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2014年11月

2014.11.30

自転車かついで、列車に乗って ②

11月30日(日)旧中山道をエンヤコラの旅路

♪ 命みじかし~恋せよおとめ~

あれよあれよと言う間に今年も残すところ一月となり、そうして歳を重ねて行く・・・重ねたくもないけれど、重ねるのも悪くない(笑)


旧中山道・峠と地図

もともと諏訪湖を自転車で一周してみたいという思い付きだけだった。
自転車の旅人が何故か好むのは半島をぐるり、湖を一周といったものだが、これはエンドレスに続く全国各地の道のなかで、もっとも自己完結しやすいからだと思う。

諏訪湖一周するために、中央本線に乗って塩尻で乗り換え、上諏訪駅あたりから、のんびりと自転車ぶらぶら・・・が当初の予定だったが、そういえば旧中山道の塩尻峠を越えるのも面白いと、これも思い付き。

地図を広げる。もちろん旧中山道のコースなど、現代版の地図には載っていない。数年前に奈良井宿に友人らと観光で行ったおりに買った、「ぶらり中山道(松山達彦著)」の該当コースを見比べるが、もうひとつ現実感がでてこない。

見知らぬ土地の土地勘をパッと理解できる人もできない人もいる、もちろん自分は後者だが。
昭文社の25000分の1の地図を買い、調べて見ると国道20号のルート上に「中山道」と表記されている。いやいや、知りたいのは「旧中山道」の塩尻宿から下諏訪宿の旧街道なんだが・・・

まあ、それでも、この二つを重ね合わせれば、なんとか峠を越えられるだろうと思う。
その昔塩尻峠は険しい山道で「追いはぎ」も出たと、ものの本に書かれていた。国道をビュンビュン車が走るこの時代、「追いはぎ」なんているわけないが、それでも「峠」という文字がつくと、やっぱり大丈夫だろうか?と思ってしまうものだ。

中央線「塩尻駅」

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【塩尻駅前、寒い日だったなぁ】

塩尻駅で朝の珈琲を飲む。ついでに今日の天気と寒さはどうかと店の方に聞く。
「昨日は少し向こうのなんとか町では雪が舞ったらしいですよ」と。

実は出発する前日、日本列島はこの季節一番の寒波が到来し、北の国では降雪もあった、とニュースが伝えていた。

妻に「寒波よ寒波よ、ほんとうに出かけるの?」と言われると、峠越えなんて無理かなぁ~、若くもないんだから、と挫けそうになったが。
峠越えの最中に雪が降りだしたら困ったものだと思いつつ、ちょっと寒い塩尻駅で自転車を組み立て、出かけることにした。
防寒対策だけはしっかりしたつもりだった。

自転車のスピード

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【旧中山道、写真の隅に自転車を入れてみる】

「速く走る」「ゆっくり走る」。
塩尻駅から地図をたよりに「旧中山道」の道を走ると、しばらくはゆるやかな勾配の道が続く。

ロードバイクなら気にもならないけれど、小径の折りたたみ自転車のブロンプトンなので、多少の上りも気持ちはのんびり一人自転車旅。

今回は知らない土地の知らない道、おまけに寄る年波と体力を考えると、余りあるのは時間だけ。
なので、ほとんど歩くほどのスピードと何度も道端でとる休憩だった。

競輪選手のように颯爽と走る若者の自転車。いつでもどこでも見かけるが、あれは見ているだけでも楽しいスタイルだと思う。
そういう自分は、普段の街乗りで、平気でシティサイクル(ママチャリ)に追い越される。

ただ自転車という乗り物は、颯爽とスピード感にあふれた走り方もできるし、自分みたいにギコギコしながら走ることもできる。その幅の広がりが面白い。

何ごとも、その楽しみ方であって、人それぞれ速くもよし、ゆっくりもよし、ってことだと思うので、もう自分は歳と体力を考えると「速く走れない」という現実があるだけだ。

先日、「黄葉まつり」に出かけたときに、10歳も15歳も若い方は、ビュンビュン走れる、そのスピードについて行くだけで必死だったが、老いと若さというのはそういうものだ。

