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2017.02.02

おまけの運

2月2日(木) 遅ればせながらお年玉年賀


年賀状の「お年玉」のチェックをすっかり忘れていたので調べてみたら当たりは一枚もなかった。二年連続で切手シートすら外れていた。

確率的には下二けたで二つの当選番号なので、100分の2ということになる。もっとも0から99まで都合よく並んでいたらの話なので、本当の確率はそれ以上になる。
年末ジャンボ宝くじを買った娘とカミさんが「○億円当たったら~」と、獲らぬ狸の皮算用で数千円の夢の紙切れに願いを託し云々・・・、「でんでん」じゃなくて「うんぬん」している姿をみて、江戸時代の「富くじ」いらい、庶民の夢の儚さというか、当たらぬと解っていても「もしかして」といういじらしさだ。

それに比べたら、たかが切手シートのお年玉。もっともそれ以上は期待もしないが、せめて切手シートぐらいはと本気で期待するのが「おまけの運」。
ここらあたりも、いじらしいものだが、当たれば「ふむ誰々さんの年賀はがきか」と、出してくれた人に、ささやかなお礼も言いたくなる。

カジノ法案が「でんでん」じゃなくて云々されているが、ギャンブル依存症とか経済効果とか、賛否両論花ざかり・・・
年賀はがきのお年玉も、ある意味「自分の意志とは関係しない」ギャンブルの類には違いないが、庶民にとっては運・不運の実にささやかなもので、それ以上でも以下でもない。
おまけの運ぐらいがちょうど良い。

ギャンブルが楽しいとは自分は思わない。
一攫千金の夢を見て、あるいは少しでも儲かればと思うのは「金儲けは悪い事ですか?」と言っていたあの有名人の心情と同じだろう。
貧しいから夢に期待し貧しいから一攫千金の夢を見るのも庶民。

「働かざる者食うべからず」であって、あぶく銭は身につかない。投機、マネーゲームが大流行りで年金財源も怪しい流れになってきた。
あと数百年も過ぎた頃にはマネーゲームやギャンブルと言った「投機的人生と社会を豊さへの方法と勘違いしていた貧しい時代もあったなぁ~」と、孫の孫の孫の未来人に歴史の肥しにされるのだろうか?

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コメント

あ、年賀はがき、番号チェック、忘れていたぁああああ!!

僕は「宝くじは買わない」!!毎年「年賀はがき」で「当たらなくて当たり前の世界」を味わっているからだ!!

投稿: マミケン | 2017.02.03 14:54

二年前までは切手シートひとつぐらいは当たっていましたが、運を使い果たしたようで・・(笑)
なんだか世界も日本も経済が博打のようになって、政治家が博徒ぽく見えるのは自分だけでしょうか?

投稿: ちょっと一休み | 2017.02.03 21:06

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