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2016.05.22

虫のいどころ

5月22日(日) 日記

花壇脇の木製デッキに何やら赤いモノが這い回っている。
1ミリに満たない生き物の正体はダニである。ダニは昆虫の仲間じゃないから虫とは呼べないが、まあダニである。気色の悪い生き物だと、殺虫剤で念入りに処理する。

ハダニかタカラダニか。タカラダニならば見た目の不快さを我慢すれば葉につくカイガラムシを捕食する益虫らしいから、可哀想なことをしたのか。

虫も生態観測すると意外な発見があるかもしれない。虫はゴキブリをはじめ嫌われものが多い。いつだったか、小学児童のノートの昆虫写真が「気持ち悪い」と花の写真に変わったという話があった。蝉やカブトムシや蝶が気持ち悪い・・・そういうものを捕まえて遊ぶこともなくなったからだろうが、蝉やカブトムシなどいい迷惑だと思う。

屋外の真っ赤なタカラダニはたしかに気色はよくない。ダニの仲間だから。
目を転じて部屋の中ではというと、ダニやノミ。さすがにノミを見かけることはなくなった。
子どもの頃は布団の中で妙に痒い思いがして電灯をつけて調べると、ノミがぴょんぴょん跳ねてることもあった。昭和という時代の家庭のひとコマだった。

家ダニは目にとまらぬほど小さいのでノミほど気が付かないが、これはもう立派に現代の家庭の隅々まで生息している。
目に見えぬほど小さいのでやっかいだ。密閉性の高い現代住宅、埃やチリのなかに生き、さながら天国のような暮らしじゃないかと・・・

風を通し、こまめに掃除をしてチリや埃(ほこり)などの生息域を除去する以外ないのだろう。
ハウスダストの中に蠢(うごめ)くダニの顕微鏡写真などみると、見るだけで全身痒くなってしまう。
もっとも、そうして見えない家ダニよりも、どこから侵入したのかゴキブリなどに遭遇した日には、ぎゃぁ~という悲鳴が聞こえてくる。昔はゴキブリなど珍しくもなくチョロチョロ走っていたもので、それも昭和という時代のひとコマ。

そんなわけで、家ダニ退治に「ダニ取りマット」を使っている。3か月一度ほど定期交換して、布団の下に忍ばせている。目に見えぬから効果のほどは実感できず、メーカーの実験値を信用するしか方法がない。
家の内外とも虫だらけである。昆虫が人類絶滅以後にもしぶとく生き残るというSF空想社会もあり得ぬ話でもない。

しかし、ダニやゴキブリよりも、もっとも厄介な虫はなにか・・・という話である。
人間にも虫が宿っている。「虫のいどころが悪い」というではないか。ニガ虫を噛んだとか腹の虫が治まらないないとかいう奴である。

「癇癪(かんしゃく)」である。感情が治まらなくて、理屈ではどうにもならない・・・虫。
むやみやたらと癇癪を起してると、もう偏屈人などと相手にされなくなるが関の山だ。
これは、腹のなかの虫のなせる悪戯といえる。

ちょうどこの週末は些細なことで虫が騒いでいる。
いやなに、たかが四角い飯台を丸く布巾がけするのが許せないといった類の話である・・・、年に一度か二度のそうしたことに、なぜか腹の虫が治まらないことがある。
子どもじみた馬鹿々々しさと思えど・・・腹の虫が治まらない。

ああ、もう山の中の閑散とした小屋にでも行って一人で暮らす方がよっぽど気楽かな。
などと妄想してみると、ちょうど今読んでいる「夢見る部屋」(宇野浩二)に共感したりして。
1922年の小説というから大正11年もの昔の小説。
主人公が四畳半ほどのアパートの小部屋を借りて、自分の思うがままの妄想(夢)の部屋にするという話だ。状況は違えど他人や家人から隔絶された部屋を妄想世界にする話が100年近い昔にもあったのだ。

そんなわけで、若いころならばそれなりにお互いの虫の居どころの悪いときは、自分も妻もあれこれ気を惹くことも意識していたが、何十年と過ぎると「ああ、怒ってるんだ」と「触らぬ神になんとか」ってなるもので、それが、また腹の虫の治まらない原因になったりして・・・

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コメント

「虫からの連想」ですねぇ・・・僕の連想は子供の頃飼っていたカブトムシですねぇ・・・「蝉の抜け殻」の思い出もありますが、どうもそれは「男の子の思い出」であって、女の子にとっては「気持ち悪い物」に分類されるようです。

投稿: マミケン | 2016.05.30 10:25

子どもたちの引率でキャンプに行き、食べ残したスイカを外にだして、翌朝早くスイカにカブトムシがいたのを思い出しました。昆虫も住みにくい都会の夏ですね。

投稿: ちょっと一休み | 2016.05.31 21:47

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