塩尻峠へ

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【道は新しいが、かっての街道筋だったのだなぁ】

とにかく時間ばかり費やした道程だった。

わずかな坂道もやっぱりエンヤコラ。平たんなところは自転車に乗って、勾配があれば素直に降りて、歩いているのか走っているのかよくわからない。(笑)

地図、GPS、標識・・・それでも、この道が「旧中山道」なのかと迷う。迷ったら人に聞く。
「あのぉ、旧中山道ってこの道でよかったのですか?」こともあろうに、交通取り締まりの白バイ警官に聞いたりして。
「中山道って標識がでてますよ」職務中に大変失礼いたしました。

旧家らしき民家の多い地区に入ると、ほとんど上り坂ばかりである。庭に柿の木があり、美味そうな柿の実もたくさんついている。

振り返るといま来た塩尻市の町が遠くに見え、高度をかせいだものだ、よく頑張って走った・・・いや、自転車を引っ張ってきたものだと感心する。

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【振り返れば遠くに塩尻の町】

道も狭くなり、こういう雰囲気は「中山道」だなぁと思う。
あと1キロという標識に出会う。考えてみれば、この旧中山道のコースの要所々々に、ちゃんと「中山道」という表示があり、結果的にはわかりやすい道なのである。

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【道端に落ち葉、ところどころの紅葉も、これも中山道】

追いはぎにも、降雪にも合うこともなく、ひとり孤独に上る塩尻峠への道。(笑)
しかし、この最後の1キロはもうほとんど山道そのもの、よほどの健脚でなければ自転車で上り続けるのは難しいと思う。

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【右に行けば塩尻峠まで1キロ、雲も出てきた】

「峠」というのはそういうもの。その昔、参勤交代で江戸に向かった一行は大変だったろう、いえいえ、下諏訪の宿場を超えるとさらに難関の和田峠が待っているわけだから。

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【東山一里塚、昔は旅の行程の目安だったのだろうなぁ】

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【茶屋本陣:峠まで最後の急坂、古の旅の一行も休憩地だったと】

塩尻峠からの眺望

旧街道を訪ねるのはとても楽しい。ほとんど人と出会うこともなく峠の頂上に出る。
ここまで自転車を引っ張って上ってきたようなものだが、この眺望・・・

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【諏訪湖と街並み、この眺望・・・絶句!!】

諏訪湖の湖岸に貼りつくように広がる諏訪の町並、遠くには富士山も見える。
この風景が見たくて旧中山道・塩尻峠までやってきたようなものだ。
感激!!
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【遠くに富士のお山が・・・♪頭を雲の上に出し~】

妻に「写メ」でこの風景を送る。時間は午後になっていた。
すばらしく「無駄な時間」を費やしたものだと、普通の旅行計画ならば言うところだけれど、こういうエンヤコラと自転車を引っ張ってきたところに、充足感がある。

ちなみに面白い発見をした「熊出没注意!」の看板があり、ふむ、熊もここまで来るのかと感心した、そして気がついたのは歩いて上るよりも自転車を押しながら上るほうが楽なのである。
お年寄りが乳母車を押しながら歩くほうが歩きやすい、という理屈に似ている。(笑)

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【熊出没注意!】

さて、ここからは一気に急な下り坂を降りれば諏訪の町に辿りつける。
・・・という話はまた今度というわけで、ブログを書くのも疲れるなぁ~ (つづく)

Photo
【JR塩尻駅から上諏訪までの中山道走行(歩き?)ルート:23キロ】

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2014.11.29

自転車かついで、列車に乗って ①

11月29日(土) 輪行してみようと・・・

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【諏訪湖での自撮り記念スナップ】

11月の中旬、塩尻から旧中山道を走り、諏訪湖を一周する輪行の旅に行ってきた。

名古屋から特急しなの1号に乗って中央本線の塩尻駅まで輪行。塩尻駅から旧中山道をたどり塩尻峠を超えて諏訪湖へ行く旅だった。

火野正平「こころ旅」の真似ごと?

