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2022.11.19

続・感染と整理

11月19日 生前整理

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認知症の義母がグループホームに入所となりました。
今年の春先頃から症状が悪化しはじめ、日常的に不安定に。
多かれ少なかれよく言われる「盗った」「返してくれ」とか
一時間ごとに電話をかけてきて、そのことも忘れてしまうことが増えました。
エアコンを入れておいても勝手に切ってしまい、食べることも不確か。
デイサービスや配色なども時々利用したけれど、居宅で一人暮らすことの不安が大きくなりました。
薬も「飲まなくてもいい、忘れた」等々言いだし、夏場の熱中症も心配でした。

老人保健施設に夏の間の入所をお願いしました。
肺炎疑いで入所直後には病院へ入院したものの、点滴を勝手に外し暴れてしまう始末でした。
少し落ち着いてしばらく老人保健施設に入所しましたが、ここでも隙を見て外出し、通報で警察のお世話になることも。

秋になって、予定の退所日が迫り、さてどうするものか?
サービス付き高齢者施設やグループホームなどを、あちこち探しまくりました。
そんな経過のなかで、たまたま空きのあったグループホームに10月に入所できました。

1人でいることの寂しさに耐えられないのが大きかったと思われます。
ホームでは食事などの提供があって、健康管理もできそうです。
ときどき、思い出したように「家に帰りたい」とは言うものの、お友達がいて洗濯や食事の用意などの「お手伝い仕事」などにをしている様子です。

自宅生活と施設生活のメリットやデメリット、本人の快適な暮らしの条件などを検討すると、やはりこのままグループホームで暮らすことの方がよさそうです。
介護保険を使っても、費用はかかります。
しばらくは、このまま本人の意向もふまえてグループホームでの暮らしになりそうです。

昔の人なので施設を「姥捨て山」のように思う感情はどこかに残っています。
それでも、独居老人として一人暮らしをするよりも、同じようなお仲間と話したり作業したりして過ごすほうが、本人の「性にあって」いそうです。

住んでいた家も、そのまま放置しておくにはいかないので、整理することになりました。
グループホーム生活に支障がでてきたら、その時にまた「今後」を検討することになりそうです。
今どきのグループホームも個室で冷暖房が管理され、何よりもお友達と話ができるのがよさそうです。
多少の認知症の進行を遅らせられそうです。
近くに、病院もあり連携がとれており、もちろん施設のかたに服薬管理もお願いできています。

死ぬ間際まで、一人になっても何が何でも自宅生活がよいのだろうか?
悩むところです。
ただ、もし自分が認知症になって暮らしに支障をきたすようになったら、できれば、そうなる前に「適当な施設でお世話になる」ことを選択するつもりです。
もちろん、認知症の程度にもよるのでしょうが、「在宅一辺倒」が必ずしも良いかどうか、今回の義母の暮らし方を見ると、考えさせられることでした。

さて、そうした経過のなかで、義母が暮らしていた家の整理と片付けをしています。
およそ「ゴミ屋敷然」となった家の中は、高齢者特有なのでしょうか「臭いもきつい」ものがありました。
もう不要になったモノのおびただしい数々。

十年以上前に作った「梅酒」が変色して十数本も一升瓶に溜めてあったり、相当量の白砂糖があったり凄い。
誰も着ることのないだろう、義母のそのまた義母らの服がタンスに詰まっていたりしました。
掃除や洗濯もあまりされてなく、埃やゴミもしっかり貯められていました。

害虫燻煙をするとゴキブリも死んでみつかったりしました。
捨てるしかないものも多々でて、とてもここで住むにはむずかしい状況でした。
大切なもの(といっても多くはないのですが)を除いて、一度家中の整理をすることになりました。

もう、何十年と手を付けられていないと、しまってあった布団や衣類もシミやカビに侵されています。
数年前にはこんな状態ではなかったはずですが、それは手をつけなかったからだけかも知れません。

このところは孫の世帯がコロナになり、行くこともままならず、コロナ回復したらと言ってるうちに、次から次に一家5人全員がコロナ陽性になりました。
孫の世話も不可能になったこの機会にと、可燃ごみ、不燃ごみ、粗大ごみを相当数出しました。
日々、片付けをしていると、もう業者にお願いして一挙に整理してもと思いましたが、費用もかかります。
人一人暮らす家の中のモノはあらゆるものがあります。

