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2016年12月

2016.12.29

年の瀬

12月29日(木) ふ~む、もう今年もあとわずかだなぁ~

忙しい師走、年の暮れ、年の瀬、もうすぐ大晦日と、いやはや一年の過ぎるのも早い。
しばらくぶりの記事だけど、たいして忙しい年の瀬でもなく、さりとて暇でもない12月だった。
なぜかと言うと、どうもリズムが狂ってしまい、なにもかも途中半端になって、暮れの大掃除も中途半端、年賀状もやっと今日作り上げて、これはもう元旦には間に合わない。
不思議と「まっ、いいか!」となって、時間や期限や仕事もアバウトこの上もない。これは何だろうと考えるに、歳をとった証拠といえるのではとも・・・

「ものぐさ」がさらに「ものぐさ」になると、この先が大変なんだろうが、「歳を重ねる」と、きっと人生そのものが、さらに「アバウト」になってしまうのだろうか。

お年寄りの運転する車がバスのバックミラーに接触しても「ああ、ちょっとぶつかったか!」と、そういう大胆不敵というかアバウトさというか、そういう心持が大きくなるという話を聞いたが、それに似ているかなぁ。

危険であることを危険と感知する自覚力の減退は、ふむ「老化」そのものか。

年の瀬になって、文字通り「川の瀬」に追い込まれるように「立つ瀬」がなくなることは避けなければと思いつつ、「肩が痛てぇなあ」とか「眠くてしょうがねぇ」とか、追い込まれることやむなし「そのうち正月も向こうからやって来らぁ」と・・・

これは緊張と弛緩のリズムの狂いなので、残り二日の晦日まで、ひとつ心を入れ替えて、せめて頑張らねば「年神さま」も呆れ果てるに違いない。
というわけで、郵便局員さん年賀状も大至急、いや無理は言わないので松の内までには届けてくださいねと初詣には早い「神頼み」をしている年の瀬の今日この頃。

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2016.12.13

右肩の痛み

12月13日(火) 孫は来てよし帰ってよしという話

霊とか神とかUFOとか、そういう類は信じていない。というか、そういう事象に心を左右されることはないので、信じるとかの以前である。
怖いのは「○○詐欺」といった、人の心の隙間に忍び寄る魔物。なので、魔物ってやつはうじゃうじゃ生息してるような気がして恐ろしい・・・

右肩の可動域が狭まって、ある角度以上には痛みが走る。50肩とか60肩という分類に入るのだろうか。
少し伸ばしたりとストレッチまがいをすると、多少は回復傾向にあるものの、生来の医者嫌いだから診てもらうのもためらう。そういう頑固さが通用するのは今のうち、加齢とともに整形外科あたりに通う日も来るかもしれない。

肩が重いのは背後霊の悪戯だと、酒の席の馬鹿話ほどに済ませるのが健全な思考。
そうしたものを真面目に語りだしたらちょっと危ない。でもって「霊には質量があって・・・」などと科学的説明を付加される日は、いやはや、これは小説話より面白くない。

孫がやってきて「抱っこ」と言う。言われれば目を細め「よし、よし抱っこだな」と、肩の痛みも忘れて抱き上げる。そういう顛末は後からやってきて、「うむ、右肩が痛い重い」となる。

自転車よりも軽いはずだが、自転車はベルトで肩から下げる。児は下げるわけにはいかないし、落とさないように大事に抱える。
よけいに腕と肩に負荷がかかるが、当分は「抱っこ」「よしよし」が肩の痛みを上回るだろう。

児ども(孫)というのは可愛い魔物。この際魔物でも背後霊でも加齢でも何でもよろしい。
孫は目に入れても、いや抱いても痛くない、孫は来て良し帰って良し・・・などという、他愛のない話はきりがないものだ。

 

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2016.12.10

泣かせ屋

12月10日(土)「鉄道員(ぽっぽや)」浅田次郎 集英社文庫

歳を重ねると涙もろくなるという若い頃には理解できなかったことも、人生の半分は優に超え、あとは残りの歳月に思いが行く歳になると、その真実味が妙になっとくできるようになる。
ほんの些細なテレビのシーンひとつにも涙もろくなるので、その気恥ずかしさに悟られないように横を向く。

場数。生きて来た分だけの「ものの哀れ」や「辛さ」などについつい心を同じくしてしまう自分がいる。なんだか生きて暮らすというのは辛いことのほうが、いや辛さも吐露できないことのほうが多いのだろうかと・・・