002_3朝7時発の特急しなの1号に乗るため久しぶりの早起き。遊びに行くためならば早起きも苦にならないどころか目覚めもスッキリという、子どもの気持ちがよくわかる。

「こころ旅の真似よね~」と妻が言うが、「学ぶ」の語源は「真似る」っていうから、もの真似も悪い事ではないと・・・、とはいえ、一人でコースを決めて荷物も抱えて行くので、仕事でもないし、スタッフもいないし、連れもいない。(笑)

「こころ旅」よりも、ずっと前から日帰りだけど自転車旅は行ってたのだと言い返すのも大人げないし、やはりもの真似です、はい。

ともあれ平日の出勤前に名古屋駅まで送ってくれた妻なので、ありがたい。
もっとも今回は「途中でトラブル発生しても迎えには行けないからね」とついでに釘もさされてしまったが・・・。

列車のどこに乗るのか?

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【名古屋駅ホームで、自転車置けるかなと不安な心もちで・・】

まあよく言われてるのは、列車に自転車を持ち込むので通勤帯の混雑は避けて、早朝か又は少し遅らせるのがよろしいと。
車両の最後列の座席の裏には隙間があるので、ここは輪行自転車の置き場としてはよいが、指定席がとれずに、心配しながら乗り込んで連結部の荷物置きスペースを確保した。
実はそれほど乗客が多いわけではなかったので、慌てることもなかったが、なにぶん慣れてないということは、心配性になるということ。

中央本線、木曽路の秋の深まり

Photo
【山間をぬうように走る中央線の車窓風景】

もう二週間も経った今は冬の気配がひろがりはじめているけれど、市街地を抜けて木曽の山並みが見え始める頃には、山の紅葉も見応えがあった。
「山笑う」というが、色とりどりの山を覆い尽くす秋模様は、これだけでも元が取れたような気がする。

「木曽路は山の中にある」と言ったのは島崎藤村の「夜明け前」の書き出し。高校生の頃読んだ小説だった。藤村と言えば「破戒」のほうに興味を持ったのは、まだ若く社会の矛盾に憤りを強く持っていた、そういう時代だったからかも知れない。
そんな、木曽路を走るJR中央本線に自転車を積み込んで、車窓から山肌の朝の光に鮮やかに浮かび上がる紅葉の風景を眺める・・・これは何物にも代えがたい気持ちだった。

シンプルな自転車の旅

自転車のテレビ番組は面白いし、自転車のエッセイや旅行記はどんな本も面白いと思う。
競技とかレースは別にして、自転車の旅っていうのは「どこそこを走った、あそこを走った」という、走っていること自体に面白味を感じるもので、どこの名所旧跡が良かった、食事がどうだった、ホテルは宿は・・・そういうのはオマケのような気がする。

だから、ただ単に自転車を走らせるのが至福の時のように思われ、それを至福の時と思えないと、こりゃぁ~辛いだけ。電気もガソリンも使わない自力走行だから、効率もわるく移動手段としては、けっして楽とは言い切れないわけだから。

旅の自転車

3年半ほど前に早期退職をして、その退職記念に折りたたみ自転車を買ったが、考えてみれば、けっこう「結婚25周年記念自転車」とか「自転車通勤開始記念」とか、あとでとって付けたような「○○記念自転車」が多い。

理屈をつけた「自転車欲しい病」のようなものだったけれど、退職を機にちょこちょこ自転車の旅をしてみたいという、旅など慣れていない自分の一大決心のようなものだった。
だから、小心者の気分は出来るだけ自転車を担いでいると悟られない、ごくごく普通の旅人の姿であることが必要だった。

旅の自転車といえばランドナーとかクロスバイクとか種類はあるけれど、前後輪外して袋に収めてもデカイのは「こころ旅」の風景をみてもわかるし、テレビでは映らないところで、組み立てたりしているのだろう。

まあ、そういう「輪行」らしくない自転車の旅のためには、日頃乗っているロードバイクの心地よさを犠牲にしてもやむを得ないと思った。

そうなると、小さな折りたたみ自転車となり、種類は限られてくるのだけれど、とにかく小さく折りたためる自転車がよい・・・小さく、小さく、できれば片手で持てる小型のボストンバックくらいに。
・・・そんな魔法のような自転車があるわけじゃない(笑)

