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2017.04.22

花と蝶と・・・

4月22日(土) 訪問者たち

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【玄関先のライラックとアゲハ蝶】

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【植え替えという窮地から復活した牡丹、お見事】

玄関先のライラックの甘い香りがただよい、それにつられて揚羽蝶がやってきた。
見事な羽模様、華麗な姿にしばし見とれる。

一昨年植え替えた牡丹が枯れてしまったかに思えたが、今年は大輪の花を二つつけた。
春になって玄関先の小さな花壇も賑やかになったのは嬉しいかぎりだ。
花よ蝶よお姫様よ・・・と、時々来て、ちやほやされて育つ孫娘も愛くるしい。

花鳥風月を文学の趣きとし、そうした作風が「古めかしい」ものとして、近代文学以降は人の自我の確立を、その足跡としてきた。

多様な心のありかた、自我意識をもっぱら文学的題材として、現代まで脈々と続いていることは否定しがたいが、はてさてと思う。
牡丹や揚羽蝶に今さら心を動かされることもないので、それを見つめる人の心模様に関心が移るのは当然として。

とはいえ、自然の風物、花鳥風月の世界といった自然にくらべ、溢れかえる人工的な風景が目の前にそびえ立つが、これも心を動かされることもない。

もしも、人がごくごく普通に暮らしていたら、牡丹も揚羽蝶もライラックも、普通に目に飛び込むものだけれど、そこらに在るはずの普通の風景さえ、意識していなければ在っても無いようなものだ。

そういう意味では花鳥風月は古臭いものどころか、なかなか探しても見つけにくいものになってしまったのが現代と思う。

春は花も昆虫も人もなんだか生きいきとした姿になって訪れてくれるから嬉しい。

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コメント

65歳になると「花鳥風月」は「贅沢」だなぁ・・・「高層ビルマンションからの風景」なんか、僕にはちっとも「羨ましく」はない。宮崎駿アニメ映画「天空の城ラピュタ」より・・・・ヒロイン・シータが最後に叫ぶ「人は地上から離れて、生きてはいけないのよ!!」

投稿: マミケン | 2017.04.24 09:05

人生の半分以上は「花の名」など知らなかったが、自転車に乗るようになって無意識のうちに「あの花は何だろう?」と気にするようになって、今では街角や季節に咲く花の名前も知ることとなって、自然とは無意識のうちに自分の中に入って来る、そういうのが自然な暮らしだと・・・

投稿: ちょっと一休み | 2017.04.25 23:30

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