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2015.10.02

秋いろいろ

10月2日(金) 庄内緑地公園にて

♫~うす紅の秋桜が秋の日の
  何気ない陽溜まりに揺れている
  此頃涙脆くなった母が
  庭先でひとつ咳をする

久しぶりにきた庄内緑地公園の秋桜(コスモス)が風に揺らいでいた。
もちろん庭先ではない。ほんの少しの風にも大きく揺れるので、カメラにも撮りにくい。
山口百恵の「秋桜」ちょっと口ずさんで、母はもういないけれど、どこかの見知らぬおばあさんが、ゆったり歩くコスモス日和の秋。

015

どんぐりがうるさいほど道に落ちている。自転車のタイヤに踏まれて「ピキィッ」と音をたてる。
どんぐりの声なのだと思う、いや悲鳴かな。大きな木の根元の苔と落ち葉のそばにどんぐりが一つ。
一枚撮ってみるが、ほんとうは、どんぐりの向こうの自転車を、申しわけなさげに入れたのが味噌なんだと思う秋の日。

017

木漏れ日が優しく輝いている。
ギラギラした夏のそれと違って、穏やかなのがいい。木の葉が揺れるたびに淡い陽の光が強弱をつけて顔を出す。
そういう時間の流れに、どっぷりとつかって、ぼんやり過ごすのも秋の日。

021

木漏れ日の下のベンチに腰かけて一息。
いつ来ても変わらない公園風景、なにも変化のあることばかりがいいわけじゃないと。
秋の日の公園は、ほんのちょっぴり寂しげなところがいい。
「わいわいがやがや」小学生の遠足の列がやってきて、物憂い秋の景色が、生き生きとした色に塗り変った。
現代の「荒れる小学生」の姿はどこにもない秋の日。

027

風景というものがある。木々や花や虫たちや、人間だって。
風景の中に息づくそれらを感じるときに、たまらなく風景の素晴らしさを思う。
野鳥の生息する公園である。そうした珍しい鳥ではなくても、どこにでもいるスズメの集団が鉄塔のうえで休んでいる、そうした雰囲気がいい。
いつでも、どこでも見ることができる風景に、自然の息遣いを見つけて、ちょっと得した気持ちになるものだ。

031

現役を引退した身のはずが、なんだかんだと予定が入って、一泊輪行さえままならぬ最近。
日がな一日、朝から晩まで庄内川の堤防で、ゴロリと寝転んで過ごしたら、それはそれは極楽の境地に違いないと思うのは、生来が「なまけもの」の証拠だからか。
ぼんやりと空を眺めて過ごす秋の日が最高なんだけど・・・

そんなことばかり言ってるので天罰が下ったのか、帰り道に自転車の前輪がパンク。
あ~あ、またやっちまったなぁ~、いつものことだけど。
もう3~4年ほどタイヤ交換もしてないので、劣化、劣化、烈火のごとくタイヤが怒るってことか。

タイヤ二本、チューブ二本、合わせて廉価なママチャリと同じほどの出費。
「とほほ」な秋の日。

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コメント

名古屋から秋の気配をありがと~~~

投稿: マミケン | 2015.10.05 15:18

秋がもの寂しい気持ちになるのは、遠く昔の冬の厳しい生存環境を迎えるにあたっての不安や恐怖が人のDNAに刻み込まれているからだと、どこかで聞きました。
もっとも、冷暖房も完備して季節感も薄れた現代では、ちっとも寂しくないと言われるかも知れませんが・・・(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2015.10.06 22:30

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