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2015.10.22

寛容のこころ

10月22日(木) ドラフト会議の日

プロ野球ドラフト会議、育成選手も含めて116人の選手が各球団に指名されました。

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で、中日ドラゴンズには小笠原慎之介投手始め12名の指名、その小笠原投手を「外れ一位」と報道されるけれど、この言い方はどうも好きになれないですね。

なにか「残り物」のような言い方、それぞれ指名され新しい「社会」での出発なんだから、もうすこし「頑張ってね!」って気持ちが伝わる言い方にして欲しいと思うんです。

さて、それはさておき、このところ人間関係のすきま風のような話ばかりが増えて、もう少し人ってのは寛容なこころを持てないかと思う事しばしばです。

友人の言葉を借りるならば「机を丸く拭くか四角く拭くか・・・、それが大問題になる、大問題になってしまう「心の隙間風」ってことです。
丸く拭いている、許せない!と、こういうことで、大問題になってしまう。

批判する。
言う方は正義の気持ちってことだけれど、会話が成立しないので対立関係だけ際立って、もうそれが人格批判になって、挙句の果ては、罵詈雑言となるのも少なくない。

批判するということ、非を指摘することは家庭でも職場でも人と人が関係すればありえることだけれど、机はきちんと四角く拭けば拭き残しもなくなるよねぇ~というだけの話。
けっきょくは、その相手への真摯に対応するという気持ちに欠けてるってことでしょう。

こういう局面は、なんだか社会の隅々までよく見られることがらで、机を拭くレベルならばどこかで修復できる意見の違いですむけれど、万事「我が正しい」と一刀両断に聞く耳を持たない主張には、いやはや寂しい限りだと思えてしまいます。

協調性、譲り合い、寛容の心、アバウトな生き方、そういう余裕すらこの社会は許さないのでしょうか?そういうものとは無縁の「強靭な人」たちだけが、この高度に発達した社会を築いているのでしょうか。

心が折れたり傷ついたり、そういうものに人はもう少し、憐みでも慈悲でもいいから、寛容になって、心を寄せることができないものだろうかと思うのです。

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コメント

「元総理大臣の孫」と言うだけで、「馬鹿でもなれた総理大臣」など、その象徴ですね。本気で「下の人」のことを考えない。「自分は間違っても戦争の最前線に行かない人間だ」と思っている。

投稿: マミケン | 2015.10.23 09:09

この元総理大臣って〇信介。
先日、シベリア抑留に関する本を読んでいる先輩が、こんなことを言ってました。
敗戦時、満州で捕虜となった日本兵の処遇について、当時のソ連にたいして、どのような処遇をしてもよいという日本とソ連との密約があった(その結果シベリア抑留)。
その密約の日本側の当事者が、この元総理大臣だったと。
事実ならば戦争責任っていったい何だったのか、歴史を正確に知ることが必要だと思いました。

投稿: ちょっと一休み | 2015.10.23 22:25

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