« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »

2016年10月

2016.10.31

続・自転車ぷらぷら

10月31日(月) 自転車ミュージック♪

風呂につかって、じわぁ~と暖かさが骨まで伝わってくる、そんな季節になりました。
今では毎日風呂に入るのが当たり前だが、自分の子どもの頃は毎日ではなかった。
それどころか「もらい湯」と言って、風呂の無い方が「湯」を借りに来ることも普通のことだった。
「じわぁ~」と湯船のなかで感じる幸せ感。

といった話は余談で、自転車に乗って聞く音楽の話。
こういう話は、忙しく駅まで自転車、買い物に自転車という暮らし向きの方には「暇ねぇ~」というだけに過ぎない・・・と、もちろん自覚して書いてるのだが。

ほぼ、2時間3時間と自転車に乗るのが普通の生活なので、自転車と音楽というのは、ちょっとややこしく、ちょっと苦労する。

とくに季節が晩秋から冬の頃は公園とか堤防道などはほとんど人の姿など見なくなる。
情景は寂しいのである。
この寂しさを(ほんとうは寂しくなんてないんだけど)癒してくれるのは「音楽」ってわけだ。
自転車に乗って曲の一つ二つ三つ・・・音楽の世界はよくわからないが、昔の知ってる曲は聞いててちっとも飽きない。

さて、そこで問題はどう聞くのか。ヘッドホン?イヤホン?スピーカー?
イヤホンの類は危険行為であるが、両耳にイヤホン着けてスマホの自転車も少なくない。
先日などこれに加えて、もう片手でパンをかじり、おまけに右側通行・・・というトリプル危険自転車走行に唖然としたのだが。

ヘッドホンはアウトで間違いなく危険。片耳イヤホンは都道府県によって禁止、セーフとまちまちのようだ。片手にスマホなどは急ブレーキでこけるの間違いない。
自転車と音楽は絶妙な空間だと思うが、いやはや難しいのだ。

ひととき、骨伝導イヤホンを使ってたことがあるが、なんとなくしっくりこない。
やはり自転車にスピーカーが一番いいのは車にカーステレオと同じこと。

しかし、人通りの多い交差点などでは、恥ずかしさも倍増する、とりわけ「懐メロ」など流れていると・・・トリプル恥ずかしさ。(気が小さいのですね)

おまけにipodで聞いてるので、いちいち取り出してOFFするのもなんだか・・・
モバイルスピーカーをベルトに就けてスイッチON・OFFなんてのも試したが、これもしっくりこない。

執念というのは恐ろしいもので、何が何でも自転車ミュージックの環境を構築したいと、寝ても覚めても(嘘ですが)無い知恵絞って、スピーカーバッグか?ちょっとなぁ~。

広い公園や誰もいない一本道などは、こんな気苦労はいらないのですが。
こういう話は、2時間も3時間も自転車に乗るという特殊な暇人間の悩みであって、世間様は「阿保らし!」ってことだと承知もしている。

胸ポケットにipodtouchを入れ、スピーカーから曲を流し、人が近づいたら・・・近づいたらスピーカー口を手でふさぐ、という究極の手動式ON・OFF法が、もっぱら最近の情事じゃなくて事情となった。

昔のフォークソングとか60年代、70年代の曲を好んでいる、というよりも、ある種のバックミュージックのように流しているというのが正解だが。
しかし、どうも不満なのである。いちいち手をスピーカー口へという行為が、なんとも小心者に思えるし、そこまで通りすがりの人に媚びへつらう自分が情けない。

悶々とすること幾年月(・・・これも嘘)。
最近になってやっと問題の解決法を見つけることが出来た。いろいろ遠回りをしたものだ、道草をしたものだと思いつつ、ON・OFFスイッチがハンドルにあればよいのだと。
世間というのは広いもので、なるほどということだ。

Photo

ipodtouch + ミュージックボタン という単純な組み合わせ。
ハンドルにボタンをつけて、本体はポケットに・・・めでたし、めでたし。

こういう自転車ライフ、こういう自転車ミュージック、世間からすれば「おめでたい奴」ってことだが、本人はいたって本気で楽しんでいる。

| | コメント (2)

