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2015.12.24

師走の日記

12月24日(木) ちょっと休憩してたこのところ・・・

テレビから「今年の墓碑銘」の映像が流れる。
ほとんどが自分と同じ時代か、もしくはそ以上の歳月を活躍した著名人ばかりだ。
こうした知ってる名前で伝えられる「死」という現実に、「ああ自分もいつか終焉を迎えるのだろう」と複雑な心境になる。

■師走は忙しい。
ちょっと風邪気味にもなった。冬至の日に「ゆず湯」につかり、かぼちゃも食べたが少し遅かった。

Img034その冬至の日に久しぶりに「和力」の公演を見に行った。
恒例の「暮れの打ち逃げ」。日本の伝統芸能、三味線、太鼓、笛、舞と、舞台に近い席。
ある意味、非日常の異空間。
師走の忙しさとは逆の時間が流れた。

特別ゲストの「三宅島芸能同志会」の方々の打ち込み太鼓は迫力満点で、なるほど「聴き手の身体に音を入れる」と紹介されてるそのものだった。
久しぶりに演奏に興奮を覚える。

■今年は孫と娘がちょくちょく里帰り。
孫の成長に目を細め、その一挙手一投足に成長を感じる。「ありがたいものだ!」と感謝する一年。時々会うだけだが、なぜか良くなついてくれ、「抱っこ!」と両手を広げるしぐさには可愛さ満点。嬉しいものだ。

■年賀状をやっと作り終える。
ブログの延長のような年賀状となり、あらためて文章力の無さを悔やんだりして・・・
年賀状も誰に出すかと悩むよりも、どうして断るのかに悩むのが世相のようだ。
この風物詩も、この先何年続くのだろうか?メールや写真や動画や日常的にコンタクトがとれる時代になって旧交をあたためる必要もなくなったのか。それとも日々があまりにも多忙になったからなのか。

■読書記
良寛さんの本や仏教の本など何冊か読んだ。吉本隆明「良寛」、水上勉「良寛」など。
水上勉の暗い暗い地底のような作品は性に合っている。
「雁の寺」「越前竹人形」「一滴の力水(不破哲三と共著)」独特の世界だと思う。
独特といえば瀬戸内寂聴「釈迦と女とこの世の苦」も釈迦をとりまく女性の話で、2500年前の女性の苦に焦点があてられている。
あらためて図書館に感謝する師走である。

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コメント

毎年「年賀状の意味」は考えまする。多い時は350枚書いていましたから・・・近年は「会える人には手渡し」と決めて1枚つき『52円』儲けてま~~す。ははは。

もっとも、年賀状は「お互いの生存確認」的要素が多く。年齢を重ねるたびに、その色彩は濃くなってくると思えまする。

年賀状を整理していると「これ誰だっけ?」という年賀状もありますが、僕の場合「公園散歩」でも100枚は配っていますので「名前なんか知らない知り合い」が多いので、そのまま「返信」しています。ある年齢から「年賀状の相手」は「減って当たり前」になりますから・・・・

投稿: マミケン | 2015.12.25 10:27

年賀状をどう考えるのかは各論ありますね。
過っては職場内の年賀状は「虚礼廃止」と言われた時代もありました。義理チョコならぬ義理年賀状は減少傾向でしょうか(笑)
今は出す人5割、一人の平均枚数は40枚というのが年賀状事情のようですね。
季節の風物詩として好きな慣行ですが、出す人出さない人・・・それぞれの価値観であれば、それが自然なことかも知れませんね。

投稿: ちょっと一休み | 2015.12.27 00:58

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