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2015.06.25

車選び

6月25日(木) 紙とディスプレイ

Photo

紫陽花の茎のもとに、一匹のアゲハチョウが死んでいた。
まだ羽もきれいだし、死んで間もないようだが、死因はわからない。
この花壇には毛虫もいっぱいいたし、蝉の抜け殻や幼虫もいたから、せめて死ぬときは生まれ故郷の土に帰りたいという、蝶の思いだったのだろうか。

10年ほど経つ妻の軽自動車も、あちこち傷んできて、そろそろ買い替えたいと言う。
買いたいのなら自分であれこれ調べたり探したりすればいいものを、パンフレットを取り寄せてくれという。

ちょっと面倒なので、しばらく知らんぷりをしていたら「ちっとも、その気になってくれない!」と文句も言われるので、ご自分の車でしょ~と腹のなかでは思いつつ、ネットなどで調べてみた。

ディスプレイ越しの写真というのは、なんともまあ平面的で質感のないものだろうと、つくづく思う。
冒頭の紫陽花の写真だって、ほんとうはもっと質感が感じられるものだけれど、こういうところにもネットの世界の無機質感が表われていると思えてならないが・・・

友人の自動車屋さんに頼んでパンフレットを取り寄せてもらうが、最近はパンフレットよりもネットで購入車を調べることのほうが多いので、昔のように「パンフレット」は重鎮されないようだ。

しかし、たしかに「パンフレット」の写真のほうが現実感が湧いてくると思うのは、やはり一昔前の感覚なのだろうか。

まあそれは良しとして、選び方が問題だ。
「可愛い車がよい、カッコ良いのがいい」という、見た目がよければ、あとは四の五の言わないというのが基本らしい。
あとはCDが聞ければ十分だと、いたってシンプルな発想は、自宅と駅までの数キロの往復と買い物程度なので、可愛く格好よければ問題なしだそうだ。

ある意味、たかが軽自動車だからという、執着心のなさなのだろうが、それでも見た目は気にするらしい。
車など乗れればよいという人もいれば、とことんこだわる人もいる。
人間の思考というか嗜好というものは、可笑しなものだし、それも多様性のひとつということだろう。
それにしても、執着心があるのかないのか、よくわからない車の選び方だ。

問題は金額にある。
十年前とはいささか値段が違う、その違いに「う~ん」と考え込む。
考え込むのは妻のほうで、予想よりもやっぱり高いのだ。
僕は対岸の火事のように、物価も上がってるし、税金も上がってるしと思うが、ちょっと可笑しく思えてくる。
「う~ん」と唸って「やっぱり、もっと安い車じゃないとだめだろうか」とあきらめ顔。

我が家の車だけれど、他人ごとのように思われて、やっぱり可笑しい。
あまり可笑しいので、じゃあ予定の金額を超える部分は、コツコツと貯めた自分の財布から出してあげようか?というと、少し顔もほころぶ。

ほんとうは同じ家計のことだから、変りはしないけれど、なんとなく車の金額と欲しい車のあいだの微妙なバランスがとれたようだ。

もう、これが最後の車になるかも知れないし、よく頑張って働いているので、気持ちよく乗れる車が一番なのだろう。
あまり理屈は必要の無い車選びという話である。

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