« さくら散歩 | トップページ | 買い物依存症 »

2016.04.07

仕事と遊び

4月7日(木) 「遊びこころ」という話

テレビのバラエティ番組は見ることもあまりないが、たまたま見たなかに「うん、それは同感だな」と思うこともある。

所ジョージという芸能人の言葉がそれだった。
遊びというのは、遊ぶことを何かするというのじゃなくて、普段の生活のなかで、例えばゴミ出しをするとしたら、たまには腕をあげてゴミ袋を持つ、そういうのが遊びだと思う。
・・・というような話だった。

自転車にのって花見に出かけるのも遊び、旅行に行ったりスポーツに興じるというのも遊びには違いないけれど、遊びをそういうものに狭めれば、遊ぶことの無い日々時間が人生のほとんどになってしまう。

仕事と遊びというのはなぜだか両極に対置させられるけれど、仕事のなかにも遊びの要素はたくさんある。
楽しんで工夫したり、ちょっと努力して完成させたり、そういうのは「遊びこころ」と言えると思うが、残念ながらそんな悠長なことなどしていられるかと、尻を叩かれているのが現状かも知れない。

仕事に遊びこころなど不謹慎そのものだ!という人もいるかもしれないが、工夫とか努力とか勤勉とかは、遊びこころというゆとりなくしてはうまく行くはずがない。

退職して数年たつけれど、仕事も遊びもほとんど同じことのような気がしている。
違う点は「収入を得るかどうか」ということだけれど、例えばボランティアとか家事労働などは、収入はないけれど、基本は同じことのように思っている。

だから、そこに余裕もなく誰かにやらされている気持ちがあれば、いやな仕事と同じで、つまらない時間を費やしているにすぎない。
ブラック企業、ブラックバイト、ブラック仕事・・・働く人の人権侵害の典型なのだが、そうした仕事に「遊びこころ」もなければ、工夫や努力や創造性などなくて当たり前になっている。
儲け主義というのは、経営者が利潤第一にするだけじゃなくて、その仕事を通じて働く者が本来発揮できる力を摘み取るという点で残酷な仕組みだと思う。
だから、仕事以外のものに(家事労働もしかりだけど)、失われた「喜びや楽しみ」を見出さざるを得ないこととなる。

ハンドルの遊び、自転車のチェーンのたるみ、必要な「遊び」がなくなれば、人が劣化することも、また然りというわけだと思う。
たまたま見たバラエティ番組の芸能人の話に触発されて考えるのも、これも「遊びこころ」の一つではないかと・・・

|

« さくら散歩 | トップページ | 買い物依存症 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

政府や企業にとっては、「遊び」は「金を使ってどこかに行く」だったりして欲しいのでしょうが、僕はそんな「遊び」はそんなに興味がない。「遊び」なんぞ「金なんぞ」「1円も使わないで」できる物なのだ。

そんな気持ちのない「遊び」はただ単に「ブームにのって金を消費」しているだけじゃないかなぁ・・・ははは。

投稿: マミケン | 2016.04.08 15:30

日常生活の中の遊びについてときどき思うのは、例えばスーパーのいろんな即席めんがあって、それこそいろいろあるけれど、何が一番美味いのか?全部試してみようかなどと物色して、結局は何も買わなかったり・・・
そういう、ある意味つまらない事に楽しいと感じるときが、自分にとっては「これは遊びだなぁ」と思うのですね。
もっとも、そういう遊び心が出来る日も出来ない日もあるのが暮らしってものでしょうけれど(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2016.04.10 23:56

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« さくら散歩 | トップページ | 買い物依存症 »