2016.10.30

自転車ぷらぷら

10月30日(日) 夕日の木漏れ日

Img_2485 

秋らしい青い空がひろがって雲もいくつか漂っていた週末だった。
 白い雲がイカのようなクジラのような形で泳いでいた。

この季節、日の落ちるのも早いもので、みるみるうちに沈んでいく。
昨日は庄内緑地公園へ、木立の影ものびて夕日の木漏れ日。
今日は図書館の本の返却日で、ほとんど毎日自転車が手放せない。

思えば、安上がりな暮らしをしているものだ。
公園は入場料もかからない自然とのふれあいの場だし、図書館はまだ知らない世界とのふれあいの場でもある。
そうした場所に、これも人力だけで走る究極のエコ、自転車に乗ってぷらぷら走る。

遠くに旅行するのも楽しいことだと思うし、すばらしい催し物を見るのも素晴らしいことだと思うが、こうしてごくごく普通の暮らしに満足するのも、けっして引けをとらない。
貧乏くさく思えるかもしれないが、子どもの頃にわずかな小遣いを手にして、そこらへんを冒険したり、ほんの近くの隣の町で物珍しそうに歩き回った・・・そういうのに似ている。

退職の10年ほど前に、何を思ったか突然自転車通勤をすると言いだし、そのおかげで週末をゴロゴロ寝ていた生活が一変し、おかげで体幹も強くなった。
それ以来、終末は自転車でぷらぷら・・・、そんな暮らし方が、退職後も暮らしの日課になった。
天気がいい週末は何物にも代えがたい。ちょっと肌寒い風も心地よい。


| | コメント (2)

2016.10.27

冬じたく

10月27日(木) べっぴんさん

Img_2466

朝晩の寒さが応えた先日、ストーブを出した。
出したとたんに暖かい日が戻ったので、これを秋と冬の季節の「せめぎあい」というのだろうか。
寒暖の差が大きいと喉荒れや風邪に注意が必要、ストーブはしばらく部屋の隅で出番待ちとなった。

NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」を見ている。
ここに登場した坂東家に出入りしていた靴職人(市村正規)の仕事風景に興味を持つ。
こういう職人仕事に自分が就いてたら人生もまた変わったかなと・・・

何かのバラエティ番組で「自分の好きな仕事を職業にしているか?との問いに60%以上が「イエス」と答えていたが本当だろうか。
何か一つ好きなことをやるには、何か一つ諦めなきゃだめだ、それが人生というもの・・・友人の名言であるが、なるほど、さもありなん。

長さ調節できる携帯ストラップの2本の紐を束ねる「物(写真)」を革細工で作った。単純なただの革。
けれども、これが便利に使える代物で、ちょっと暇細工でも、なかなか具合がいい。物は必要から生まれたものなら、これっぽっちのものでも愛着も生まれる。

機械も道具もままならない大昔の人たちは、動物の毛皮で生活必需品を作っていたが、きっと、そこにも職人気質というものがあったに違いないと思う。
自分用の特別な品という意味では「べっぴん」というわけだ。

ところで「べっぴんさん」を漢字にすると「別嬪さん」、ヒロインの芳根京子のような美しい女性のことを言うが、ここでは自分にとっての特別な思い込められた品、「特別品」という意味で使われているようだ。

国語辞典では「別嬪」はでてきても「別品」という漢字は出てこないので、ドラマでは「べっぴんさん」と、二つの意味を込めてひらがなのタイトルにしたのだろうか?
「モノつくり」としては興味深いドラマだが、戦後の物資不足の時代、新品同様の女性キャストの服装には、ちょっと「戦後」の生活とは言い難いなぁ~、時代考証の問題か・・・


| | コメント (2)

2016.10.23

空気の話

10月23日(日) 刈りいれ前

Img_2459
【すこしボケてるなぁ~、まっいいか】

稲穂がすっかり実って刈り入れ時を待っている。
10月に入って、もうそろそろかと思っていたが・・・
先週も、もう数日くらいには・・・
今週には子どもたちのにぎやかな刈入れの声が聞こえるだろう。
黄金色の稲穂が秋の空に映えて、空気まで秋らしい。

空気といえば「空気を読めよ!」という「KY」なる語が流行ったのはいつ頃か。
空気は読むものじゃなくて感じるものだ。
他人や集団の場の空気は「人の技術」の問題というより、素直に感じ取れればいい。
感じ取ったものが人と違うならばそれでよしだと思う。

