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2017年2月

2017.02.27

夜の読書風景

2月27日(月) 浅田次郎「プリズンホテル」などなど

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浅田次郎の「プリズンホテル」まで読んできた。
というか順番はランダムで手あたり次第に図書館本、ブックオフの100円本などを借りたり買ったり、文庫本ばかりだ。
先週も4冊ほど図書館で借りたので、そろそろ蔵書の少ない区の図書館では間に合わなくなりそうだ。しばらくはBookOff通いになるかなぁ。

しかし、思うに浅田次郎の小説の登場人物というと、どこか「はぐれ者」「アブノーマル」「渡世人」「任侠」といった、まあ、いわば社会からの「はみだし」人間が多い。
人生の正道(なにが正道かはわからないが)からすこし外れた、ちょっと哀しみを持つ人物たち、というわけだ。
そうした「はみだし人生」を生きる登場人物であるが、気持ちや心根は人間味豊かな人たちである。そのギャップのおもしろさ、人情味のおもしろさと優しさは一級品だと思う。

まだまだ、そうした作品は多々ありそうで、しばらくは「浅田次郎ワールド」を堪能しようと思っている。

夜、二階の部屋の六畳ほどの両側の端にそれぞれベッドが置かれ、そのそれぞれ枕元に読書用の蛍光灯が灯る。
仰向けになって、それぞれが文庫本を読んでいる。
なんというか病院の二つのベッドが並んでいるようでもあるし、棺桶が二つならんでいるようでもある。
夜の読書の風景。同じスタイルで妻と読書しているのにはちょっと可笑しさを感じる。
もっとも、違うのは僕の文庫本にはレザーのカバーがされ、妻のにはない。

こういう読書スタイルが普通になったのは昨年末くらいで、それまでは漫画本ばかり読んでいた妻である。浅田次郎の「鉄道員 ぽっぽや」あたりから、一緒に読み始めたというのが経過になる。

借りたり買ったりした浅田次郎の文庫を引っ張り出して勝手に読んでいるが、僕よりもずいぶんと速読であって、倍近い。「プリズンホテル」など四巻ものや上下巻ものは、先に読んでると、後ろから追いかけられる気分になる。 (笑)

読後感想などは滅多に話し合うこともない。せいぜい「おもしろかった?おもしろい!」といった程度に過ぎない。考えて楽しく読むという習慣であって、何かの「気づき」が読書のなかで培われれば、それでよいのだろうと思っている。

しかしこの読書の早さの違いには困りものである。
借りたり買ったりの文庫本が、読書スピードに追い越されそうで、「他にはないの?」とくるので、いやはや、「100円本を仕入れなくっちゃ」となるので、やっぱり困るのである。


 

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2017.02.25

始まったり終わったり・・・

2月25日(土) プロ野球と「ポタナビ」の話 


穏やかな陽気の土曜日、プロ野球のオープン戦も始まった。広島カープとの一戦で若手の活躍で勝ったようだ。
この時期のプロ野球は、新しい選手や期待される選手らが、どんな成長を見せてくれるのか、結果にこだわらない分だけ、ゆとりを持って見られるからいい。
球春に向けて、冬の寒さがやわらぎ、まだ見ぬ「今年こそ!」という気持ちが、なんとなく心をやわらげてくれる。

始まるものもあれば終わるものもある。
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4年と少しサイクリングのお友達でハンドルに取り付けていたパイオニアの「ポタナビ」のWebサービスが終了するという。
ほどほどのご近所ポタリングからカーサイクリングまで、楽しむにはほどほどに良いという、その「ほどほど」感がよくて愛用してきた。

このGPSナビの特徴だった3G回線でのWEBサービスが2年後には終了、もって本体の「ポタナビ」も在庫限りで終了だという。
3G回線のWEBサービスというのは、ちょこちょこ出かけ、かつモノグサ人間の自分には面倒なくログがとれるというぴったりの代物だった。

