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2018年9月

2018.09.26

脱力ウォーキング

9月25日(水) 中秋の名月も雲の上だった

今日は「十六夜」の月で「いざよい」と読むらしいが、薄っすらと雲がかかり、ぼんやりとした満月だった。
中秋の名月だった昨夜は雲に隠れ、名月を楽しむこともできなかった。
おもしろいもので「中秋の名月」必ずしも十五夜にあらず...十六夜の今日が本来の真ん円な月夜というわけで、思い込みで長い人生生きて来た(笑)

というわけで9月になって、夕食後にカミさんとウォーキングを始めた。
ほどほどに続いている、というのも「ほどほどに3キロ、ほどほどに6000歩・・・」、まあ、道端にどんぐりやギンナンが落ちてれば拾い、大きな屋敷の前を歩けば、「庶民はとても住めないなぁ」などと呟いたり、路地を右に曲がったり、左に曲がったり、北に歩こうか、東に歩こうか、と夜の街の散策のようなもの。

今日などは「疲れたから行かな~い」という声をよそに、一人で気ままに歩く。
「脱力ウォーキング」と称している。
懐かしい曲を聴きながら、ちょっとだけ体を動かすので、健康維持でもスポーツでもない。
余分な力を抜いている分長続きしそうな気がする。

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2018.09.21

夏の生きもの総括

9月21日(金) めだか差し上げます

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「総括!」なんて言葉もほとんど使われなくなりました。
夏の出来事のいくつかのうちの「めだか」と「あさがお」の記録を書いておこうと思います。

【めだか】
一冬越した10匹の親めだかから100匹ほど子めだかが生まれ、それに合わせて睡蓮鉢も3つほどに増えたというか増やした。
昨年2回ほど「全滅」しためだかの飼育もコツをつかめば子も増える。
水の温度と容量が決定的、小さなガラスの水槽では飼うのもむずかしい。
特に水の量は大切で深くて大きな陶器の鉢が、夏の酷暑の水温の上昇を抑え、逆に冬場の寒さにも保温効果がある。
適当に水替えをして水草があればほぼ大丈夫だと、ひと夏過ぎて思うところである。
しかし、増え過ぎためだかも…どうしようか?という悩みもでてきた。
今よく言われるペットの「多頭飼い崩壊」に似たところもあって「めだか差し上げます」と知り合いに声をかけ、何人かのかたの元に「里子」に出た。
夏休みの「めだか観察日記」をつけるというお子さんもいたので少しは役に立ったかな。
生きものを飼うことには責任がつきまとう、たかがめだかであっても…
誰かめだかを貰ってくれないかなあと思う秋である。

【あさがお】
グリーンカーテンに挑戦した夏、そろそろ終わりを迎えたので、まだすこし花もつきそうだけど、思い切ってシーズン終了とした。
誰しもがグリーンカーテンならば「ゴオヤだよ」教えてくれたが、なんとかしてあさがおで出来ないかという、この夏の挑戦というところだったが、結果としては満足がいくものではなかった。
思ったよりも葉のつきかたが良くない。
これは5~6枚の葉がついたところで芽を摘むことで、蔓を広げて葉と花の密集を上げることになる。
が、どうも慈悲のこころが「まだ成長途上の芽を摘む」ことを躊躇させた。
まあ、無知がなさせる術ともいえるが、そうやって、数本の蔓が上に延び、予定した日よけのグリーンカーテンとはいかなかった。
めだかもあさがおも失敗を繰り返しながら、なんとなくコツを覚えるという「理論と実践」なのであるが、「理論と実践」なんて言葉も、「総括」と同様に現代ではほとんど使われなくなったと思う。
今年の夏の動物と植物と人間のくらしの記録でした。

