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2015.02.11

夜の街歩き

2月11日(水) 夕食後のウォーキング

風もなく寒い2月でもちょっと暖かいと思う日。
夕食後に夜の街をウォーキングしようかとなった。

1キロ歩けば1キロダイエットできるとでも思ってるような妻、元気よく両手を振って歩く。
自分はといえば腕組みしたり、あたりを見回したり散歩の延長のような歩き。
遅いので遅れがちに歩くと、ロボットの操縦桿のように後ろにつくなと引っ張られる。

通りの裏の細い路地を歩く。
街灯もない道は家の灯りがなければ真っ暗で、昼間の雰囲気とは一変する。
大きな屋敷は人気がないと静まり返ったように黒い一画となる。
小さく区画された建売住宅のダイニングの灯りひとつがこぼれていれば、なんとなくホッとする。

夜の街も、こんな裏路地に入れば、騒音もなく、ときどき漂ってくる食事の匂いが、下町の情緒に思われるから不思議だ。
畑がある。まだ春には早い田んぼもある。
遠くにコンビニの灯りがついている。「あれぇ、こんなところにコンビニがあったかしら」
「あれぇ、家がなくなって更地になってるわ」
このあたりは、妻が生まれ育った町だから、久しぶりに歩くとその変りように気がつくらしい。

ときどき自転車で通る道だけど、夜の街の雰囲気は昼間とずいぶん違う。
新しい住宅がたち、田んぼが駐車場に変り、コンビニもできている。
古い長屋は取り壊されることもなく、人の住む気配もない。

銭湯の温泉マークの赤いネオンがつき、暖簾のむこうに大人と子どもの靴が脱ぎ捨てられている。
大人420円の入泉料。安いのか高いのか、毎日ともなればやはりいい出費となる。
中村区はまだまだ銭湯が残っている。それを必要としてる人もいるのだろう。
けれども、なんだか、ちょっといい時間が流れているような気がした。

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コメント

ウチの近所でもやたらコンビニができてます。何か「コンビニ以外のお店」は勝ち残れない世の中になってしまっているのでしょうか?

ブラリと「知らない銭湯」に行くのも、「ご当地」が見れて面白いですよ。湯ざめするから冬はお勧めしませんが・・・

投稿: マミケン | 2015.02.12 11:24

内風呂など少ない時代は「もらい湯」がありました。それから「銭湯」の時代に変り、今日では風呂もシャワーも当たり前になりました。
子ども時代は父親が作った五右衛門風呂で、風呂焚きも子どもの仕事でしたね。
銭湯といえば神田川の想い出、大きな湯ぶねに浸かると本当に温まり、冬の帰宅道が寒かったですね。
ぜ~んぶ昭和という時代の想い出です。

投稿: ちょっと一休み | 2015.02.13 00:05

高齢者が多い地域に住んでます。救急車を呼んでいた家が取り壊され、駐車場になりました。我が家から見える範囲で同じようにして小さな駐車場が3ヶ所増えました。もうそろそろ飽和状態では・・・。他に知ってるだけで近所には空き家が2軒。我が家もおそらく数十年後はそうなってます。村も町も風景はどんどん変わりますね。

投稿: 杉山 | 2015.02.13 17:59

どんどん変わっていますね。
中村区も高齢者が多い区で、独りぐらしの方も多いから、そういう家は修繕もままならず、空家になれば朽ちて行くばかりです。
先日、テレビでNPO法人の運営する「生活バス」を紹介していました。ひきこもりを防ぎ、お年寄りの交流のバスになって元気が出ると言ってました。
地下鉄の敬老パスなど、実に先駆的だったわけで、今はバランスの悪い街作りの社会だなぁと・・・

投稿: ちょっと一休み | 2015.02.13 22:18

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