という現実の選択肢で選んだのが、ブロンプトンという折りたたみ自転車だった。
およそ60㎝×60㎝×30㎝、13㎏ほどで中型の駅ロッカーに入ってしまうというもの。

昔、何かの粗品で折りたたみ自転車をもらったことがあったが、無茶苦茶重くて走るとすぐ疲れて、カーポートの隅に置いてたら錆びだらけになって、とても本来の持ち運び自転車とは言えない代物だったのを思い出す。ただの安価な「もどき自転車」だった。

凝り性というのは、時として浪費につながるものだが、思い入れが強ければ強いほど、また大切に使うということも言える。
塩尻駅に着いたのは朝の9時を過ぎたころだった。

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【塩尻駅にて朝の珈琲タイム、自転車も傍に】

※まだ旅日記の始まりの始まりだけれど、最近は集中力に欠けるので、パソコンの前に座るのがひどく億劫になってきた。
ごろりと横になって、小説を読みふけるほうが性に合うような・・・というわけで、続きというか、エッチラオッチラ中山道の塩尻から塩尻峠を超えて諏訪湖に向かった話はまたの日に。

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2014.11.23

黄葉まつりに行ってきた!

11月23日(日) 旧尾張サイクリングロード

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【山門の秋という雰囲気】

「今年の銀杏の出来は不作らしい」とKさんが言ってたが、はたしてどうなんだろう?
よい天気に恵まれて、愛知県の祖父江町「黄葉まつり」に行ってきた。

昨年は一人で行ったので、みんなと行くのは2年ぶりだった。
この道は「名古屋上水道」で、木曽川の給水場から一直線に延びている。
かっては「尾張サイクリングロード」と言われていたようだが、今では地図にもその名前はない。

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【走行距離42キロ、まっすぐ延びたサイクリングロード】

名古屋市のお隣、大治町からNさん、Kさん、Aさんらと4人で、まあ、いろいろ話しながら走るサイクリング日和だった。
「黄葉まつり」が開催されているので、その祭りの雰囲気を楽しむのと、なんたって「イチョウ」である。
町全体が黄色く色づいた、そんな風景に出逢いたくて・・・

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【まつりのパフォーマンス、銀杏の色づきがもう一つだった】

ちょっと一週間ほど早かったが、それでも見事な銀杏の樹もあって、あれは何だろう、イチョウのDNAがそれぞれの樹に刻まれて、黄葉の色づきを決めてるのだろうか?
毎年、毎年、飽きもせず来ているのだけれど、春の桜も、秋の紅葉も、そしてイチョウの黄葉も、その時期に合わせるのは難しいものだ。

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【セルフタイマーで記念写真、人生は元気が一番!】

そういう「今年はどうなんだろう?」と思いながら、期待しながら出かける楽しさなのかも知れない。

ぐるりと黄葉の町を回り、祭りの人出を堪能したりして、善光寺まで足をのばす。
歩くのでは行けない距離、車では味気ない距離、電車でのんびりも良いが、ここは自転車で来るのが一番の祖父江町のイチョウだと思う。
また今年も記念のスナップ写真を何枚か撮った。

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2014.11.18

はな血

11月18日(火) 頭休め日記

一週間ほどブログの更新もしていなかったので、まあ、しばらく文章を打たないというのも日本語を忘れそう。
といっても、新聞の活字や本の活字などは読んでるので、「日本語を忘れそう」なんてのは、大げさな嘘なんなんだけれど、自分が思っている事柄を文字にするってのは、意識していないと出来なくなる、忘れてしまうのだ。

今日は6時間ほど会議があって、毎日規則正しく働く環境から離れた身にとっては、6時間というのは、けっこうきついものがある。

「働く」ってのは、時間の拘束に心身とも慣れるということだと痛感するわけで、ときどきだけ「労働者」っぽく過ごす日は、正直なところ疲れる。

・・・なので思い出した。
かって、時間に追われても、日々ブログを書いていた頃を。
これって、自分の疲れた頭を癒す行為だったような気もする。
それも、できるだけバカバカしい話のほうが、ふふん、ははは、と頭休めになるのだった。