さてさて、2年後にはただの地図付きサイクルコンピューターとなってしまうのをどうしたらいいのかな・・・と思い悩む今日である。


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2017.02.22

友だちを訪ねた日

2月22日(水) リハビリ

昨日、かれこれ20年ほどの付き合いになる友人がリハビリ入院している病院を訪ねた。
リハビリの時間を調整してもらって話をしたので、まことに申し訳なかった。
体幹機能障害のある友人で、その障害の二次障害で頸椎に痛みがでてるが、原因はわかりづらいという。

私には「友だち」というのは数えるほどしかいない。数多ければよいとも思ってないし、少ないから寂しいとも思っていない。
20年もの付き合いとなると、ふと、なぜそんなにも長い間続いているのだろうと思う。

「友だち」と思う基準のようなものがあって、たぶんその根底にあるのが人権感覚のように思う。
優しさに満ちあふれていること。社会のなかでさまざまな困難、貧困とか差別とか生きる苦しみなど、そうしたものに優しくできる感覚とでも言おうか。

だから、「福祉」の原点ともいえる慈愛、おそらく権利としての社会福祉の根底にある、人への愛すべき眼差しが、いつも見て取れるということだと思う。
そういうものに自分の心が洗われる。

リハビリ治療している友人に自分がリハビリ治療してもらったようなものだと思った。
「人権意識」と文字にするとわかりにくいが、「人権」を語って人権知らず、民主主義を語って実は非民主主義、というのも少なくない。
そういうものは、人の生き方のなかに姿かたちとして、しっかり表れるのだと思う。

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2017.02.19

確定申告の季節

2月19日(日) 一年の額に汗した数字・・・


今年もまた生命保険料控除の還付請求の確定申告をした。

例によって例のごとく国税庁のホームページから申告書をダウンロードして郵送である。

勤め人の時は「年末調整」で、確定申告などする必要もなかったが、その分収入とか所得とか納税額なども、通り一遍の数字でしかなく、こんなにも納税しているんだ、割が合うのか合わないのか・・・やっぱり、割が合わんものだと思ったりした。

あらためて収入欄の金額を見ると、これが自分の一年の生活維持のための数字かと思う。
数字で表される人の暮らしの糧であるが、数字となるとつくずく虚しいものがある。
必死で働いて、夜昼掛け持ちでパートに汗水流し、子を育ててる人の年間生み出している生活の糧が200万未満の人もいれば、それこそ桁が一つも二つも違うセレブもいる。

数字で表される虚しさもさることながら、二桁も三桁も違う暮らしの一年の糧に、人が働き生み出す富の個人差はそれほどあってよいものかとも思う。
資本主義社会だから当たり前だと、言い切れるほどの心は自分にはない。せめて生きる糧で悩み苦しむことのない社会であって欲しい。
・・・というのが理想論で現実離れした単なる正義感だとしたら、そういう理想論を持ち続けることも、今と言う時代は必要なのではないかと思う。

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2017.02.18

如月

2月18日(土) あれこれ

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鎌倉の長谷寺に咲いていた梅の花。「長谷寺の・・・」と付けると、同じ梅でもなんとなく違うような気もするが、梅が花開く季節、この季節感がとてもいい。
桜の開花予想が聞こえてきた。ほんまに「梅は咲いたか桜はまだかいな」っていう如月の月。

週末の金曜日。久しぶりに過っての職場の方々との飲み会だった。少し小ぶりの店に5人の面々との再会。それぞれの近況も聞かれてなごやかなひと時を過ごした。
隣のテーブル席に男ばかり10人ほどの一団が、大声を張り上げ、煙草をスパスパ、学生なのか職場の同僚なのか。ふむ、典型的な騒ぎまくる酒宴の一軍だった。

プレミアムフライデー、豊かな金曜日の過ごし方を云々されているが、「豊かさ」ってなんだろうと思う。ストレスも多いが、そのストレスを上手に消化するにも大変な社会だ。

ストレスと言えば、2月になって少々ストレス過多になっている。こういう時の解消法は「豊かな心持の人との会話」が自分には一番である。
思い込みが激しく、自分が自分がと自己顕示欲の毒気にさらされ食傷気味なときは、人として豊かだなぁ~、という人。そういう素晴らしい人との会話が、自分を冷静な地平に立たせてくれる。

