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2015.10.15

秋思

10月15日(木) うろこ雲の空

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夕方の中村スポーツセンターの空に「うろこ雲」が広がっていました。
正式な名前は巻積雲といいます。空の高い所に発生する雲ですから、夕日が下方から光を当てています。
この雲、見られる時間は短くて、だんだんと消えて行くので、ちょっと運が良かったということです。

春ののどかな心もちを「春思」といい、それに対する「秋思」というのは、どこか秋のもの寂しい心もちを言うそうです。
秋の日暮れ時、短い時間に現れて消えて行くうろこ雲など、まさに「秋思」そのものだと思えてなりません。

もっとも秋がもの寂しいのは、これから冬に向かう季節、その厳しい冬を生き延びられるかという、太古の人間の心に刻み込まれたDNAによるものだという説もありますが。

夜の時間が長くなるこの季節です。
こうして空に浮かぶ雲に何をか思うことなど、仕事を終えた帰宅時間、いいえ残業ですっかり暗くなり帰路についていた頃にはありえまえんでした。
月が自転車にあわせてビルの上を並走し、街の灯りにぼんやりとした星が見える頃に家路に急いだものでした。

秋がもの寂しいという悲秋感覚は平安時代以降のものらしいです。
花鳥風月、自然の営みに心を投影した貴族文学が、その象徴のように言われますが、そうした自然への関わりそのものが、変りゆく暮らしのなかで薄れてきた現代です。
もはや、そうした自然の営みすら意識しないと感情としては捉えきれないのではないかと・・・

花鳥風月を詠うことすら、人為的な試みのように思われるなかで、だからこそ、そういう思いに新しい命を吹き込むことの難しさと、面白さがあるのだと、近頃思うのです。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

約10年前からですが、俳句はやっていて良かったなぁと近頃つくづく思います。散歩しながらでも、自然や風景を見る楽しさがあるんですね。俳句は無理やり考えません。風景を全身で受け止めるようにしています。俳句にするのは「機会がある時」だけでいいんです。僕の中では・・・

投稿: マミケン | 2015.10.16 08:56

自転車に乗って散歩している時って無心になるかというとこれがちょっと違うんですね。
いろいろ考えが浮かんできます。五七五と言葉を作ることも、懐かしい歌を口ずさむことも、政治や人間関係に思考がめぐることもあります。
机上での思考よりも、はるかに思いが広がるのは脳が活性化するからでしょうか?面白いものです。

投稿: ちょっと一休み | 2015.10.17 23:49

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