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2024年2月

2024.02.29

今年も確定申告

2月29日 ちょっと腹立たしい限りだなぁ

国税庁のホームページから確定申告の書類作成に入り、今年も確定申告を提出した。
国会議員の裏金問題が言われ、どこにも出ない金だから、使途も明細も資料も暗闇のなか。
政治家はそんなに金がかかるのか、そんなに杜撰な金銭感覚なのか。
何をごまかそうと企んでいるのでしょう。
裏金を「還付金」などと、まことに空々しいものだ。

例年のように源泉徴収票や社会保険料や生命保険料の控除の証明書を手元に置いて収めた税金がどうだったのか。
還付があるのか、それとも納税額に不足があり、納付しなければならないのか。
実にややこやしい。
それでも律儀に納税義務を果たそうと健気に努力する。

庶民にとって、収入、所得額、課税所得額、諸控除などなど、パッと見てすぐに理解することの難しさ。
年と年度の区別とか生命保険料控除の種別とか、扶養控除などなど。
働いて年末調整して、源泉徴収されれば、はいお終い。
そんなサラリーマンのしくみが、良かったのか悪かったのか。

きっと、みんな苦労して確定申告しているのだろうと思うと、ウン千万円の濡れ手に粟の裏金取得は腹立たしい。
どこかの議員のキレ記者会見があって、どこかの町長の99のパワハラ、セクハラがあって。
それでも自分は悪くはない、俺様は「議員だ!」と。

人格とか品位もさることながら、民主主義や人権感覚さえ疑わしい。
いや民主主義や人権意識があれば、もし本当に間違っていたと反省するなら、隠し事のための嘘もやめて、事実をありのままに明らかにするのだろうが。
嘘とごまかしは政治家とドロボウーの始まり...ガックリきてしまう。

「越後屋、おぬしも悪だのう」「お代官様もでございます、ひひひ」
江戸時代の悪の権化たちの私利私欲にまみれた姿が、姿と形を変えて現代に蘇っていると言えるのだろう。



2024.02.24

梅の香ほのかに

2月24日 名古屋市農業センターのしだれ梅

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はっきりしない空模様だけど、今日は晴れて穏やかな日だった。
地下鉄に乗って平針駅へ、歩いて20分の散歩の先が名古屋市農業センター。
しだれ梅が満開と聞いて妻と出かけた。
うん、しだれ梅といっても何種類もあるものだ。
今年の梅の見頃は例年より少し早く散りかけている枝もある。
手軽な近場の梅の花見の一日。

端唄の「♪梅は咲いたか、桜はまだかいな」
三味線にあわせて舞子さんが踊る。
そんな情緒とは少し違うけれど、この季節この時季の梅のほのかな香りが春の楽しさを表している。
そんな春の訪れを感じる日、泣いても笑っても季節は動いている。

2024.02.22

にゃん・にゃん・にゃん

2月22日 避妊手術を終えて元気に暮らしている
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2月22日の語呂合わせ、にゃんにゃんにゃん、猫の日。

愛猫「いくらちゃん」の避妊手術をして5日ほど経った。
ほぼ元のような元気な様子になった。
血液検査や不整脈や疑わしい症状があって二度ほど延期して、精密検査の結果、ほぼ問題なしとなり避妊手術となった。
病院のいろんな人に囲まれて麻酔も打たれ、帰宅した当初はストレスから落ち着きもなかったが、それも普通に戻った。

あとはもう少ししたら開腹したお腹の抜糸を待つだけ。
なんだか可哀そうに思えるのは自分。
病院や医者は信頼しているのだけれど、医療機関は苦手だ。
仕事とはいえ、命に係わる手術をこなしてしまう医者には尊敬と畏敬の念すら持つ。
してみると、自分は病院の医者や看護師や、そういう種類の仕事にはつけないと思う。
まあ、今更そんな職業への挑戦もないけれど。

動物の手術といえど、いくつもの検査をし、少しでもリスクを減らすことに努めて行う。
「命」というのは人も動物も大切にされなければという思い。

紛争や戦争の地で医療機器や薬も不十分な中で、治療に関わり、麻酔もない外科手術を余儀なくされる悲惨さ。
我が家の飼い猫への手厚い医療・検査のうえで実施する手術。
平和であることの大切さとともに、その「命」にたいする違いに少し戸惑い悲しく思う。

戦争の悲しい場面、とくに子どもたちが医療機関の対応さえなく命を落としているのはやりきれない。
誰が悪いのか、誰がそんな悲惨をおこなっているのか。
そんな心持ちがおさまらないこの世界と社会。
ペシミズムの虜になりそうな気持である。


2024.02.14

芽吹き

2月14日 バレンタインデー

チョコレート・イベント、本命とか義理とか...下火になってきたようだ。
それにしても、遠征に行く兵士の結婚を禁止した皇帝に反抗したバレンタイン司祭が処刑された日が2月14日。
こういう「平和」の話の方が一般化せずに、チョコレートの日になって、下火になるのも、さもあらん。

さて、春の兆しは我が家にも訪れてきた。
早咲きの伊豆の河津桜が満開のニュースが聞こえてきた。
ここは数年前のコロナ禍がまだ始まる前に、旅行で兄と訪れたが。

我が家の玄関先の河津桜もやっと芽吹き始めた。
ソメイヨシノの桜のように、全国一斉に咲かないようで、地域の気候によるのかな。

チューリップもやっと地面から顔をだしてきたし、牡丹もこれも芽吹いてきた。
今、玄関先のプランターのサクラソウがいちばん華やかになってきた。

先月までは、冬の寒さにじっと耐えていたのだろうか。

芽吹く頃、泣いても笑っても季節は移り変わり、新しい命が生まれる。
ちょっとだけ、嬉しいことだと思う。
暖かな日差しがある日は、表にでて、身も心もリフレッシュすると、気持ちも新たに「芽吹く」ようなものだ。

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【サクラソウ】

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【牡丹の芽吹き】

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【チューリップも顔を出して】

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【河津桜も待ちかねている】


2024.02.11

図書館通い

2月11日 楽しいこと

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このまま歳をとって、足腰も弱り自宅生活が出来なくなったら、どこかの高齢者施設に入れればいいと思っています。
じゃぁ、どんなところ?
狭くても窓から緑のみえる部屋、季節が感じられるところがいい。
出来れば、電動の車いすで通える、公共の図書館があれば、言うことなし。
...などと、「もしも」のこの先の暮らしを口にしていますが、健康寿命を維持して、図書館通いを日課で続けたいものです。

今年は松本清張の短編本から読み始めているが、昔読んだことがあるのも混じっています。
それでも、読んだなあ~と思いながら、また読んでいます。
小説ですが、いつも人が死んで、殺人事件で動機や方法が語られて、現実だったら恐ろしいことですが。
昭和という時代を背景にしているので、殺人事件とは別に、昔の人の思考や文化はこうだったなあと思いながら読むのも楽しい。
殺人事件が「楽しい」とは、いささか変ですが、それが小説ですから。

区の図書館まで歩いて5キロ前後ほどで、歩くのも健康にはよいと思えば、歩きながら「梅は咲いたか~、桜はまだかいな~」
近所の畑の梅が咲きだしました。

松本清張のコーナーの本を物色しながら、知らない作家のものを探したりして。
たまたま面白い本に出合うと楽しくなります。
坂井希久子「江戸彩り見立て帖 『色にいでにけり』」
視力を亡くした父親は元摺師、貧乏長屋で父を介抱しながら、得体のしれない京男・右近が色にまつわる難題を持ち込む...」
いろいろな色、なんだか奥が深いその世界だけど、人の人情のいろいろ。
知らない作家に出会う楽しみです。
これはシリーズにして欲しくなる一冊でしたね。 

松本清張の文庫本「高台の家」とか「張込み」とか、暗い殺人事件ものも読んでいるが、こういう「ほっこり」した本も、また楽しくていい。


2024.02.05

立春が過ぎて

2月5日 マンサク

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昨日の「立春の日」は暖かかった。
(立春の日は年ごとに違うということを勘違いしていた)

暖かかったので久しぶりに庄内緑地公園に自転車を走らせた。
まずは「マンサク」の観察からで、ほんの少し芽もほころびはじめたかな。
季節のときどきを花で確認するのは面白いことで、年が改まりまずはこの花から。
ちっとも華やかさがないので、あまり人の目にはとまらない。
まあ、それでも毎年々々、ちゃんと生きている。

あっちが痛い、こっちが痛い...
衰えは知らぬ間にやってくる。
視力が低下した、記憶力も低下した、思考力も、筋力も...
まあ、諦観するしかないか(笑)

最近は歩くのが多く、4~5キロの散歩は苦にならないので続けている。
自転車は格段に乗ることが減った、
ドロップハンドルを握り、サドル越しに足をはね上げてまたぐ、
股関節が固くなったような気がする。
少し気をつけねば転倒するかもだ。

頭の理解と体の反応に、くい違いがでてきたのだろう。
やはり、歳のせいだと思うのだけど、自転車を走らせているほうが体幹を鍛えられるような気がする。
寒さに立ち向かって、キコキコとペダルを回さねばと思う。

立春から一日経って、関東地方は大雪とのニュースが。
名古屋あたりは雪ではなく雨降り。
寒暖の差は体に堪えるので、困ったものだ。
鍛錬、鍛錬...もうすぐ梅の季節だから。


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