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2017年4月

2017.04.27

ふたたび、朝ドラ「ひよっこ」

4月27日(木)谷田部みね子の自転車姿

有村架純の演じる谷田部みね子が田舎道を自転車通学する姿が好評のようだ。
その自転車を高校卒業を期に妹に譲るというのが今日のシーン。
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この女優さん「ビリギャル」でも庄内川の堤防を金髪で自転車走らせていたので、自転車がとてもよく似合うと思うが、ひいき目かもしれない。

もっとも女子高生という存在そのものが自転車とマッチするのか。セーラー服にモンペにぽちゃり姿で快走するシーンはなかなか絵になる。

このちょっとクラッシックな自転車が当時と同じかと疑問視するむきもあるが、ピンクの部分カラー色とかリアキャリアがアルミ(だと思うが)などは、鉄全盛期のこうした自転車とはちょっと違うだろう。

・・・が、雰囲気はよく出ている。昭和39年の卒業式の日から逆算すればみね子は昭和21年生まれ。
時代が違っても、自転車に乗る女の子の姿はほれぼれするし、「セーラー服に自転車」とは、なんたる乙女チックなのだろうかと思う。(まあ、そういう趣味の嗜好はないが)

ところで、自転車好きの私としては、ドラマが始まってから気になっていた自転車。
いや、正確に言うと、こういう自転車はとても疲れるので私はほとんど乗らない。

なので、そのハンドル前の通学鞄を取り付けた「フロントキャリア」に興味深々だった。
最近は籠タイプが主流のママチャリ、どんなタイプかと悩むほど気にしていたら、世の中には同じ疑問を持つ方もいて、折り畳める「ウイングキャリア」だろうと・・・
ふむ、たしかにそうと思われるが昭和39年の当時に存在したか疑わしい。

ともあれ自転車やそのフロントキャリアに注目するマニアック志向、そういう楽しみもある朝ドラであり、自転車以外にも注目できる品々がけっこう多いのだなぁ~。

※写真はネットに掲載されたものからお借りしました。

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2017.04.25

朝ドラ「ひよっこ」

4月25日(火)昭和の時代の博物館的なおもしろさ

ニュース番組以外はこれといって決まって見る番組はないが、例外はプロ野球中継とこのNHKの朝ドラ「ひよっこ」と火野正平さんの「こころ旅」くらいなものか。
ああ、もう一つあった「サンデーモーニング」。

テレビ離れが言われ、同じように私もテレビから離れつつあるので、例外的に見るこれらとは、けっこうしっかり向き合ってる。

朝ドラはここ何年かは見続けてが、先回の「べっぴんさん」の間延びした終盤のつまらなさがあったためか、はたまた時代背景が高度経済成長期の自分の生い立ちに重なるためか、「懐かしさ」という名の居心地の良さがある。

その「懐かしさ」をどこで感じるのか、オープニングの生活の品々やドラマに出る当時の暮らしを思い起こされる生活品・・・昭和という時代の博物館だと思って見ている。

こうした小道具の数々は、製作費と視聴率ばかりが基準のような民法と違うNHKらしいといえばらしい。
ある種の懐古趣味である。昭和の博物館的品々がけっこう物語にそって馴染んでいると思うのは自分だけじゃないだろう。

さてさて、どんな展開が待っているのか、どんな品々が液晶テレビの画面の隅に写るのか、という、もう一つの興味を持って見ている。

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2017.04.22

花と蝶と・・・

4月22日(土) 訪問者たち

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【玄関先のライラックとアゲハ蝶】

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【植え替えという窮地から復活した牡丹、お見事】

玄関先のライラックの甘い香りがただよい、それにつられて揚羽蝶がやってきた。
見事な羽模様、華麗な姿にしばし見とれる。

一昨年植え替えた牡丹が枯れてしまったかに思えたが、今年は大輪の花を二つつけた。
春になって玄関先の小さな花壇も賑やかになったのは嬉しいかぎりだ。
花よ蝶よお姫様よ・・・と、時々来て、ちやほやされて育つ孫娘も愛くるしい。

花鳥風月を文学の趣きとし、そうした作風が「古めかしい」ものとして、近代文学以降は人の自我の確立を、その足跡としてきた。

多様な心のありかた、自我意識をもっぱら文学的題材として、現代まで脈々と続いていることは否定しがたいが、はてさてと思う。
牡丹や揚羽蝶に今さら心を動かされることもないので、それを見つめる人の心模様に関心が移るのは当然として。