もうひとつ、空気といえば自転車のタイヤの空気。
ものぐさ人間だと自負しているが、自転車のタイヤの空気はせっせとマメに入れている。
高圧のタイヤなので、一週間に一度は・・・いや、三日に一度は入れている。
ちょっとゴツゴツした乗り心地が体にも心にもいい。
乗りなれてしまうと、タイヤだけじゃなくてサドルも硬いものがいい。

という感覚は太くてパンクしにくく、ふわふわしたママチャリでは味わえない。
「暇な奴」ということもあるが、毎度々々、セッセと空気を入れるなんて面倒?
その面倒だと思われる作業をするのが心地よいのである。

快適さを求めるということは、快適でない(と、人は思うだろうが)工程がつきもの。
不便であることも、不便さが普通のことのように感じられれば一級品。
苦にならないというか、そういうナチュラルなことに居心地のよさを思う。

まあ、そういうものだと思う。

| | コメント (2)

2016.10.17

銀杏(ぎんなん)匂う

10月17日(月) 日記


図書館で借りた本の返却日を間違えて慌てて返しに行った昨日。

珍しく妻が「じゃぁ一緒に歩いてゆこうか?」というが、図書館に行きたいわけじゃなさそう。
自転車でどうかと返答するも、歩いて行くというので、ではお先にどうぞ・・・

しばらく後で、自転車で行く途中に偶然一緒になる。
どうやら中村図書館の近くの銀杏(いちょう)の木が目的のようで、いや木というより、そこから零れ落ちる銀杏(ぎんなん)を拾うという魂胆のようだ。

銀杏(いちょう)も銀杏(ぎんなん)も同じ漢字だからややこしい。

「すみません、返却期限が遅れてしまいました」と詫びて、本棚へ。
特に借りたいものは決まってない。決まってない時のほうが、実はおもしろい本に出合うことが多いというのも、おかしなことだ。

本の話はさておき、そのままぶら~りと自転車散歩して、家に帰ると。
銀杏(ぎんなん)の匂いが漂っている。

しばらくするとビニール袋でごしごしとこすり、種子だけをとりだしているが、どちらにしても果肉の匂いは消え去らない。

「銀杏(いちょう)の木のしたで、踏みつぶした果肉を捨てて行くのはマナー違反だ」と妻は言う。
それにしても小さな粒だ。
秋の黄葉シーズンに行く「祖父江町」の銀杏(ぎんなん)とは比べ物にならない大きさである。

きっとそのうち白米に混ざって食卓にあがるのか、はたまたおやつ代わりに妻が食べるのか・・・

| | コメント (0)

2016.10.14

物言えば・・・

10月14日(金) 朝晩の寒さが増してきた

一日の寒暖の差が増して、「ストーブを出すか?」「いやまだそこまでは・・・」
死刑制度について瀬戸内寂聴さんが発したコメントが問題視され、それにたいして「物言えば唇寒し秋の風」と語っていました。

発言の全体を読めば、誤解されたものだと思われるが、「物を言う」ということには、さまざまな反応が立ち返ってくるのがこのご時世だと、つくづく思う。

それでも、物を言うことが出来る立場、というか物を言うことで、社会が敏感に応じるのは全体から見ればほんの僅かで、そうした部分がまるで「社会全体」かのような錯覚になってしまうのは、マスコミやジャーナリストの影響大だから、とりわけそういう仕事に携わる人の責任は大きいということなのだろう。

物こそ言わないが、世の中には実に豊かな批評性や感受性を持っている人が少なくない。

福祉の関係でアンケート集約の仕事を依頼された。
無記名の障がい者関係のアンケートへの回答であって、こういうものは、無記名、自由回答という点で、日頃の思いが文字通りストレートに反映されている。

人は40人50人と集まると、およそ一つの集団となって、個々の思いというのはかき消されそうになるものだが、個々の回答の一つ一つの言葉を丁寧に拾ってみると、そこには一行の短い文章であっても、その人の「思い」というものが滲み出ている。

ビッグデータとかマスメディアとか最大公約数ばかりが論じられる社会になって、ともすれば個人の意見や思いが軽んじられがちになる。
けれども、このかき消されそうな「たった一人の思い」の言葉に接すると、実に多くのものを学ぶことができる。

もっとも、そうしたものに敏感になれるかどうかが問われるわけだが、少なくとも注目されることばかり意識している「メディア文化」にはない、真実味を感じることができるのだ。

