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2017.11.02

恋情

11月2日(木) 読書の秋ですから・・・

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「読書の秋」というが、先日何かで「活字を読むことが苦痛だ!」という言葉に出会い、たしかに視覚や聴覚よりも「色気」がないものだと変な納得をする。

「活字」が勉強の延長にあり、「知識」を得ようと頑張ると堅苦しく、こりゃあ辛いものだ。

小説は「人間の感情」のあれこれを体験するもの。
人の感性とでもいうか、心のいろいろを享受するものだと思えば、知識にならない知識として、実は自分自身を豊かにしてくれるものだと、そんなふうに思っている秋の夜長。

NHKの連続テレビ小説「わろてんか」の中で、純情一筋のてんちゃんが夢は何?と聞かれ「お慕いしている人と墓場に入るまで添い遂げること」という意味のことを言っていた。

愛しい人と一緒になり、一生を添い遂げるという、きっと現代でも結婚する彼や彼女が最初は持つだろう、永遠の愛情の姿ではある。

一方、夫唱婦随で人生を送った夫婦の夫が亡くなる。
いよいよ残された妻が死の間際に、最期のお願いとして「私の骨は夫と一緒の墓には入れないで欲しい」と遺言する。

渡辺淳一の小説だったと思ったが、いやはや怖ろしい。
実に人間の感情の表裏や複雑さをそうしたものから垣間見ることができる。
「活字」であるがゆえに、じっくりと感覚に伝わってくるのである。

さて、このところは松本清張の短編小説を好んで読んでいる。
芥川賞を受賞した作品とか、よく知られた作品とか、文庫本の短編集にいくつも収録されている。

「恋情」という初期の短編があるが、ここで語られている「愛する」ことの複雑さは何ともいえない読後感だ。

簡単に物語を言えば、時代は明治初期。
華族に生まれた主人公は幼い頃の許嫁の律子に恋心をいだくが、その律子は彼がイギリスに渡航してる間に、宮家のもとに婚姻させられてしまう。
絶望の淵へと落ちた彼は放蕩暮らしの三年後に帰国する。

帰国し彼が知るのは、宮家に嫁いだものの、幸せな暮らしを送っていない律子の姿だった。
だが、彼は律子が発表する詩歌のなかに、自分との思いが綴られていることを知る。
当時の社会は宮家からの離脱は夫の死をもっての他はありえない。

悶々とする歳月が過ぎ、ますます律子への思いを確信するがどうすることも出来ない。
そして彼は待つことを選ぶ。白髪の生える歳になろうとも、彼は待ち続けることに愛を確信する。だが、その思いは叶うことなく・・・

人はそれまでして愛する人を待ち続けられるのだろうか。
そこには、純愛と言葉で言い尽くせない、愛することの奥深さを見ることができる。
明治期はポジティブな維新ものなどが多い。その対比的主人公を描く、松本清張にもこういう作品があったのだ。

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コメント

松本清張にそんな作品があるとは知りませんでした。ミステリーとかばかりだと思っていました。

投稿: マミケン | 2017.11.03 10:10

いやなかなか松本清張の短編には面白いものがあると、好んで読み耽っています。森鴎外を題材にした「削除の復元」なんて短編も一気読みしてしまいました。

投稿: ちょっと一休み | 2017.11.06 22:46

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