とはいえ、自然の風物、花鳥風月の世界といった自然にくらべ、溢れかえる人工的な風景が目の前にそびえ立つが、これも心を動かされることもない。

もしも、人がごくごく普通に暮らしていたら、牡丹も揚羽蝶もライラックも、普通に目に飛び込むものだけれど、そこらに在るはずの普通の風景さえ、意識していなければ在っても無いようなものだ。

そういう意味では花鳥風月は古臭いものどころか、なかなか探しても見つけにくいものになってしまったのが現代と思う。

春は花も昆虫も人もなんだか生きいきとした姿になって訪れてくれるから嬉しい。

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2017.04.16

洗濯日和

4月16日(日) つまり、イベントなき平凡な日常生活をどう思うかってこと


桜も散って葉桜となり新緑の季節を迎えるのだな・・・と、まことに歳月の過ぎるのが早い。
そして、昨日も今日も天気はカラリと晴れ上がった。

ここ何年も洗濯とか掃除などは私の専売特許のように、日々行っている。
洗剤や柔軟剤、住居用洗剤からシャンプー、リンスにいたるまで、切れることなく補充して、部分的ではあるが「主夫」の鏡といえるのではないかと自負する。

誰も褒めないので、自分を褒めているのだが、洗濯も掃除も実におもしろい。
人に指図されてやることほど辛いものはないが、自分の日課とすれば、とりたてて苦痛などなく、むしろ干して、たたんで、整頓・・・

冬物の毛布などを何回も洗濯機にかけ、季節の衣類の入れ替え、スーパーの食材なども、新製品や説明書きなどを読んでみると、これがけっこうおもしろい。
衣食住に本気で取り組むと、勤め人であったころとはまた違う発見や、「気づき」に出会うものである。

こういうものを生活実感、あるいは生活感というのだろうか。
もっとも、そんなことばかりをしていても、世間というか、社会から取り残された「存在」になってしまうので、趣味の自転車のメンテナンスやポタリング散歩、障がい者施設のボランティアなども、必要に応じてやっている。

生活するというのはバランスなので、生活実感を土台にしてこそ、趣味も社会との関りも生きて来るのではないかと、身の丈にあった暮らしをとことん追求する、その過程に「幸せ」があるのじゃないかと思うこのごろ。

しかし若い頃は家事など苦痛でたまらないと思ったそのことが、宗旨替えのように楽しく思えるようになるとは、いやはや、人は変わるものである!という実践結果なのである。

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2017.04.12

春なので~

4月11日(火) つれづれなる暮らし

少し暖かくなってきて、思考も身体もほぐれてくると、冬の間は億劫になりがちだった気持ちもほぐれてくる。

天井まで届くほどの支柱を4本買いもとめて、整理用の棚の作製にとりかかるが、南海トラフの震災も考慮して壁に固定するつもりだが・・・

現代の住宅の壁面はほとんどが石膏ボードでピンも釘も効かないのがほとんど。
昔ながらの土壁など見当たらないし、ボードの裏地の桟にあわせるのが一苦労だ。
なるほど、あっという間に住宅が建ってしまうわけだが、昔ながらの百年住宅にはほど遠い。
手を加えるにはいささか不都合なのが当世住宅事情。

娘の家の掃除機を壁掛けして欲しいと、工具をそろえて出かけたのが少し前のこと。
マンションの壁事情はなおさら釘など効かない石膏ボードばかりであった。
釘一本打つにも難しい。長屋の隣の釘が突き抜けて棚から物が落ちる・・・などと言ったコントの世界も遠い昔話になった。

春はどうでもよいような暮らしのあれこれに、体が反応して動き出す。
今月末には友人らとのサイクリングの計画もある。あちこち自転車を担いで列車に乗って、出かけてみようか、すこし冬物が溢れた暮らしも整理してみようか、なんとなく自然に体が動き出すのである。

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2017.04.10

桜と名古屋城

4月10日(月) 名古屋城へ桜を見に自転車を走らせた話

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あちこちの街角の桜が満開だが、カラッと晴れた日が少ない。
それでも、どことなく賑やかな街角が日本の春の季節を象徴している。

桜と自転車のコラボは、これほど情緒のある風景はないだろうと、自転車好きの自分としては、誰彼となく吹聴したくなる。
それで、吹聴したのはカミさんというわけで、昨日の日曜日の午後、天気予報を信じて自転車をギコギコ。