さて「物言えば唇寒し秋の風」とは、物をいえばあとで後悔することが多く、ましてや人の悪口を言えば自分自身がいやになるという意味だ。

「口は災いのもの」という意味もあるだろうが、寛容なき現代は「唇寒し」などと感じるよりも、ますます口角泡を飛ばし血気盛んとなることが多そうだ。
ふだんは物を言うことも、言う機会も少ない人たちが、短い文章で綴る「回答」というものに見え隠れする人生そのものの喜怒哀楽。

どんな立派な演説よりも、どんなに人に知られた事柄よりも、その「暮らしの真実」から発せられるものの価値に、どうも自分は魅了されているのである。

| | コメント (0)

2016.10.11

奥浜名湖ポタリング

10月11日(火) おんな城主の菩提寺とか、ラーメン店とか・・・

Photo

やっと涼しい気候になってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。
10月10日の「体育の日」に、文字通り健康的な自転車ポタリングにでかけました。
参加者4名でちょっと少ない人数でした。

こういうイベントは参加の人数が予測しがたいもので、多いときは15名ほどだが、最小催行人数は1人という自転車の定番人数からすると、ごくごく普通といえます。
小回りが効くので、昼食などコマワリじゃなくてコマリません。(笑)

P1140689
【「井伊直虎は女にこそあれ 井伊家惣領に生まれ候」と看板あり】

浜名湖の天竜浜名湖鉄道気賀駅まで車二台に自転車を積んで出発です。
気賀駅を起点に「龍潭寺」まで、ほんの数キロを軽くウォーミングアップします。
「龍潭寺」は2017年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」、井伊家の菩提寺だそうです。
その庭園は江戸時代に造られた見事な美しさで、見飽きることの無いほどです。

P1140664
【龍潭寺の庭園】

抹茶を一服いただきながら、眺める庭園という光景は、なんとも日本的伝統美。
もっとも、NHKの大河ドラマは柴咲コウが主人公だそうですが、大河ドラマはほとんど見ませんので・・・

P1140669
【抹茶の菓子には井伊家の紋が】

龍潭寺を出て少し早めの昼食をとることにしましたが、近くにあまり店というものがありません。
「気賀駅」の方に食事処を聞きますと、「駅の隣のラーメン店が有名ですよ」と。
その前にこの気賀駅のレトロ感というか単線ローカル感がけっこう絵になります。
というのも昭和13年に建てられた駅本屋とプラットホームが有形文化財だとのことです。
映画の撮影に使われてもいい雰囲気です。

P1140683
【気賀駅本屋】


で、隣のラーメン店ですが、小さなどこにでもありそうな普通の店です。
が、バイクツーリングの方には有名なのでしょうか、ツーリング記念写真がたくさん飾られていました。
ラーメンの味もなかなか美味しい、こういう店に出会えるのが、自転車ポタリングの楽しさなのですね。

P1140687
【ラーメンが美味しかった「貴長」、この日もバイクツーリングの方が・・・】


「メタボ」とか「摂ったカロリーを消費しなきゃ」などと会話しながら、午後の自転車走りに出かけます。

奥浜名湖の湖岸を三ケ日方面に走ります。浜名湖は「汽水湖」としても知られています。
もともとは淡水湖だったのが、砂州が決壊して海水が混じった湖です。
湖岸を走っていると汐の香りもしてきますので、どれほどの塩分か舐めてみたい気がしますが、さすがにしません。

S


本格的なロードバイクでツーリングしている方とも出会います・・・ん、間違えました、追い抜かれます。
半島や湖は自転車サイクリングには適地ですね。「一周」という言葉の誘惑にかられますが、今日はのんびりポタリングですから・・・。

途中には峠があります。峠にはきまって「茶屋」があるものです。
午後のコーヒータイムは、その峠のてっぺんから少し下がった店です。
そういう、ゆるゆると走り、ほどほどに休憩し、食べたり飲んだりするのが面白いポタリングの一日でした。

20161010
【概ね走行距離27キロでした】

続きを読む "奥浜名湖ポタリング"

| | コメント (4)

2016.10.07

午後の珈琲

10月7日(金) 喫茶店で・・・

Img_2381
【コ○ダの珈琲、一杯400円なりぃ~】
快晴、秋晴れ。
久しぶりに喫茶店で読書しようと自転車で出かける。

在職中はほぼ毎日あちこちの喫茶店巡りをしていたが、退職を契機に自前のコーヒー派に転向した。
帰宅前のひとときを仕事のリセットコーヒーとしていたものだ。
今は自宅で入れる、ちょっとアメリカンぽいコーヒーで済んでるから、喫茶店は友人と話す場所ぐらいだ。