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2018.09.14

昭和的な心

9月14日(金) 廃材

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小さいけれど和室の前に木材でウッドデッキを作ってから十数年が経つ。
ホームセンターで企画とカットをお願いし、ペンキを塗りほどほどに仕上げたものだが、安価な米栂という材質で10年とはもたないだろうと言われた。
それから10数年が経ち、メンテナンスもすることなく風雨にさらされて、一部は腐食しぐらぐらするまでになった。
まあ10年持てば御の字と決めてかかっていたから当然と言えば当然のことで、孫も遊ぶ歳になり、ちょっと危ないかなとなった。
自分らの歳を考えても、いつまでも元気とは限らないから、木の温もりや肌触りはイマイチだけど、樹脂コーティングした「今ふう」のデッキに変えることにした。
そこで木材のデッキを撤去することになり解体費は7万円はするが、自分で解体すれは費用がウクというので、この夏にとりかかった。
十数年の歳月の経過はネジを錆させ木材を腐食させ、電動ドライバーなどでは歯が立たない。
雨風の中で何十年と経てきたわけだからしかたがない。効かないドライバーのかわりに役に立ったのが鉄製のバールである。むりやりネジを折り、無理やり解体するので、コツコツ作業であった。
「やっぱり業者に頼んだら」とカミさんは言うが、ドライバーでネジを打ち込んだのは自分、自分で作ったものは自分で解体する、という理屈にしてはへんだけど、意地もある。
なんでも金を出して頼めば済むということに変な拒否感が働き、ちょっと苦労すれば済むことはできるだけ自分でやろうという・・・ある意味、なんだか「昭和的」なことだと思う。

たしかに自分の父親の時代は見栄えは良くないが増築も風呂だって手作りしていたし、義父も屋根作りをしたというから、貧乏な時代にあって「自力でなんとかする」という庶民の矜持のようなものとも言える。
一週間ほどかかって解体し、まだ痛みの少ない廃材で、必要なステップ台を作った。
暑い夏だったが酷暑熱風を避けて朝晩の作業だった。
新しいデッキもこれは業者の職人さんが作ってくれたので10年や15年は大丈夫だろう。

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2018.09.10

夏が過ぎ去りて・・・

9月10日(月) 日記

やっと秋らしい気配になり、ここ数日夜のウォーキングを開始。
今年の夏はいったいどうしちゃったのか・・・
豪雨にはじまり猛暑、酷暑が続いたと思ったら、度重なる台風の上陸、そうこうしているうちに北海道の大地震の発生と、絶え間のない災害が日本列島を包み込む。
どこかがおかしいと思うが、地球温暖化の影響なのか、それとも日本という国が元々こうした自然の脅威を内包している地形なのか。

今年の夏の暑さは「半端なく」暑かった。
40度近い気温がひと夏の大半続き、この体温を超す暑さは、もう全ての「意欲」というエネルギーを吸い取られるようだった。
もう数年こんな状態が続くならば高齢期に入った身としては、涼しい地方に脱出して、限りなく電力や市場経済から距離を置いた、自給自足の暮らしに転換しなければ、とても生きてゆけないように思われる・・・そんな今年の夏は、これまで生きて来たなかでもっとも暑い酷暑の夏だった。
毎日のように「必要以外は運動を控えるように」というニュース情報がスマホに届き、たしかに一歩屋外に出れば熱風に包まれる。
しかたなく朝から晩まで、というか24時間エアコンをつけ、窓のカーテンをひき、屋内に閉じこもる。自転車に乗りたいけれど、確実に意識を喪失するだろうと思われた。
もう都市部は自然に暮らすというのは無理になり「エアコン」が必須な時代になった。

それでも8月のお盆を挟み孫たちがやってきた。
1才と3才の可愛いさかりであり「おじいちゃんW抱っこ!」と言われれば無理もする。
あわせて20数キロの二人の児を抱き上げると腰に来るという定めで、挙句に腰痛が・・・
腰痛予防法としての自転車散歩も暑さで断念していたから、やはりてき面である。
「孫は来て良し帰って良し」ということだ。
「抱っこ!」と言われれば「よしよし」と引き受けてしまう、承知の無理ということなのかも。

涼しくなってサイクリング話も聞こえて来たし、やっと「普通の暮らし」にもどれるような、そんな気のする9月になった。

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