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2020.05.28

縫製工場

5月28日 アベノマスクはどこに

スーパーに行ったらマスクが値崩れして大量に積まれていました。
別に期待もしていませんし、有難みも感じませんが、あのアベノマスクはどこにあるのでしょうか?
マスク不足で品薄のときならば、もうすこし「有難み」もあったかもしれません。
マスク2枚と10万円で国民の感謝と支持率があがると見込んだ見識不足にちょと呆れたのですが。
その10万円も今日明日の生活に困っている人には届いていない。
生活実感からかけ離れた施策は、ほんとうに大変な人の実態をつかめていない表れでしょうか。

ともあれ「縫製工場」です。
生活のお遊びのような話です。
おうちで片づけをコツコツしていて、タオルと固形石鹸がたくさんでてきました。
昔は冠婚葬祭のお返しといえばタオルや石鹸という時代でした。
それらがごっそり出てきて、今使っている物と取り換えたりしました。

固形石鹸も時代のなかでいつしかボディソープに変わり、石鹸は使わずしまわれてました。
この機会にボディソープを止めて固形石鹸に変えました。
タオルは雑巾に縫い直ししました。
ついでに昔の服を手直しして孫の服に変えました。

こういう作業はカミさんが一手に作業していましたが、さながら縫製工場のようにミシンが唸っていました。
まあ、言葉あそびですがプランター農園の次は「縫製工場」というわけです。
もちろん工場主は私で女工はカミさんです。
工賃はないので「搾取」という資本主義のもうけのしくみはありません。

雑巾ってのは少し使い古したタオルや布のほうが水を含みやすく使い勝手がよいです。
「農園」とか「工場」っていう言葉は手工業時代のイメージがあります。
近代化されIT全盛の時代です。
グローバルゼーションで資本が世界を駆け巡る時代です。
こういう時代を少し逆行して「古き時代」を感傷的に摑まえるのも言葉の遊びこころです。
言葉にも楽しみがあって良いのだと思います。

で、捨てるのは「勿体ない」ということで縫製工場を稼働していたのですが・・・
ふと、思いました。
物を捨てるときに「勿体ない」と思うのが普通です。
でも実は物を買う時に「勿体ない」と思うべきじゃないかと。
こんなものを買う必要があるのか?まだ同じものを幾つもあるのでは?買わなくても済むのでは。
買う時の動機はいろいろあるけれど、買うときにこそ考える「勿体ない」です。

大量消費時代に逆行するから消費社会にはそぐわない考え方です。
必要な物だけを買い、不要な物は買わないことを心に命じれば、物があふれた暮らしからオサラバできます。

「新しい生活様式」が言われていますが、3密とソーシャルデスタンスとに集約されています。
でもちょっと待てよ、それだけかと思います。
医療体制の崩壊の危惧や保健所機能のひっ迫などを思うと社会のインフラの拡充を「新しい社会の構造」として抜本的に拡充していく必要があるのではと思います。
大都市に集中した街のありかたも、もう限界点に達しているのだと思います。
グローバル経済といわれる物と人の経済のありかたも疑問です。

何を大切にして何をすてるのかという命題が頭にうかんできます。

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コメント

●今まで1960年代からこっち●消費は正義でした●グローバル経済は正義でした●新しい物を持つのはカッコイイことでした・・・でも、ホントに正義なのか?●世の中に踊らされていただけではないのか?●あの戦前の軍国教育みたいに・・・

消費に慣れっこになってる今、これを転換するにはどうしたらよいのかと考えますが、どうしたものでしょう。
地道に考えるしかありません。

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