「動物(ペット)」というのも言葉で話は出来ないが、その自然な姿、悪意のない人と動物との関係が、少しの安らぎをもたらしてくれる。
テレビに猫の他愛のないしぐさが映し出され「猫もいいなぁ」と、ひとり呟くが「猫アレルギーだからダメ!」と一蹴される。まあ、そんな如月の月。

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2017.02.14

レトロ旅 ②

2月14日(火) じゃぁ鎌倉へ行きますかぁ

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【江ノ電 長谷駅】

前回の続きのレトロ旅です。
旅の朝はどんなに疲れていても早起きできるのは不思議なもの。宿泊したビジネスホテルは平日とあって客も少ない。そのおかげで予約したよりも広いファミリー向けの部屋に変えてくれたが、二人では広すぎて落ち着かない。貧乏性なのだと思う。

朝食をすませ、妻のスマートホンの路線案内に従って横浜から鎌倉へと向かう。東京も横浜も地面にぎっしりと隙間なく住宅がひしめいている景色が列車の窓から見える。ほんとうに「ぎっしり」とマンション群も並ぶから、いやはやなんとも・・・

一つ路線を乗り換えて鎌倉駅に着く。途中から修学旅行だろうか学生さんたちも乗り合わせなかなか賑やかな車内だった。
駅からほぼまっすぐにのび鶴岡八幡宮への道を歩く。「小町通り」と看板にあるが、まだ両脇の土産物店は閉まっている時間だった。
学生さんたちは楽しそうにおしゃべりに余念がない。修学旅行なんて目的地なんてどうでもよくて、その道々のハシャギ具合が楽しいのは、今も昔もかわりない。

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【鶴岡八幡宮】

境内で木の枝を伝うリスがいて、スルスルと私のズボンから肩越しまで這い上がってきた。リスも人馴れしている。もっとも「なんで、私のところには来ないのよ~」と家人のブツブツも聞こえたが。
しかし、なぜに源頼朝はここに鎌倉幕府を置いたのか・・・ここより北の大東京は、そのころは大いなる田舎だったからなぁ~、などと他愛もない話をしながら歩くのも楽しいのは、修学旅行の学生さんと同じ。

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【長谷寺】

「江ノ電に乗る」というのが目的の一つ。狭い路地のような線路を走る「江ノ電」は、何かわからないが風情がある。線路わきには民家の門があって、なかなか面白いものだが、電車は乗るよりも、走る姿を眺めるほうが、きっといいのだと思う。

鎌倉駅から長谷駅まで、そこで降りて「長谷寺」に向かう。学生さんたちもいる。少しづつ外国人の姿も増えてきた。
昨年の梅雨時、鎌倉の長谷寺のあじさいを見たいものだと話だけは出たが、話だけで終わった「長谷寺」である。
2月という時期は中途半端な季節、それでも折々の花が咲いてはいたが、なんだっけ。

長谷寺を出て「オルゴール館」のような店に入る。こういうオルゴールとかガラス細工というのが妻は好み。まあ、あまり自分には理解できない嗜好の範疇だが、客は誰もいない。
そそくさと出る。客がひしめき合うのもなんだが、誰もいないというのも居づらいものだ。

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【鎌倉の大仏】

鎌倉の大仏があるのは「高徳院」ここは懐かしい。修学旅行の記念写真を撮ったばしょでもある。クラスがまとまって記念写真におさまったという懐かしさ、もちろんモノクロ写真の時代である。

昼は駅までの途中にあった「海鮮丼」の店に入る。私は海鮮丼、妻は・・・「ケーキセット?まだやってないのですよ」生ものNGの妻は紅茶だけ。「悪いねぇ~、江の島に着いたら、美味しいものを食べ直そう」。

長谷駅から江ノ電に乗り江の島にむかう。湘南の海が広がる。七里ガ浜が見える。
ブラボー!!と言いたいところだが、曇り空、暗雲も広がり始めている。それでも、このくそ寒い季節というのにウインドウサーフィンをする御仁もいらっしゃる。
さすがに湘南の海!ということは間違いないし、かっては若者だった私らも、それなりに雰囲気は楽しめた。

