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2017.06.13

太宰治の忌日

6月13日(火) あの頃の自分は・・・

歴(こよみ)を見ていて太宰治を偲ぶ「桜桃忌」が6月19日で、玉川上水で情死したのが13日、その後発見された19日は、奇しくも太宰の生まれた日。

16日と19日の違い。なんともまあ無頓着に思い込んでいたことを知り、おもわず苦笑してしまった。
その日19日には三鷹の禅林寺で「桜桃忌」としてイベントが開かれるというが、現在でも開催されているのだろうか・・・

高校生だった頃のもっとも感銘を受けた作家が太宰治であり、筑摩書房から刊行された「太宰治全集」は、いつも教科書といっしょに鞄にいれるほどの愛読書であった。
多感な青年期というのは、一人の作家に思い入れを強く持ち、その小説世界と自分の心情が一体化するほどに愛好する。

おそらくそうした小説への没頭は、情報も文化も多様化し、いろんな価値観に接することができる現代とは、かなり違う時代だったのかも知れない。

孤高のナルシスト、負の十字架を背負った太宰、哀しみと優しさを書き連ねた作家・・・
そうした太宰の小説の世界は没頭するには十分な作品群で、その情死さえ破滅的な人生を歩んだ結末だと、そんなふうに美化して読んでいた・・・

若さとは思い込みの激しさなのだと、それはある青春期の「流行り病」のようなものだと、何十年も経ってから、やはり苦笑しつつ思い出す。
自分の人生と重ねて小説を読むことが普通だったあの頃。
ああ、自分も哀しさと優しさを持ち合わせた旗手として、人生を歩んで行くのだ・・・と、まあ、若かったなぁ。

しかし、そうして得られた人生観は心のどこかに今も続いているのだと、ふりかえるとそう思える。
だから青春期というのは、ものすごく速く走ろうとするのである。速く走ろうとするのはその好奇心と達成感と完成された「人生観」を体現したいという欲求が強いからに他ならない。
良いことなのである。青春の特権なのである。そういう時期を通過することによって、何かをつかむのである。

さて、その太宰治の世界は3年ほどで終わりを迎えた。没頭するように次から次へと読んでいた小説も、どこかに足らないものを感じ始めたということだった。
「社会性」とでもいうのだろうか。小説としてはとても気に入っていたが、読んでいる自分のほうが、もっと広い社会の歴史や思想や哲学や・・・そうしたものに視点が移っていったからに他ならなかった。

などと「あの頃」を思い出し、歳と共に感受性も乏しくなったと、今を思うのである。

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コメント

太宰治は「走れメロス」くらいしか読んでません。あれはあれで感動的ですが・・・何か梶原一騎を読んでいるみたいな・・・高校時代はほとんど小説は読まなかったような気がします。リアルに「マンガの時代」だったんですねぇ・・

投稿: マミケン | 2017.06.14 20:10

微妙な心のひだや感情など、リアル社会の人間の断面を描くのが小説ですね。そういうものを表現するのに小説は最適です。
読むのに根気と時間を要しますが・・・(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2017.06.14 21:51

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