広島カープの黒田投手がプロ野球人生を振り返って「野球が楽しいと思ったことは一度もない」と話していたが、真摯なるがゆえの実感する言葉だと思った。
そういう、人が生きていく上での実感を振り返るのも歳のなせる技なのだろうか。
涙もろくなるのはそういう辛さや哀しさや楽しさを含めた感情の振り返りを自分と合わせることによるのだろうか。歳のせいばかりには出来ない自分の過去との対峙だろうか。

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浅田次郎の作品を初めて読んだのは「金鵄のもとに」で、少なからぬ衝撃を受けた。この「鉄道員(ぽっぽや)」は直木賞作品で20年ちかく前のもので映画化もされてるので「いまさら」ともいえるが、一人の老鉄道員の話だ。

8つの短編が収められた文庫版「鉄道員(ぽっぽや)」のそのどの作品も、人の世の情の深さに涙ぐむ。解説に著者浅田次郎をして「泣かせ屋」と評しているのは的を射ている。
そういう短編作品集なので、人がほろりとしてしまう、そうした世の中の姿をいまさらながら共有できる。

先の「金鵄のもとに」の読後感を話していたおりに「浅田次郎はいいですよ」と友人のYさんが言っていた。この本はおもしろいですよと紹介されると、本のおもしろさは勿論だが、それを紹介する人の心の一端を「本」を通じて知ることにもなる。

「いいですよ」というのは、その人のそこに共感する「何か」をも表しているのだと思う。
見たり読んだりすることは誰にでもできる。見て読んで何を感じるのか、考えるのかが、実は読書のもっとも魅力的なところである。

本を読んで感動して泣けることにはさほど意味を感じないが、それでも泣けるほど共感する心があることは素晴らしい。人の心に寄り添うというが、寄り添うにはそれだけの自分の心の豊かさを必要とする。
共感して「ものの哀れ」を自分と照らし合わせるよりも、人をなじることや批評することばかりが目立ち、泣言よりも強がりばかりが目立つ世相である。

本を読んで泣いて、自分の情けなさに泣言を言える、そうした実直さがあってもいいのだと思う。
涙もろくなってきたなぁという思いは年々強くなっているのである。




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2016.12.08

なごやの魅力

12月8日(木) 名古屋港にかかる吊り橋「トリトン」の車窓から

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少し前に、観光バスで障害者作業所の団体見学に行ったおり、名古屋港にかかる吊り橋トリトンの上を走った。

名古屋港は貨物の取り扱いでは日本有数の産業貿易港であり、車窓から眺める風景は、おせじにも素晴らしいとは思えなかったが、工場機械マニアからすると、つぶさに見学してみたくなるところかもしれないのだが。

その数日後、中日新聞で名古屋に住む人へのアンケートで、たしか8割ほどと思ったが「名古屋は魅力のない都市」という評価がされているという記事にお目にかかった。
東京や京都や大阪や、大都市のなかでも、そこに暮らす人から「魅力ない」というのが断トツであったのは、不思議といえば不思議、当然といえば当然のように思われる。

観光名所は名古屋城?東山動物園のイケメンゴリラ?テレビ塔?名古屋港水族館?・・・そういうものがあまり出てこない。
観光客を呼ぼうと名古屋城の木造再建とかレゴランドとかリニア新幹線とか、あれこれ名案か迷案か知らないが論議されている。

そういうものをあちこち建設して「観光都市」化して、東京や大阪と肩を並べようとしても、たぶん、おそらく「大いなる田舎都市」の名称は消えないのじゃないかと思う。
例えば愛知県は寺社仏閣が全国で一番多い地域であり、江戸期の名古屋文化は最も栄えた地域であり、戦国武将を輩出した土地柄でありという、そういう歴史文化自体が、都市の中で息づいているかというとそうでもない。掘り起こす作業も片手間と思う。

東京大阪京都に負けまいと観光都市つくりをしても、そこに住む人たちが観光都市化を目指していないのだから、目線が違うのだと思う。

名古屋というのは、まだ暮らしやすい都市だと私は思う。巨大ビルが林立し、あの高村光太郎の「智恵子抄」の時代から「東京には空がない」と言わしめた、その東京を模倣して、それを良しとするよりも、名古屋市16区の知られざる地域や文化に目を向けて、そこから「地域起こし」につながれば、暮らしやすく、都会で会って、田舎文化が残る、そういう街づくりになるのではと思うと、どうも今はそのビジョンやコンセプトが、ちょっと貧しいというか無い。