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【湘南海岸 七里ガ浜】

江の島駅を降りたころから、雪交じりの雨となる。江の島までの道のりを震えながら歩く。
とびが食べ物を狙ってます、注意と看板が目につく。たしかにとびが弧を描いて頭上に。
「とび」「とんび」?、「とび」も「とんび」も同じなんだろ?「とんび」だろう?
まあ、だいたい旅にでて、交わす会話なんて、そんな他愛のないことだが。

「えぼし岩があるはずよ」と妻が言う。烏帽子に似た岩らしいが、どうもよく分からないが、サザンの歌に出てくるらしい。
「ふ~ん」、まあねぇ、ミーハー旅がしたいと言ってた君だから、えぼし岩ねぇ・・・

「江ノ電サブレ」お土産に一つ買う。
寒さも増してきた。湘南モノレールで大船駅・横浜・新横浜へと乗り継いで、新幹線で一路名古屋へと戻るだけである。
旅をしめくくるように、行きには曇りでまったく見えなかった富士山が車窓から少し見えたのは幸運だった。「ねえ、ねえ、ほら雲がかかった富士のお山が見えるだろう!」

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【新幹線の車窓から】

番外編
大東京。首都、文化の中心、少なからず東京という街は、地方都市からすれば何かわからないが特別なところに思われる。
何がと言われるとはっきりはわからないが、もし自分流に「東京の魅力」というものを考えると、これだけは魅力と思うところがあるとしたら、好きで読んでいる小説の舞台は、やはり東京が多い。

「はとバス」のガイドさんが「銀ぶら」の語源について、「若者たちが銀座をぶらぶら・・・」そのひと昔前の時代、物書き、作家らが少し暇にまかせて、銀座でブランデーを嗜む、ということが「銀ブラ」だったと話してくれた。

もう今はそんな情景などありはしないだろうが、小説の端々にでてくる東京の街、地名というのは、どことなく文化の香りがするものである。コンクリートばっかりなのに。

※お上りさん写真はだいたいこんな写真を撮るだろうと載せました、ツッコミ不要です(笑)

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2017.02.12

レトロ旅 ①

2月12日(日) 「お上りさん」

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【大東京駅】

地方に住む者が大都会に行ってみたいというカラカイの言葉であるが、その「お上りさん」を2月9日、10日に夫婦でしてみた。
折悪く、全国的な寒波と雨まじりの雪となった二日間。それでも日頃は旅なんて縁もあまりないので、雨であろうが雪であろうが二人で行くことに意味があって、さほど関係なかった。

アラスカのオーロラを見に行く、外国の観光地に行く・・・、大東京だって今日びはスカイツリーや東京ディズニーランドである。
「はとバス」に乗てみようか、鎌倉の「江ノ電」に乗ってみようか、「ミーハー旅」をしてみたいという、今では「死語」のようなレトロな観光地巡りをしてみたいというのが、妻の勤続○○年の祝いでもらった旅行券の使い道となった。

朝、ぐずついた天気のなか7時少し前の新幹線に乗り東京駅を目指す。昨夜買ったチョコレートや菓子のたぐいを鞄に入れるのは修学旅行のそれに等しい。新幹線も何年かぶりなので、そういうところも「お上りさん」情緒で悪くはない。
東京には2時間もかからない。「あんまり早く着いてしまうのも情緒がないわね」と妻は言うが、もう今はゴトゴトと数時間かかって行く列車の旅など、どこにも走っていない。

「はとバス」で観光地巡り。なんとなくレトロな香りがする。大東京の観光名所、東京タワー、浅草の浅草寺、隅田川の舟下りというのが本日のご予定。
これに国会議事堂とか皇居とか入れば、その昔に行った修学旅行のコースそのものだけれど、べつに「どこでもいい」のが今回の大東京観光地巡りだ。

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【はとバス】

しかし、大東京というのは平日の朝、出勤時間でもあり人が多い。鉄道も網の目のようで迷う。「はとバス」乗り場にもすんなりと行けないのは、これも「お上りさん」。
これだけの人が迷うことなく、当たり前のように流れていく景色は、とても住んでみたくなる街とは思えないが、それも地方に住む人間の感想だろう。
もっとも、若者たちは大都市も地方も関係なく、情報を熟知し、あっという間に慣れるのだと思うが・・・