業者さんの話を聞いたことがありますが「実は、撤去した家具やモノを、持ち帰った後の分別がものすごく労力を要する」と。
ゴミなのか「宝物」なのか、義母本人も見分けがつかなさそうです。
捨てられない暮らしを何十年と続けていると、「宝物」もゴミになります。

「なんで、こんなものがとってあるの」「なんで同じものを幾つも買ってるの」
そんな疑問が湧いてくる状況です。
こうした「ゴミ屋敷然」と化すのは、歳とともに「日々、整理する気力やパワー」が減退してゆくからなのでしょうか?。

カミさんや義姉らと整理を進めていますが、モノをたしかめながら整理するのは大変です。
こんな状態をみながら、「他山の石」にあらず、我が身のこの先の暮らしかたの反省にもなります。
自分たちも、だんだん力が落ちて整理や片付けそのものもできなくなる日がやってくる。
そういうことを踏まえて、「老後の暮らし」を考えないと、いつか同じ轍を踏むことになる。

整理していたら、どこで頂いたものか「ぼけないための五か条」という紙がでてきました。
義母も認知症にならないような暮らしを、それなりに意識していたのでしょう。
残念ながら、うまくゆかなかったが、義母だけのせいでもないでしょう。
しかし、なかなか「なるほど」と思われる五か条になっています。

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コメント

ちょっと一休みさんへ

コメントを書くのは、十数年ぶりです。

お孫さんの世話に明け暮れる毎日を、日々の季節のうつる様を、奥さんのお母さんの介護の様などを読みつつ、ぶれずに堂々と生きている一休みさんに尊敬の念しかわきません。

お孫さんの毎日の世話は、よく決断したなと時々思います。簡単にできることではないし、先も長い。娘さんは、本当に幸せ者だなと思います。

奥さんのお母さんの認知症の事は、きっと辛かったし受け入れるのに時間がかかったのではないかと思います。でも今はグループホームに入れてよかったです。実は私の義母もアルツハイマーで60才前に発症し数年で亡くなりましたが、人が壊れていく様は悲しいし怖いし表現できない。

奥さんのお母さんもグループホームに入って人と交わるようになって、落ち着いたのはホッと一安心ですね。
実は、以前は、高齢者の方が喫茶店で集まったり、グラウンドゴルフで集まったりはよいイメージを持っていませんでした。しかし最近人と話す事の大切さがわかるようになり、一人暮らしの方達にとってとても大事なことではないかと思い直したのです。1人は、高齢者の1人は寂しいです。

一休みさんも奥さんの実家の片付けは、想像以上でしょう。私の母は病気になり一年ほどかけて実家を整理したのですが、片付けても片付けても、物がなくならない。おまけに母は、すぐ人のせいにするので、「お前が片付けたで」と何回言われたか。人1人が暮らすのに、こんなに物があるのかと何回思ったか。年齢的にも、戦争を経験したから物をためる(捨てれない)のでしょう。

うまくコメントも書けませんが、人ごとでなく自分も行く道かもしれない(認知症)と心にとめなければと一休みさんの記事を読んで思いました。

最後に「ぼけないための5か条」ですが、一休みさんは問題なし!と私は思います。

一休みさんに負けないように(勝負ではないですね)、日々コツコツと過ごしたいと思います。人に寄り添えるような、人を見守れるようなそんな人でありたいと思っています。

いや~懐かしいですね。
もう、あのころから10年も時が経ってるのですね。
ブログは読ませていただいています。
ちゃぶんさんも、お母さんのお世話やお孫さんの応援にと、頑張ってみえますね。
同じような境遇に歳を重ねてたどりついて、なかなか悠々自適な老後生活とはならないですね。
もっとも、「あてにされること」や「お世話できる」暮らしがあることに感謝するこの頃ですが。
思い出すのは高齢者の方の「ゴミ屋敷然」としたお宅に、仕事で通ったりしていたころです。
「どうしてこんなになってしまうのか?」と不思議でしたが、この歳になって理解できるようになりました。
これも人生。
長く付き合って行くということでしょうか。
友人のブログって、読んで、頑張ってるなと感心したり、安堵感があったりして、いいものです。
あせらず、コツコツと人生を謳歌してゆきたいものですね。

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