だから、こうして午後のひととき、文庫本を片手に飲むコーヒーは優雅!
知人のNさんは、一人暮らしになって、毎日通う喫茶店が日課だと言っていた。喫茶店で会う知り合いとの会話が貴重な「話す機会だ」と。

そういう老後の喫茶店の利用法もあるかも知れないが、毎日喫茶店に通う日々は自分には考えられない。

午後のひととき、店内の人声の喧騒のなかで、その雑音を打ち消すように、小説を読むというのが、都会のオアシスなので、忘れた頃に「久しぶりに・・・」と出かけるのがいい。

もうすぐ4~5人に一人は高齢者の社会になって、喫茶店はそうした孤独をやわらげる場所になるかも知れない。
いや、今日も一人黙々とスポーツ紙に目を通すお年寄りも少なくなかった。
暇をもてあます超高齢社会が現実味をおびてきた。

文化教室や旅行や趣味や映画や・・・、いろいろ「暇つぶしイベント」には困らない。
イベントはどこまで行ってもイベントであって、その何倍もの平凡な日常、普通の暮らしがある。
だから、思うのは日々の暮らしのあれこれに、自分の暮らし方を見つけることが大切だと。
衣食住、食べることや掃除や洗濯や所用や趣味など、毎日の自立した暮らしを作りたいものだと思っている。

| | コメント (0)

2016.10.04

やさしい秋の日

10月4日(火) 秋桜(コスモス)

Img_2370

きみはどうして秋に花を咲かせるのかね?
それは台風の強い風にも大粒の雨にも負けないからからだわ
きみはどうしてそんなにしなやかなのかね?
夏を旅してきた人をやさしく迎えるためだわ
ところで、きみはどうして僕とおしゃべりするのかね?
それは、あなたがわたしを見つけてくれたからよ 
                    (「肉筆詩集」)

雨の心配のない日だと、お天気ニュースが言っていた。
今日しかない!と、洗濯そうじと家事を済ませ自転車散歩に出ることにした。
財布よし、水筒よし、パンク修理工具もチューブもよし。
GPSもつけた、デジカメも持った、ヘルメットも・・・うん、今日は帽子にしよう。
電車の運転手の指先確認のような光景だった。

雨の日が多かったせいか、庄内川の水量もいくぶん多い。
上流の山並みの水滴が集まって河口から数十キロのここらあたりでは「大河」の雰囲気だ。

庄内緑地公園ではコスモスが咲き始めた。
それでも少ししおれた彼岸花が最後のひと踏ん張りしていた。
今年は雨で、その妖艶で真っ赤な姿が一番きれいだった時期には来られなかった。
花もバトンタッチの秋だ。

久しぶりに20キロほど自転車ギコギコ。
さて、あと何年、何歳まで走り続けることができるのか?ギコギコ。
南のそら、都心部の高層ビル群にはうっすらと雲が広がり、北のそらは雲間に青空も見える、ギコギコ。

一人で走るのは寂しいものか?うん、一人というのは寂しいものだ、ギコギコ。
寂しいけれども哀しくもない。ただただ自然のなかに溶け込むという感覚、ギコギコ。
人生はなんと楽しいものだと、一人問答するのも、秋・・・ギコギコ。

来週はサイクリングが待ってるなぁ~。

| | コメント (2)

2016.10.02

連続テレビ小説

10月2日(日) ドラマとか小説とか・・・

連続テレビ小説「とと姉ちゃん」が終わり、次は「べっぴんさん」だそうだ。
何やら「毎朝必ず泣かせます」という批評があったが、涙腺が緩むドラマ、「感動をありがとう」のドラマを僕は期待してるわけではないので、どんなドラマかは見てから考えようと思う。
ドラマの中のテーマを部分的に拾い、あれこれ考えるのが好きである。
「とと姉ちゃん」は編集長花山の死とともに終わりを迎えたが、最後の仕事「戦争を考える」特集に向かったのはあっぱれ!だった。

