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2016.02.28

有閑手芸

2月28日(日) 休日、暇であること・・・

Photo

「しまった!古紙回収の日だった」あわてて飛び起きて新聞、雑誌、チラシを束ねる。
束ねる仕事は自分、回収場所へ運ぶのは妻。

「重い仕事をなぜ私?」とぼやく声がきこえるが、長年の作業の棲み分けはいまさら変更もおかしなものだと説明する、いや言い張る。

簡単な朝食を済ませると、おもむろに端切れや材料の入った箱を広げ、手芸を始める妻。
その様子を見ながら、洗濯機をまわし、昨夜の食器の洗い物をする。
「おかしくないかい?」と言うが意に介さない。
まあ、これも家事の棲み分け、先ほど自分で言った「棲み分け論」が返ってくる。

発砲スチロールの球を半断し、着物の端きれを半球に器用に縫い合わせてゆく。
それを元の球体に縫い合わせて、幾つも吊り下げる飾り物のようだ。
そのまま居座ると作業を手伝ってと言われかねないので二階に避難する。

同じ「作業」ならば、革細工のほうが楽しいので、Ipod nano用に使っているイヤホンケースを作ることにした。Photo_2

革の端きれも、糸もホックも在庫はたくさんある、ただ用途にあった厚みや色は、余り物工作の域を出ないし、丁寧ではないから出来栄えは「ますらお工作」ってことだ。

こういう手芸品の仕上がり具合でいったら、妻のほうがはるかに上手いと思うが、そこはほれほれ何事も「棲み分け論」。

【有閑:】をひもとけば、生活に余裕があって暇なこと、と三省堂の国語辞典にでてくる。
暇人なのである。
暇人を地でいけることを、実にすばらしい事だと考えるようになってきた。
もちろん財力があるわけではないが、布きれや革きれ程度を買う余裕はある。

「暇であること」すべからく、喰って寝ること以外は暇人の所業だと思う。
本をよむことも旅することもスポーツすることも、芸術だって暇人の所業なのである。
そんなところに「命をかけて」どうすると思うが、喰うことや寝ることにこそ、命を張るってのが生活するということだと思う。

こんな有閑日曜日を過ごしていると、この先の残り少ない「未来予想図」が見えてくるように思う。
元気でさえあれば、きっと、ちまちまとストーブで暖まりながら、老眼鏡ごしに、布きれ革きれなどで、何かを作っている姿・・・

飾り物が無性に好きな手芸、実用品が無性に好きな革工作、同じ作るにしても方向性の違いという棲み分けが、死ぬまで続くのだろうなぁ~、暇人万歳なのである。



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コメント

芸大時代の知り合いの「画家夫婦」に会ってきました。「夫婦」で画家ってどうよ?と聞くと「まぁ同じ物を見ているから、分かり合える部分はある」と年上の奥さん。

お互い違う場所で「まるっきり違う絵」を描いています。「趣味の世界」になると「それが当然」です。

投稿: マミケン | 2016.02.29 15:24

生まれも違えば育ちもちがうから、人の嗜好はそれぞれですね。もっとも、よく似た趣味があれば楽しい会話もできるが、違いも解るから、そこら辺りをどんなふうに切り結んでいるのでしょうかねぇ~??ははは。

投稿: ちょっと一休み | 2016.03.02 00:13

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