この週末は出かけていたので、久しぶりに帰った自宅の風呂に入り、「我が家の風呂は安気でいい」と、汚れをしっかり落とす気持ちで、洗顔石鹸でゴシゴシと顔を洗っていた。

ゴシゴシゴシという、その3回目のゴシがいけなかった。
ついつい力が入り過ぎて、小指を鼻の中に突っ込んでしまったのでさあ大変。
痛っ!と思った瞬間、石鹸の泡とまみれた鼻血が流れ出した。
洗えば洗うほど、風呂場なので血管も膨張し、留まることを知らない鮮血がポタポタと流れ続ける。

いやぁ~、久しぶりに見る「赤き血潮」。
血の赤い色は、何とも言えない生きてる証、生命感を感じるなぁ~と、しばし鏡の中の鼻から唇、顎にかけて流れる様を、茫然と見入ってしまった。

いやはや、なんとも血だらけのしまらない顔を見ながら、その鈍くささに笑えてきた。
まあ、流血の凄い顔だったわけだ。
これは結果的な自傷行為という笑い話だが、凄惨な流血などは、やはりゴメンなものだと思った昨日。

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2014.11.09

というわけで、雨ときどき延期

11月9日(日) ピンポイントで雨降りの日曜日・・・

今日は琵琶湖へのサイクリングの予定だったが、雨の予報で早々と中止。

12月に延期となったが、昨日までは雲間も多かったが晴れていたし、明日からはまた晴れ間が広がるようだから、秋雨前線の悪ふざけなのか、今日に限って雨というわけだ。

自転車なんて、まあ、そんなお天気に左右されることは承知だとは言え、残念無念。
なんてったって、今回は初めて参加する方も数人いたので、空模様を気にしながら走るのは可哀そう・・・というよりも、これに懲りてサイクリングなんて辛いもの!ちっとも爽快じゃない!と、そう思われるのも癪なのでしかたない。

ところで、13人のメンバーが予定だったが、うち女性が10人と圧倒的に女性が多く、年代も20代から60代と、これもバラエティーに富んでいる。

自転車はブームであるとともに、レトロなアウトドアのお遊びで、手軽に季節を感じられるところがいい。
道具も免許も用意しなくてもレンタル自転車があるから、普段着のままでよい。
施設を予約することもなく、それでいて「紅葉の山々」を眺めながら、田舎道を走る爽快感を味わえる。

言ってみれば、通勤のラッシュに揉まれ、ビルの谷間の職場に生息するような現代人にとっては、とても心地よい時間を体験できるのだと思う。
戸外で食べるおにぎりや、なんとなく走りながら交わす会話や、疲れた体に一息入れるティータイム・・・そういうものを、ぞろぞろと連なった自転車を漕ぎながら体を動かす楽しさ。

大勢で走る面白さは、また格別のものがあるので、次回こそは晴天に恵まれたいものだ。

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2014.11.06

続・晴れときどき自転車散歩

11月6日(木) 元気の素

NHKのBSプレミアムで朝7時半から連続テレビ小説「マッサン」が放送され、その後に「こころ旅」をやっている。
妻は「めざましテレビ」に変えろというが、見知らぬ土地を走らせる火野正平の自転車風景は、「これは元気の素だから」と・・・

週末の日曜日に久しぶりのサイクリングに出かけることになった。
琵琶湖周辺の紅葉探索だけど、紅葉前線はどこまで降りてきてるのか?13名ほどの参加になって、秋の田舎道を走るのは気持ちよいだろうと思う。
紅葉の遊山を自転車で楽しむので、本格的なツーリングでもないが、こういうのも自転車の愉しみ方には違いない。

というわけで、きょうは自転車のメンテナンスを行った。少しペダルの取り替えとかしてみたが、ここ数年ほど手も入れてないとネジもカチカチに固まっている。
ちなみにペダル(クランク)も左側は逆ネジになっていて、いつも「あれ?どちらが逆ネジだったっけ」と、メンテナンス本を見ながらになる。

