓延していて、自分は大丈夫と思っていたが、結果三日間寝込んでしまった。
健康が一番だと、ほんとうに思う今日この頃。

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2023.11.24

星になる

11月24日 高い空 
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【11月23日の庄内緑地公園の秋】

あれはいつ頃だったのか。
上の孫娘が保育園の年長組か小学校に上がったばかりの頃だったか。
友達とそんな話をしていたのだろう。

「おじいちゃん、死んだらみんなお空に行くんだって」
「そうか~、空の星になるんだろうかね」
そんな孫娘との会話をしていた記憶がある。
空に上がって星になる。
こんなに不思議で興味のある話は、子ども心に強くひっかかったのだろう。
「ねえ、おじいちゃん、死んでみて、空に上がってみて」
「そうだねぇ~、そのうちにだねぇ~」
こんなやりとりを聞いていた娘が。
「なんてこと言うの、言っていいことと悪いことがある!」
本気で烈火のごとく孫娘を怒っていた。
「ああ、悪気じゃなくて、そういうふうに空に上るのを見たかったということだよね」

私も妻も自分の墓石は持たないことにしている。
しいて言えば共同墓地にでもしてくれればいいかと。
墓守りの必要を次の世代にさせるのはもういらないのではと思っている。
共同の樹木葬や散骨でもかまわない。

そうして、死んだあとは、空に上って無数にある空の星屑の一つが墓標になればいいのではと思っている。
空を見上げて、無限大に存在する星の一つを、「あれが、じいちゃんの墓標だよね」
そんなふうに、語ってくれればいい。

11月6日、グループホームで暮らしていた義母が亡くなった。
享年89歳、満で数えると88歳だった。
この二年ほどは認知症状もあり、一通りの認知症からのあれこれも経験したが。
本人にとっての晩年が幸せだったのかはわからない。
そうして、周りの人たちが振り回される日々だったが、それらに娘らが付き添いながら過ごした。

一つの時代が終わった。
義母を最後に、自分や妻の親の世代は誰もいなくなった。
これからは、同じ道を自分たちが歩むことになるだろう。
そうして。
空の幾多もある星に上る日が来るにちがいない。
ちなみに、義母は義父が眠る墓に入ることになるが、何年か先には「墓じまい」もある。

人間の歴史は遠く過去から引き継がれ、次の世代へと進んで行く。
その歴史のなかで、生き暮らしてきた人が、広大な宇宙の星を墓標として、
ほんの、たまに、語りあうことがあれば。
孫娘は死んだら空に上る話をしたことも、きっと記憶から抜け落ちるに違いない。

人が死ぬことを語り合えたこと、それはそれで幸せな思いでになっている。

2023.10.22

花魁道中 (写真三枚)

10月21日 名古屋市中村区「大門100周年 花魁道中」

生憎の曇り空であったが21日(土曜日)大門100周年 花魁道中が10年ぶりに開催された。
大門商店街やそこのスーパーは我が家の台所を支えているので、近所である。
過っての遊郭街として知られているが、今は当時の建物も取り壊され、様変わりした風貌だ。
「花魁道中のパレードがあるようだ」と、妻と出かける、写真を撮ろうということで。
コロナ禍で賑やかな催しがなくなって、久しぶりの街の活気。
地域の商店街が元気であるのは嬉しいことだ。
というわけで、綺麗な花魁や新造さんが、元気を届けてくれた。

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【花魁、禿、男衆、良い雰囲気】

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【花魁の笑顔ですね】

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【カメラに応えてくれた振袖新造さん】 

2023.09.29

中秋の名月を眺めて

9月29日 いつも月夜に米の飯(ことわざ)

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秋の空は高い。
雲一つない青い空なので、今夜の中秋の名月はきれいだろうと。
予想通り、明るくきれいな月夜です。

街灯も少ない地方都市で過ごした子どもの頃は「月灯かり」が暗い夜道を照らしていた記憶がある。
今では街灯も多く、「月灯かり」の恩恵も減ってしまったけど。

いつも月夜に米の飯

いつの世も月夜で白米が食べられるありがたさを言う。
まこと、この中秋の名月がいつも続いたら...猛暑も極寒もない季節が続いてくれたら、老体に鞭打ち日々を暮らすこともないのに。
まあ、そんなことを嘆くよりも、「今宵の満月のなんときれいなことか!」と味わうほうがいい。

秋らしい気配が夏の残暑を和らげてくれる。
少しづつ、生活の活動量も増えてきた。
散歩していても秋の風が心地よい。
夏の間に少し落ちた体幹を自転車が回復させてくれる。

自転車のメンテナンスをしていて、カミさんのスポーツ自転車のタイヤから空気が漏れていた。
春の「桜の花見自転車」以後、乗ってないからだろう。
シティサイクルよりも高圧の空気を入れるので、劣化もする。
後輪のタイヤは変速ギアを外す分手間がかかる。
毎年のように「パンク・空気漏れ」のメンテナンスをしているような気がする。
もっとも、30分もあれば修理完了。
自転車屋に頼むと数千円はかかるからと思う、貧乏人の惨めさでもあるが。