気象予報の精度は子どもの頃よりも格段に向上している現代。てるてる坊主に願掛けしていた子どもの頃が嘘のようだ。
まあ、そうした予報の進歩を「味気ない」という気もしないではないのは、科学技術進歩の裏に「軍事技術」という、恐ろしい目に見えない背景があるからとも言える。

というわけで、名古屋城まで裏道を走る。あちこちの桜も満開で賑やかしい。
入場料500円を払って城内に。イベントも開催され人出も多い。
晴れ間のこの時間だからなのか、もっとも外国人の方の言葉も聞こえて来るから観光なのだろう。

名古屋城の木造化の話もでている。
たしかにコンクリートの城よりも木造のほうが、どことなく情緒はあるもので、何年か前までは木造の城、犬山城や彦根城には「羨ましさ」を持っていた。
・・・というのが率直な思いだった。

歴史的な建造物を戦争によって消失したという歴史、いやそれ以上に明治期の全国各地の廃城がなければもっと多くの当時の姿の城が残っていたはずだという思いだった。

ひと月ほど前、現在のコンクリートの名古屋城が作られた経緯を知った。
二度と戦争によって燃えてしまわない名古屋の城として、市民からの浄財をつのって、現在の燃えないコンクリートの名古屋城が作られたという話だった。

なるほど・・・戦争という悲惨な過去がゆえに出来上がったコンクリートの名古屋城、お年寄りや障がい者がエレベーターで上がり名古屋市を一望できる城、戦後復興と市民の思いを象徴する名古屋城。
それは一つの名古屋という街の歴史的遺産という事ができるのだと思うと、膨大な費用を費やして木造化することよりも、現存する「戦後の思い、名古屋の街のコンクリートの名古屋城」も、それはそれで貴重な文化財だと思えた。

文化は人の暮らしと共に作られて行くのだと思った名古屋城と桜の風景。

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【石垣と堀と桜】

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【花見の観光客と名古屋城】

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【堀川と桜並木】



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2017.04.08

春の雨

4月8日(土) 春一枚

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近所の小学校に咲く桜もこの雨で足下の歩道に花びらを散らし始めた。
少しの雨間をみつけて、用水脇や付近の公園の桜を見に自転車を走らせる。
花を散らすのは雨と風ばかりか、鳥たちも密を求めて、これも花を散らす。

このところの天気は雨模様の日が続いている。さいわいに地上波でプロ野球放送もあり、なかなか勝てないドラゴンズの試合に一喜一憂したりしてみても、どうも春らしい、のどかな風景とはどことなく違うのだ。

満開の桜の写真も曇天に賑やかさがかき消されてしまう。全国どこも雨模様。ネットで見かける土地々々の桜の風景も、うららかな春の一枚にはなりきれていない。

三輪車のペダルをようやく漕ぎだせるようになった〇〇ちゃんはもうすぐ三才になる。一緒に三輪車で近所の神社の公園に出かけたのが先週だった。

童謡にある「歩き始めたみよちゃんが赤い鼻緒のじょじょ履いて、おんもに出たいと待っている~♪」という昔からの子どもの世界は、今も昔もかわらない。
冬の間は部屋のなかに居ることが多く、子どもには春が待ち遠しい。三輪車から自転車に乗る日が待ちどおしいのは、これは自分の思いだが・・・(笑)

公園の遊具の前で、うきうき感があふれている・・・陽気な春一枚。

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2017.04.05

桜と自転車と・・・

4月5日(水)五条川(岩倉市)の桜は7~8分咲きかな

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桜の開花が遅れて、週末が満開。その週末は花を散らす雨模様。
雨に打たれる桜も風情があるが、自転車にはちょっと辛いので、五分か七分咲きかと思いつつ出かけることにした。

まだ蕾も多く、これから満を持しての開花となることだろう。
桜の蕾というのも、しっかり観察すると、けっこう可愛いものである。
硬い殻を破り、これから一挙に咲きほころうとする姿は、人に例えるならば17歳とか18歳とか、そんなところで、一世一代の大仕事をしようとする、まさにその瞬間。
こういう擬人法を「寓話」というのだろうか、イソップの寓話は好きではないが、花にたとえる人生の一コマは面白い。

写真を何枚か撮ったが、ただ漠然と撮った風景は、ちょっと面白みに欠ける。何か意図するものが隠れた「一コマ」というのが面白い。
人の嗜好は複雑多岐なもので、写真にもそういうものが表れるのだと信じている。

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