と思うのだが、駅前再開発やリニモや名古屋城やレゴランド・・・いやはや、お上の考えることは庶民とは別のところにあると思えてならない。
自転車好きの私など、この比較的広い道路事情を生かして自転車文化の最先端都市、くまなく自転車レーンを走らせ、高齢者にも優しい市電文化を復活させ、車のいらない歴史と文化の都市なごや・・・な~んてのを、夢想するのだが (笑)

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2016.12.06

名残惜しむ紅葉かな

12月6日(火)初冬・大津・坂本サイクリングの話

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今日の朝飯は「卵かけごはん」、これを味付け海苔で巻くように挟んで食べる。いやはや何とも質素なことだが、味付け海苔だけは義母さんからの特注品。
思えば外食もほとんどしない、喫茶店も自前の珈琲で済ませてる。旅行、今年は日帰りの自転車などで、遠くに旅することもなかった。

ストイックな節約生活でもない、ただただ「質素な暮らしぶり」のような気がする。
食べて寝て仕事(労働)をする。単純明瞭な生活感覚がその人の人生観をも形作るのだと思うので、何億も稼ぎ出すセレブや生活感のあまりない暮らしは、それに似合う「人」となる。
庶民の台所事情は暮らしの基本にあるのだと、今更ながら思う今日この頃。

そんなわけで、数少ない日帰りの旅、「旅」というにはおこがましいが琵琶湖の湖南の大津市から坂本までサイクリングに出かけた。旧友ら5人の顔ぶれである。
もちろん、車に自転車を積んで相乗り。もっとも堅実な旅費であり、もっとも堅実な初冬の楽しみともなる。

大津港の駐車場に車を停め、湖西の坂本へと走る。琵琶湖の周回のなかでは風景が一番楽しめないところともいえるが、5台の自転車でトロトロと走る心地よさは、案外どこでも同じなのかも知れない。

日吉大社を目的に10キロほど、帰路では三井寺に寄ろうかというのが当初の予定だったが、ここでOちゃんが「比叡山延暦寺には行ったことがない」と、急きょ比叡山ケーブルに乗り坂本駅から山頂の延暦寺に行くことになる。

生憎の曇り空、いつ降り出してもおかしくない空模様。それでも、琵琶湖と堅田の町が展望できた。堅田といえば一休和尚の暮らした町でもある。

「京都のお寺は参観料が安くない」との話題となったが「参観料じゃないお布施(参拝)だ」と、とある某所の住職が力説したという。収益事業じゃないというが・・・ふむ。

延暦寺の1200年の歴史、消えることなく灯り続ける「不滅の法灯」、長い歴史の中には信長の延暦寺攻め皆殺しの歴史もあった。

この季節、紅葉も終盤ではあったが思ったよりも残っていた。名残を惜しみつつ紅葉も最後の「悪あがき」などと悪罵を口にしつつ目の保養である。
普段は「人工物」ばかりが目に飛び込む暮らしなので、人間にはない樹々や山々の姿に、ちょっとホッとするのである。

雨がふりそうで帰路を急ぐ。「腹が減った!」という泣言は聞き入られず、昼飯は大津に戻ってからということになる。(結局、3時過ぎの昼飯というこれまでにない行程になった)

比叡山の麓からの帰路は下り坂になる。頑張って登った分だけ「人生下り坂が最高」が待っているという、当然の帰結。

途中で「近江神宮」に寄る。「ちはやふる」のポスターもあちこちにあるが、なにこれ?
アニメとか少女漫画は読んだことがないので「なにこれ?」
全国各地から高校生が参加して競技かるたが催されれその会場が近江神宮だと。
「青春漫画」なんですねぇ~、知らなかったのは自分だけのようでした。

ここも紅葉がきれいだった。七五三の晴れ着のお子さんや、巫女さんとか、神社ならではの風景が見られたが、神社とお寺・・・お寺のほうが風情がある、というか権力との距離感、庶民感覚としてはお寺だと思うが、その寺も生臭坊主が権力と癒着した時代もあったし、二者択一にはならないか。

話は戻るが有原業平の和歌では「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くぐるとは」で「ちはやぶる」は「神」にかかる枕詞だという。
「神代」は神話の時代の意味。屏風の絵を見ながら有原業平がこの歌を詠んだというらしいが、絢爛豪華な貴族社会のこと。

