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2016.02.25

見て見て聞いて症候群

2月25日(木)自己肯定力ってことかな?

LAINのグループのお一人が「入籍しました~」と報告があった。
グループのそれぞれから「おめでとう~」と可愛らしいスタンプ付で返事がいっぱい。

日頃疎遠だと、たまにこうしたおめでたい話は、ひと足先に春が来たようなものだ。
結婚!自分はもう何十年も前の出来事だけれど、人生は月並みの真実だが山あり谷あり!
どんな暮らしが待っているのかな・・・

情報を発信するのは、少なからず自分の存在認知行為となるもので、聞いて!聞いて!と訴えるものに他ならない。
「入籍したよ!」とLINEで報告するのは、そこに共通の「幸せな気分」が確認出来ることだから、こうしたものは事実の上に成り立つ出来事といえる。
だから、こうした話を発信するのは、ごくごく自然なことである。

ところが、ことさら自己主張を発信することに、存在価値を見出している場合も少なくない。
見て!見て!聞いて!聞いて!自分はこうした、ああした、こう考えた、こんなモノを作った・・・

「自治体に爆発物を仕掛けた」という人物がテレビに登場していた。
弁護士が、役所が・・・いろいろ理由をのべながら、自分を肯定していたが、実に社会にとっては困った情報の発信である。

SNSや情報発信が手軽にできるというのは、善も悪もつまらないものも、つまらなくないものも、ありとあらゆるものを発信できることに他ならない。
ネットが簡単に犯罪行為に利用されるかと思えば、ひた隠しにしていたことが衆目の知ることとなる。

いったい、何が楽しいのだろうと疑問に思う。
ある意味、問題行動というのは、典型的な自己注目行動に他ならない。
問題行動でなくても、自分はここにいる!その自分に注目して欲しい!という欲求行動だと考えると、とてもよく解るし、自分を肯定する力がいかに不足しているのかがわかる。

何も表現などしなくても、人は生きて暮らしている、という事実だけで十分ではないだろうか。
それ以上に、何を他人に求めるのか?いや他人に求めるものが何かを理解していれば、リアルな社会のなかで解決できるのだけれど、見て!見て!聞いて!聞いて!と自分の存在をアピールしても、空しい自分の自己表現となってしまうのである。

ネット社会の「劣化」の一端だと思っている。(見て見て聞いて症候群は勝手な造語です)

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

幼児の得意技は「おかあさん、見て!見て!」である。近頃はネットで「大人」がこれをやっている感じがするなぁ・・・「ネットだけ」が「全世界」になっちゃうと「そこで目立つ」しか「生きがい」がなくなっちゃうみたいに、僕は感じます。

投稿: マミケン | 2016.02.26 09:04

「見て見て聞いて・・・」も、ほどほどの自己主張ならば愛嬌もあっていいが、そこに全精力を傾けた思い込みがあると、客観的なものの見方ができなくなると思っています。
この自分のブログなども自己主張の一端ですが、たかがブログ、たかが自分って立ち位置なんですね。

投稿: ちょっと一休み | 2016.02.28 21:01

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