ついでに、あちこちも手入れして、いっちょ上がり!
面倒というよりも、自転車をいじっている時間は楽しい。
好きなことを一生懸命やる、楽しいことをコツコツやる。

そういう時間を大切にしたいと思う今宵、なんだか満月もニッコリ微笑んでいるようだ。

2023.09.26

彼岸花

9月26日 自転車に乗って
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暑さもやわらぎ、秋の気配がひろがって。
しばらく自転車に乗るのも少なかったので、走ってみた。
久しぶりの庄内緑地公園。

彼岸花など、あちこちの公園で見られるけれど、庄内緑地公園の彼岸花を見てみよう。
とりたてて、ここの花が珍しいというわけでもなく、同じ彼岸花だ。

秋の彼岸の頃といえばこの花。
季節も頃合いよく、秋の気配いっぱいの風が心地よい。
なによりも、自転車を走らせる、この爽快感。
この3点セットの毎年恒例の「自転車散歩」というわけだ。

ときどき思うのは、いつまで自転車に乗れるのかという思い。
この歳になると、訃報もまいこんで、ああ、あの人もと思うことが増えた。
走り続けられるうちは、どこまでも。

少し人生の先輩の火野正平さんも、元気に秋の「日本縦断こころ旅」を頑張っている。
負けるわけにはいかないなぁ~。
と、そんなことを思って、ペダルをまわしている、秋の始まりのこの頃。


2023.07.05

努力義務

7月5日 自転車ヘルメットの話

自転車のヘルメットの着用が努力義務となった。
街ではけっこうヘルメットをかぶる人の姿もみかけるようになった。
ロードバイクで走るとき、特に一人で走るときはもう何年もヘルメットをかぶっている。
庄内緑地公園で夕方石に乗り上げて転倒、頭を地面にうちつけてサングラスも変形した。
そういう経験があるので、少し遠くまで出かけるときは必須アイテムになっている。
ただ、街中をゆったり走るときは、まだ帽子などだけれど、努力義務!
ヘルメットは3個ぐらいあるが、街中ではちょっとゴツイかな
カミさんはほとんど帽子などで走るので持っていない。
それでも努力義務となって、新しくキャップタイプのヘルメットを購入した。
けっこういろいろなタイプが出はじめて、いいことだと思う。
それよりも、自転車で出かけること自体を心配される歳になった。
街なかでも、しっかりヘルメットをかぶっているけれど、堂々と?右側走行している自転車もみかける。
ヘルメットもしかり、道路交通法規もしかり、体力も考慮して走る。
昔ほどスピードを出すことも少なくなり、散歩の延長上の自転車。
安全に乗り続けたいと思う今日この頃である。

2023.05.03

GW お出かけ日和

5月3日 ぶらり歩いて花を知る
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GWでどこも人出がすごいようです。
高速道路の渋滞40キロなど耳にすると、ひぇ~と身震いもします。
まとまった休暇も貴重な日本のGWだから、せめて家族サービスもわかるけれど...

毎年のことだが、この季節はいつも、掃除だ、片付けだと、一年の積もり積もった「家事」に勤しんでいます。
今年はグループホームに入所した義母が住んでいた住居の最後の片付けをほぼ完了しました。
実に一年ほどかかって、ゴミ屋敷然とした部屋の中はすっかりカラッポに。

子どもたちが過ごした家でもあり、少し寂しさもあります。
とはいえ、自力でここまで費やした片付けの労力たるや、賞賛ものだと自画自賛です。
いや、まだ残っているのが、古い写真の整理など。
我が家に持ち込んでそのままになっている。

季節は春の花から夏に変わろうとしています。
昨日は「花いちば」に行って、にちにち草とか買いました。
少し花壇も手を入れて過ごしました。

土地がなく、ますます鉢が増えて所せましてなりました。
薄紫の薔薇が咲き、蕾もいくつかあります。
アジサイもこれからが季節ですが、こちらはちょっと微妙~
手を変え品を変え、狭いながらも花のある暮らしです。

そんなわけで、お出かけ日和のGWは、いつも家事をせっせと...
人出の多いこの時期は、お出かけと無縁の日々です。

それでも、散歩には出かけます。
ほぼ4~5キロは歩きます。
庄内川の水を取水した近所の用水路はこれから田植えの季節で水も多くゆっくり流れています。
用水脇の桜の若葉も一段と青く、散歩にはいい季節です。

長く暮らしていると、こういう何気ない風景も愛着がわくものです。
ただの町の風景、用水路があり新幹線とJRと名鉄電車が橋脚の上を走ります。
やっぱり、そういうものが愛着となる町です。

その用水脇に「月見草」が咲いていました。
「ヒルザキツキミソウ」のようですが、写真にとりgoogieレンズで名前を調べた結果です。
これは花の名前を知るには便利なアプリですね。
いつもは写真を撮ってカミさんに「これなんだっけ?」ですが。

たいして意味のない暮らしの日々です。
意味のないなかに、ちょっと気になることなどを発見して、楽しんでいます。
こんな日が、あと何年続くのか。
健康でいられることに、小さな幸せを感じる、今年のGWというわけです。

 

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