戦争を鼓舞していた文筆家が、敗戦を通過させるには、そこは避けられない課題。
いわば、敗戦を契機に価値観の崩壊から、戦後を生きるうえでの忘れられない事柄だったわけで、およそ良心的な文学者、ジャーナリスト、芸術家が、どう価値観の転換を自分の内部から築いたかが問題の核心にあった。

東日本大震災と福島第一原発のメルトダウンによる災害、人災・・・。
そこから、普通に暮らせることのありがたさや人と人の絆の尊さに改めて気づき、そういう生きる意味という価値観を突き付けられた。

自然と向き合い、普通に暮らすこと、自然エネルギーへの転換を価値観として、心に焼き付けたにもかかわらず、何事もなかったかのように「経済大国ニッポン」に「強国ニッポン」、「原発再稼働ニッポン」へと意識が向いていないだろうかと思う。

およそ、文学とか芸術を志向するものなら、そうした時代の転換点、価値観の崩壊と再生に敏感でなければならないし、そうしたものがどんな短文やエッセイや作品にも、出てきて当たり前だと思う。

そうした意味では「とと姉ちゃん」の花山編集長の存在は、とてもよかった。
余談だけど、例えば今読んでる「日本文学100年の名作」シリーズでは、第4巻に太宰治の「トカトントン」という短編が載っている。

26歳になる青年の手記形式で、8月15日(敗戦記念日)を境にして、何かしようとするとどこかから頭の中に「トカトントン」という音が聞こえてくる・・・といった内容で、「敗戦」という価値観の崩壊から抜け出そうとする青年と抜け出せない青年の神経が「トカトントン」というわけである。

もう一つ、永井荷風の「羊羹(ようかん)」という短編では、もみじという銀座裏の小料理屋に雇われていた青年が敗戦後、過っての主人が随分気の毒な身の上になってやしないかと訪ねてみると、困っていることもなく以前と同じ余裕の暮らしで「古い社会の古い組織は少しも破壊されてはいない」「以前楽に暮らしていた人達は今でもやっぱり困らずに楽にくらしている」と自分ながら訳のわからない不満の気持ちになる・・・という作品。
いづれも1947年(昭和22年)の小説だが、時代を敏感に反映していることは間違いない。

さて、次の連続テレビ小説「べっぴんさん」は、何をどのように描いたドラマなのか。
ありきたりのお涙頂戴のドラマであって欲しくないものだ。
ましてや「感動をありがとう」などと、感動の安売りに飲み込まれたくもないと思う今日この頃である。

| | コメント (0)

2016.10.01

葬礼と自分史

10月1日(土) 秋空の気配なしだなぁ~

10月になった・・・
なったと言うのに一向に天に突き抜けるような秋空がやってこない。
先月は三日と晴天が続かず、予定のサイクリングも中止になって、なかなか思うようにならないのが季節というものか。

妻の親戚筋、つまり伯父さんの通夜に参列した。83歳で一人暮らしだったという。子どももいたが、病気になるまえまでは、自前で暮らしていたという。

戦前、戦中生まれの世代の人は、現代人に比べどこか生きる力が強いような気がする。食べ物も大気もストレスも、さほど人体にはよろしいとは思えない暮らしを続けてきた戦後世代が、それほど長生きできるとは思えない。

通夜の喪主の挨拶のあと、短いが生前の若い頃からの写真が映し出された。
妻の親戚筋で交流もほとんどなかったが、その年々に撮られた写真には遺影とは違う姿が見られ、当たり前のように人は歳を重ねることを身に沁みて感じる。

人は死して無に帰すとはいえ、その人生を誰がいつまで記憶に残すのだろうか。
簡単にケイタイで写真を撮ることができる時代になって、想い出や記念の写真が昔以上に多く残り、遺品となる時代である。

過っては何冊ものアルバムに貼りつけていた。自分史を作るというのも面白いものだと思う。その手間暇は生きてる間の作業となる。

膨大な写真のなかの自分史には、人には言えぬことも、人に伝えたいことも、いろいろあるだろう。

そういうものを最後の仕事にするというのは、ごくごく普通の人生にもあってよいと思う。
もっとも、それを誰が、どう見るのかは別の問題で、簡単に過去の遺物になるか、貴重なご先祖さまになるかは、当の本人は知らない話だけれど・・・

葬儀。若い頃と歳を重ねた今と、感じることがずいぶん変わるものだ。
ある意味、人は他人の死を通して、自分の終末への準備をするようなものだと思う。

| | コメント (0)

« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »