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2023年11月

2023.11.25

近江八幡ハイキング

11月25日 仲間たちと歩いた秋の一日

一週間ほど前に琵琶湖の東、昔の近江商人の町、近江八幡にハイキングに行った。
ここ数年は、春と秋に恒例のハイキングとなっている。

昔の職場の同僚たち、元気なその娘さんも小学校5年生になった。
みな、少しづつ歳を重ねているけれど、健脚である。
初めてカミさんも参加となった。

JRで近江八幡駅まで行き、そこから八幡山まで「街歩き」
山頂は八幡城跡があり琵琶湖も一望できる、紅葉を楽しみながらロープウェーで上がる。
近江八幡は不遇の武将、豊臣秀次が築いた城下町といわれ、八幡掘りは観光船も行き来して、歴史を忍ばせる情緒がある。

ハイキングなんだけど、街歩きが中心で、やっぱり紅葉の秋は八幡山周辺が見頃であった。
昼の食事処を探したり、あっちがいい、こっちがいいと適当にコースを探って歩く。
そんな自由気ままな歩きを堪能した、秋の一日だった。

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【八幡山の紅葉】

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【琵琶湖を一望、遠くには比叡山も】

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【八幡掘り、事情で船には乗れなかった】

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【みんな元気に散策していました】

2023.11.24

星になる

11月24日 高い空 
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【11月23日の庄内緑地公園の秋】

あれはいつ頃だったのか。
上の孫娘が保育園の年長組か小学校に上がったばかりの頃だったか。
友達とそんな話をしていたのだろう。

「おじいちゃん、死んだらみんなお空に行くんだって」
「そうか~、空の星になるんだろうかね」
そんな孫娘との会話をしていた記憶がある。
空に上がって星になる。
こんなに不思議で興味のある話は、子ども心に強くひっかかったのだろう。
「ねえ、おじいちゃん、死んでみて、空に上がってみて」
「そうだねぇ~、そのうちにだねぇ~」
こんなやりとりを聞いていた娘が。
「なんてこと言うの、言っていいことと悪いことがある!」
本気で烈火のごとく孫娘を怒っていた。
「ああ、悪気じゃなくて、そういうふうに空に上るのを見たかったということだよね」

私も妻も自分の墓石は持たないことにしている。
しいて言えば共同墓地にでもしてくれればいいかと。
墓守りの必要を次の世代にさせるのはもういらないのではと思っている。
共同の樹木葬や散骨でもかまわない。

そうして、死んだあとは、空に上って無数にある空の星屑の一つが墓標になればいいのではと思っている。
空を見上げて、無限大に存在する星の一つを、「あれが、じいちゃんの墓標だよね」
そんなふうに、語ってくれればいい。

11月6日、グループホームで暮らしていた義母が亡くなった。
享年89歳、満で数えると88歳だった。
この二年ほどは認知症状もあり、一通りの認知症からのあれこれも経験したが。
本人にとっての晩年が幸せだったのかはわからない。
そうして、周りの人たちが振り回される日々だったが、それらに娘らが付き添いながら過ごした。

一つの時代が終わった。
義母を最後に、自分や妻の親の世代は誰もいなくなった。
これからは、同じ道を自分たちが歩むことになるだろう。
そうして。
空の幾多もある星に上る日が来るにちがいない。
ちなみに、義母は義父が眠る墓に入ることになるが、何年か先には「墓じまい」もある。

人間の歴史は遠く過去から引き継がれ、次の世代へと進んで行く。
その歴史のなかで、生き暮らしてきた人が、広大な宇宙の星を墓標として、
ほんの、たまに、語りあうことがあれば。
孫娘は死んだら空に上る話をしたことも、きっと記憶から抜け落ちるに違いない。

人が死ぬことを語り合えたこと、それはそれで幸せな思いでになっている。

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