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【東京タワー】

高層ビルが乱立するので東京タワーから見下ろしても、さほど高さを感じない。修学旅行で来て上った何十年も前の記憶では、高い鉄塔だと痛感したものだったが。
曇り空、午後には小雪になるだろうというのが天気予報。視界はさほどよくはないが、それでも大東京のゴチャゴチャしたビルや1000万人も暮らす密集度はよくわかる。

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【浅草寺・雷門】

浅草の浅草寺の「雷門」からスカイツリーの下方だけが見えるが、その上は霞がかかってよく見えない。せっかくのスカイツリーの観光客は一寸先は霧だらけだろうと思う。
中国語と韓国語が四方八方から聞こえてくる。土産物売り場は「日本的文化?」着物や忍者や、それとなく外国人向けのものばかりなので、こういう観光地も外国人向けであって、きっと東京に住む人はさほど来ないのだろう。

妻がカンザシをひとつ買う、自分への土産のようだ。僕は欲しいものなどないので、ひたすら後をついて歩くぐらいだ。
疲れたので、参道わきのレトロな喫茶店に入る。コーヒーが500円、相場の値段なのだろうか、喫茶店文化は間違いなく名古屋の方がいい、だいたい100円は安い。

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【隅田川(日の出桟橋と観光船】

雪交じりの雨が降り出して寒い。観光客をよけながら隅田川の観光船乗り場に向かう。
「隅田川舟下り」というのだが、期待したほどの情緒もないのは後部座席のエンジン音の喧しさと、降る雨のせいだろうか。いくつもの隅田川にかかる橋や川の両側の蔵前、両国、浜離宮などなどガイドさんの説明も切れ切れに聞こえてくるが、まあこんなものか。
「情緒」などというものを期待するほうが間違っている。
聞き覚えのある大東京の地名にふさわしい高層ビルや橋が天井の透明の窓を流れて行く。ふむふむ・・・と、30分ほどで日の出橋桟橋に「とおちゃこ!」

大東京観光巡りはこれでおしまい。「はとバス」のガイドさんが「コンクリートジャングルと言われる東京にも、浜離宮やそうした緑もあり、それなりの四季があるのですよ」と言ってたのが印象に残る。
地方から来て観光地を駆け足で巡ると、四季とか情緒などの欠片も見られないが、ここに住む人々には、それなりの季節もあるのだろう。ふむ、まさしく「お上りさん」らしい感想だ。

今日はこのままJRのなんとか線に乗って、横浜のホテルに行く予定だ。
すっかりスマホの路線乗り換えアプリを使いこなせるようになった妻が時刻を調べる。
地図はからきし苦手なはずで、一体全体、大東京のどこらに居るのかさえ分からないが、目的地への執念はすばらしい。

言われるがままに、ついて歩く、ついて電車に乗る・・・というのも楽しいものである。
なんたって「勤続○○年の祝い」費用は妻が用意したもの、「はとバス」の観光費用はささやかな自分からの祝い。

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【横浜 中華街(関帝廊】

夕方には横浜のホテルに着く。横浜の中華街に雨の中繰り出す。ここは二人とも初めて来た観光地なので、地図をたよりに歩いた。中華なんとかも食べた。あとは、ホテルにもどり寝るだけである。明日は鎌倉に行こう!ということだ。
旅。行ってみたいところというのは「住んでみたい」と思えるところだと常々思う。
どんなに風光明媚な観光地でも、どんなに有名なところでも、「住んでみたい」と思う場所には勝てないのである。

※お上りさんフォトなので、誰しもツッコミはいけません(笑)

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2017.02.06

努力はしたけれど・・・

2月6日(月) 日記

「努力は必ず報われる」、「諦めなければ夢は叶う」。なんともまあ健気な言葉だと思うが、報われ叶う場合もあれば、そうじゃない場合もある。

自分などは「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」というほうが親近感を持つ。もっとも前段の「為せば成る」ではなくて、「為さねばならぬ何事も」という後段のほうに、より真実味があると思う。

