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2015.11.09

道楽の話 ①

11月9日(月) 立冬過ぎても暖かい日

「あさが来た」(連続テレビ小説)のヒロインの夫新次郎は稼業に精を出すこともなく、旦那芸に日夜いそしむ姿を見ていて、今ではあまり使われない「道楽者」という言葉を思いおこします。

もっともドラマでは、あさの良き理解者でしっかり愛情を注ぎ込んでるから、微笑まし立ち位置になってるが、モデルとなった白岡浅子の夫はやっぱり芸事に秀でた人物だったようです。

同じ道楽者でも「まれ」の父とはずいぶん評価が異なってるのは、芸事に身を投じることのできるほどの豪商家に生まれたからでしょうか。
道楽とは「本来の職以外の趣味にふけること」というのがその意味で、遊興にふけるという、どちらかと言えばあまり褒められた言葉ではなさそうです。

が、これを「趣味に没頭する」と言い換えれば、ああ趣味に生きがいを見出しているんだと好意的に解釈されるわけです。

話は変わりますが、私の両親はほとんど趣味らしい趣味など持っていませんでした。
田舎の百姓出身で田畑を耕すことが生活の時間の使い方でした。満州開拓団で大陸に渡り、当時は「分村」政策で家も田畑も売り払い、開拓団員として行ったので、敗戦によって母は幼い長兄を連れ着の身着のまま引き揚げ、父はシベリア抑留から日本に帰っています。

土地も家もすべて失った再出発は、本家の納屋を借り、改造した小屋から始まったと聞きました。
まだ私は生まれていませんが、生きるためには農業をやること、農業から中小都市へ住まいを移し、町工場で両親二人働くことが、四人の子どもたちを育てる術でした。

そういう暮らしのなかでは、趣味などというものは文字どおりの「道楽」だったのでしょう。
親の暮らしぶりというものは、子どもにも少なからず影響をあたえるものです。
自分の食い扶持は自分で生み出すもの、「働かざるもの食うべからず」と父親はよく言ってたものです。
だから、文学とか芸術などという代物の痕跡など家中探せど何もなかったのが幼少の頃でした。

そういう家庭環境でしたが、高校に進学した頃に筑摩書房から出た「太宰治全集」を父にも兄弟にも言わずに買ってくれた母親には、まるで場違いで何か間違えたのではと思うほどの事でしたが、今思うと何ぜ買ってくれたのだろうと不思議でたまりません。当時の家計からしても少額の買い物ではなかったはずなのです。

こういう話を書くのは、「道楽」というもの、趣味というものへの拘りがやはり親の生き方から反映しているのだろうと、生きる術とはかけ離れた文学とか芸術というものに、いつもどことなく「後ろめたさ」を持ちつつ、その反動で自分は無趣味で一生は終えないという思いにもなって行ったような気もします。

小沢昭一さんの著書だったと思いますが、その中に「河原乞食考」というのが、たしかあったと思います。
芸ごとにたずさわるのは、なにも立派で偉いものではなくて、生きて生活する、仕事をするということからすれば、所詮は「河原乞食」にすぎない。

と、そういうふうに自分は解釈したのですが、正確かどうかはわかりません。
芸能人、スター(死語ですが)、アイドル・・・憧れの職業のようにもてはやされてる今ですが、所詮は「河原乞食」という考え方が自分のどこかにあって払拭できないのですが、ある意味アナクロニズムでもあります。

もう少し拡張して、これは誰からも受け入れられないとは思いますが、小説家や音楽家や画家や詩人ですら、本質的には「河原乞食」の範疇に入るのだと思っているのかも知れません。

人間の想像力を表現する作品を生み出していることの意味を台無しにするような言い方なので、「喝!!」となるのでしょうが、だけども、一方では「だから、それがどうした!」という思いも沸々と湧きあがってきます。

「表現する」ということは素晴らしいことではあるが、ごこごく普通に暮らしている人々は、仕事に精をだし、生活に精をだし、生きることを立派に「表現している」じゃないかとも思うのです。

「表現する」それも価値あることだとは思うが、表現しようがしまいが、どこに違いがあるのでしょうか・・・
どこまで行っても「趣味」あるいは「芸事」あるいは「芸術」も「道楽者」の行為なのであって、特別なものでもないと思っています。

そういう思いの上にたって、初めて人が趣味を持つこと、いろんな生きがいを持つことの意味が出てくるのじゃないかという思いです。
無趣味で楽しみ事は仕事でしかないような、日々精一杯生きることだけで人生を終えた両親の生き方そのものが、自分には「芸術家」であり、ある意味「道楽者」だったと思えてなりません。

「道楽」の仏教用語には「仏道修行によって得た悟りのたのしみ」という意味があるようです。
 (つづく)

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コメント

明治、大正の世(あるいは昭和初期、戦前、戦後もそうかも)では「芸大に入るのに勘当された」と聞きます。「食えないし、世のためにならない」と言う評価だったのでしょう。

芸術家が「市民権」を持ったのは世の中が豊かになった「昭和40年代」でしょう。

父上の話、ぜひ「小説」に。一休さん以上の「小説」は誰にも書けないはずですから・・・「1つの息子の仕事」でしょう。本人が喜ぶか?は疑問符ですが・・・

投稿: マミケン | 2015.11.10 09:25

親の生きた時代、苛酷な時代といわれるその時代のほんとうの姿はどうだったのだろうか?
そういう思いを持って、実にスローペースですが、少しづつ知ろうと努めています。
いろんな人がノンフクションや小説で書いています。まだまだ知らないことの方がたくさんあります。

投稿: ちょっと一休み | 2015.11.11 23:33

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