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2016.03.13

3.11に思う

3月13日(日) 忘れないこと

3.11の東日本大震災と福島原発事故から5年。
テレビや新聞で特集番組が組まれ、震災復興の遅々たる現在やいまだ収束には程遠い原発事故の状況が伝えれれている。

5年前のあの日はどうだったのか。
職場で仕事の話をしているとき、ゆっくりとふらり~と揺れたのを「めまい」かと勘違いし、その後テレビ報道で津波により民家が押し流されて行く光景を目の当たりにした。

「地獄よ、地獄のような状態よ」とYさんが呟いていたのを思い出す。
津波の甚大な被害は福島原発にもおよび電源が喪失しメルトダウンを起していた(というのは後で発表されたが)。

白煙が昇り原子炉が爆発を起こした様子は、未曽有の核物質汚染が拡散されるのではないかと、末恐ろしい、まるで日本中が放射能汚染列島化するのではないかと恐怖した。

もっとも「放射能による人体への影響はありません」と繰り返すメディアや専門家の言辞に、そうであってくれたらいいが、もしかしてチェルノブイリの二の舞か?本当か?と懐疑的にならざるをえなかったものだ。

あれから5年。
災害復興は少しづつ進んでいるところもあれば取り残されているところもあるようだ。
原発事故も今だ故郷に帰れない人、避難先で暮らすのを余儀なくされ、放射能に汚染されたがれきの山、増え続ける汚染水のタンクをみるにつけ、ほんとうのところ解決の糸口すら見出すことができていないのではと思ってしまう。

そういう現状をニュースで知るほどであるが、一方では5年にして「風化」という言葉が聞こえてくるのには、なぜだろう?と思ってしまう。

あの東日本大震災と原発事故を見た時の、自分の記憶や風景や思いを、どう心に刻んだのかということが、今も大切だと思っている。

一瞬にして家も家族も想い出の数々を消し去った事実にたいして「普通に暮らせることの尊さ」を心に焼き付けた。
「生きて暮らせることの意味を問いかけた」それが自分の記憶に残り続けていることなので、命の尊さや人と人との「絆」の尊さは、経済の繁栄とか金儲けなどには比べようのない大切な事であると心に刻み込んだ。

原発の事故によって、故郷に住めなくなること、計り知れない放射能の汚染が人の身体を傷つけ、増え続ける汚染物、汚染水の処理もめどの立たない、いやそればかりか核廃棄物の処理すら確立していない「核の平和利用」としての原発が、はたして自分たちの暮らしを豊かにするものなのか?そうじゃないだろう!と強く思った。

そういうものを心のなかに、たった5年しか経ていないけれど、忘れてはならない事として、記憶に留めなければと思っている。

すっかり過去のことのように、東日本の大震災だった、と忘却の彼方に押しやって、損得勘定で「経済、経済・・・」と、人の痛みも忘れてしまっては。
原発の安全神話がまったく嘘八百だったのを忘れて、原発再稼働を再び「安全神話」に委ねるのも理解しがたいところである。

豊かに暮らすことの大切さをそれぞれが学んだのが5年前の3.11。
もとの暮らしに戻れるよう「人と人との絆を大切にし」、ふたたび原発の事故が起こらないように、原発を廃棄する道を歩もうと心に刻んだはずだと思うのだが。

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コメント

今、推進派も「原発大賛成!」とは言わない。推進するなら「声高に」そう叫ぶべきである。「うやむやのうちに」原発を再稼働させたい奴らが「渦巻いている」。

それも「表向きは、そうでもない」と言う顔をして・・・「地震国日本」で「100%安全な場所」など皆無なのになぁ・・・

投稿: マミケン | 2016.03.14 15:03

震災直後はどこもかしこも「脱原発」と言ってたけど、昨今は「ベースロード電源」って「脱」の字も言わなくなった。
原発マネーが飛び交い懐柔も利得も・・・昨年の夏は原発は一基も動いていなかった。原発0でも成り立っていたのに、おかしな話ですねぇ~。

投稿: ちょっと一休み | 2016.03.14 23:40

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