百人一首は子どもの頃兄らとよく遊んだので幾つかはそらんじることができるが、「ちはやぶる・・・」は記憶の欠片もなく、坊主めくりの「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」、「あちゃぁ~蝉丸引~ちゃった」というほうが、子ども心には記憶に残っている。

追伸:帰路の名神高速道路は事故渋滞に巻き込まれ予定よりも大幅に遅れる、自転車に乗ってる時間の何倍も・・・晴れのち曇りのち雨のち渋滞。

【写真あれこれ】

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【坂本・堅田の街並み、曇り空琵琶湖大橋はぼんやりと】

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【カミさんの自転車後姿、いつも同じ服装だなぁ】

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【比叡山ケーブル駅に向かう、上りは辛い】

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【ケーブルカーの車窓から・列車のすれ違い】

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【彩どりの鮮やかさと紅葉】

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【巫女さん(近江神宮にて)】

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【七五三の振袖がかわいらしい児ども】

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【行程は28キロ、うち自転車は往復20キロのサイクリング】




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2016.12.02

落葉

12月2日(金) 今年も銀杏の町そぶえ町に行った話

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【旧・尾張サイクリングロード、遠くに養老の山並み】

気が付けば12月。
などというのは嘘で、カレンダーも最後の一枚になり、昨日めっくったばかりだから、とっくに気付いているが、久しぶりのブログ更新なので、書き出しをそれらしくしてみた。

今週は何かと予定が多かった。そんな中で毎年恒例のいちょうの町「そぶえ町」まで、旧尾張サイクリングロードを走った。
いちょうの樹が一番輝いていたのは少し前、風邪でダウンしてたから、今回は黄色い落葉が見ごろだった、というか黄葉も終わりとなり、冬がやってくる頃だった。

旧尾張サイクリングロードは愛知県海部郡大治町の「水道局大治浄水場」北から一直線に七宝町、美和町、稲沢(祖父江町)へと続く名古屋上水道の上を走る道で、車は乗り入れ禁止なので、自転車には適している。

一直線(時々、道路を横断するが)であることと、名古屋から離れるほどに、民家が減り田畑と遠くの養老山脈が眺望できるのが何とも言えない。
街中から市街地へ、都市から田舎へと旅する気分がいいし、ここは自動車でも徒歩でも味わえない「自転車の道」そのものといえる。

季節がら皇帝ダリアがひとつ高いところに花をつけ、柿の実が初冬の雰囲気を見せる。
いつも行きは向かい風で、風邪あけの身には堪えるが、今年は自転車ミュージックがお友達だった。

クリス・ハートのクリスマスソングを自転車のハンドルのスピーカーから流して・・・
♫真っ赤なお鼻のトナカイさんは~(赤鼻ノトナカイ)、とか♫雨は夜更けすぎに雪へと変わるだろ~(クリスマス・イブ)とか、♫今年もまた寒い冬がこの街にやってくる~(メリクリ)とか。

クリスマスソングはこの季節にほんとに似合う曲だ。なんだか自転車を走らせる先に若者たちのラブソングの世界が広がってるような・・・気分で自転車をこぐ。
キリスト教徒でもないけれど、いいよなぁ~こういう季節のこういう歌はと幾つになっても思う。

黄葉もすっかり終盤で、銀杏の樹の輝きよりも地面をおおうばかりの銀杏の落葉が、日頃は見られない風景になって、自転車を落葉の上に停めて、その感触をタイヤにも触れてもらおうと・・・

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【黄葉散り、もう冬もやってきた】


赤い電車といえば名鉄電車で、線路わきにはカメラマンが待ち構える。赤と黄色のコントラストがいいのだろう。素人カメラマンが撮るのはこういう風景で、自分も一緒に撮る。
プロとアマ。誰もが手軽に撮る写真だから、差別化が難しくなってきた時世だ。
写真の世界に限らず、みな必死に差別化を追い求め、それをオリジナリティだと追い求めているが、なんだか気の毒な時代のようにも思う。

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【同じ構図のなかに違うものを見る】

個性というのは他人と違うオリジナリティを出すことだと、そこに力を込めているけれど、個性がその時代性をどうとらえ、どう表現しているか、いわば、その個性や知性や歴史性の豊かさが求められ、そこにオリジナリティがあるのでは・・・まあ、そんなことを思いつつ、ごくごく普通の風景のなかに自分の「現在」を見つけ出す。(笑)

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【落葉踏みしめ参詣する】

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【参考:片道15キロほど、のんびりポタリング】


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