30分という時間の話をするために、資料本を取り寄せ大枚1500円ほど出費したり、古い新聞を探し出し切り抜きを作ったり、はてはインターネットの関連資料を収集したりして、そうして10時間以上は、このたかだか30分という時間の骨子を「話ことば」に置き換えて、準備をした。

10時間以上、パソコンの前で格闘したうちの3分の1が、まったく骨折り損だったのは、誰しも経験する保存忘れによる、一瞬の原稿の喪失・・・
泣いても喚いても消えたものは戻ってこないので、やっぱり泣く泣く一から作り直しの羽目になったが、その日の夜は愚かな右指一本を恨んで、なかなか寝付けなかった。

しかし30分という時間のために、ここ一週間は胃の中に何か消化しきれない異物を持ち続けたような日々だった。人間の器の大小というのは、こういうところにも表れるので、小物は小物らしく努力だけは惜しんではならない、曰く「為さねな成らぬ何事も」である。

しかし、努力が報われたかとなると、そうとも思われないというのが世の常だと思う。
十分に話の構成をたてたはずだが、いつしか暴走して常日頃の思いと主張ばかりが拡大再生産してしまう。

伝わるものも伝わらなかっただろうと思うと、受講する50人ほどの面々の一人として椅子に席するほうがむしろ妥当なのに、K氏とかI氏らに無理やり引っ張り出されたことに苦言の一つもという心境になる。

教壇に立つように流暢に話ができる人や自信たっぷりに人に言い聞かせることができる人にとっては、水を得た魚のように意気揚々となるものなのだろう。そうしたことの背景には人知れずコツコツと努力した気配はうかがえる。

ともかく努力はしたということで胃の腑のつかえも降りたが、さして上手くもない話に頭をひねりながら聞いてた人の方が、その何倍も考える努力をしたに違いない。

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2017.02.02

おまけの運

2月2日(木) 遅ればせながらお年玉年賀


年賀状の「お年玉」のチェックをすっかり忘れていたので調べてみたら当たりは一枚もなかった。二年連続で切手シートすら外れていた。

確率的には下二けたで二つの当選番号なので、100分の2ということになる。もっとも0から99まで都合よく並んでいたらの話なので、本当の確率はそれ以上になる。
年末ジャンボ宝くじを買った娘とカミさんが「○億円当たったら~」と、獲らぬ狸の皮算用で数千円の夢の紙切れに願いを託し云々・・・、「でんでん」じゃなくて「うんぬん」している姿をみて、江戸時代の「富くじ」いらい、庶民の夢の儚さというか、当たらぬと解っていても「もしかして」といういじらしさだ。

それに比べたら、たかが切手シートのお年玉。もっともそれ以上は期待もしないが、せめて切手シートぐらいはと本気で期待するのが「おまけの運」。
ここらあたりも、いじらしいものだが、当たれば「ふむ誰々さんの年賀はがきか」と、出してくれた人に、ささやかなお礼も言いたくなる。

カジノ法案が「でんでん」じゃなくて云々されているが、ギャンブル依存症とか経済効果とか、賛否両論花ざかり・・・
年賀はがきのお年玉も、ある意味「自分の意志とは関係しない」ギャンブルの類には違いないが、庶民にとっては運・不運の実にささやかなもので、それ以上でも以下でもない。
おまけの運ぐらいがちょうど良い。

ギャンブルが楽しいとは自分は思わない。
一攫千金の夢を見て、あるいは少しでも儲かればと思うのは「金儲けは悪い事ですか?」と言っていたあの有名人の心情と同じだろう。
貧しいから夢に期待し貧しいから一攫千金の夢を見るのも庶民。

「働かざる者食うべからず」であって、あぶく銭は身につかない。投機、マネーゲームが大流行りで年金財源も怪しい流れになってきた。
あと数百年も過ぎた頃にはマネーゲームやギャンブルと言った「投機的人生と社会を豊さへの方法と勘違いしていた貧しい時代もあったなぁ~」と、孫の孫の孫の未来人に歴史の肥しにされるのだろうか?

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