チェーンもずいぶん汚れているので、これは明日にして、前後輪ともはずしタイヤなども点検する。
車の積み込みは、ほとんど前輪だけ外せば載せられるが、一度は両輪はずしも経験しなくてはとも思うのは、車輪の脱着が数分ぐらいで出来ないと、みなさんから置き去りにされる(笑)

秋だ秋だと言ってたら、明日は「立冬」。陽の落ちるのも早くなり、冬の入り口。
一泊二日ほどの輪行自転車旅に出かけようと言い続けて夏が過ぎ、秋が去ろうとしている。

ほぼ計画も出来ているので、あとは家族状況やボランティア行事などの合間をぬって実行するのみだが、実行力の乏しさとのせめぎあいだ。

最近の輪行では、駅構内や列車での自転車バック(袋)に注意が喚起されている。
完全に専用の輪行袋に納めなければならないので、車輪やサドル、キャリアなどの一分が露出したり、巾着状でカバーするだけでは「専用の輪行袋」とはならないようだ。
まあ、それも大きな手荷物を持ちこむのだから、乗客への危険回避ということだから、理解もできる。

というわけで、トートバック様の輪行袋にファスナーを縫い付け、ついでに革細工で取手も作り、それなりに出来上がった。
見事なほどの出来栄えに自画自賛と言いたいが、ファスナーのミシン縫いは難しいので、肩がこるわ~という妻を拝み倒して・・・まあ、共同作品ってことで。

しかし手縫いのほうが丈夫にしっかりできるような気がするが、ここだけの話「マイ・ミシン」を持っている自分は、まだ雑巾しか縫っていない(笑)
それでも、見栄えよく革細工をしようとして、親指をチクリ、人差し指をチクリと血がにじむ。文字通り血のにじむ努力ってわけで。
人の体は末端ほど神経が敏感なので、ああ僕は拷問には耐えられないだろう。

好きなことに手と足と頭を使いながら、愉しい旅を想像する・・・シニア鬱病や認知症の予防には最適だし、それほど大金をつぎ込まなくても、人生を愉しめるというものだと思う。

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2014.11.04

晴れときどき自転車散歩

11月4日(火) 樹齢400年のムクノキがあった!

秋も深まるばかりです。
落ち葉の上をカサカサと歩く愛犬の足音にも秋を感じる今日この頃。
娘と孫が一泊二日の里帰りを終えたあとのちょっと静寂な日、これも過ぎゆく秋の一つの風景でしょうか。

青空が広がり、ちょっと寒さも増した中、愛犬の世話と家事の日課を済ませ、自転車で散歩に出かけた。
最近、ネットなどで自転車用品を調べたりすることが多く、中区の繁華街に自転車専門店があることを知って、街乗り自転車散歩には都合の良い目的地。

自転車のあれこれを調べたり、アクセサリーを作ったりと、そういう作業のなんと心地よいことかと思う。
どこかのレースを目的とか、そういう自転車乗りではないので、言うなならばママチャリとロードバイクのどちら付かずってところだと思う。
だから自転車にブラブラ乗るのが楽しいので、楽しいことの為なら、コツコツと一日中でも作業ができてしまう。

まあ、そんなわけで車もひんぱんに行き交う市街中心部を走る。
自然の多い風景はたまらなく好きだが、人混みと車の雑炊のような街の風景もたまに訪ねるのは嫌いではない。(昔は大嫌いだったが)

名古屋駅の高層ビル群には、「こんなもの自然の冒涜だよなぁ」と思いながら、そのビルの上に青い空が広がっているのを見るのも面白い。
駅の中央コンコースはいつも人の流れが途絶えない。いろんな装いのいろんな人がいて、旅の人やサラリーマンや、外国人や、買い物客・・・みんな面白いので、こういう「人混み」というのは、人間観察というか時代の雰囲気を知るにはもってこいの退職後の暮らし。
都市の昼中は若者たちが多いのだ。都市と言うのは「若者向け」に作られて行くと思う。

話が横道にそれてしまった。
そんな自転車散歩をしていて、今日は大発見をした。

地下鉄丸の内駅近くのビル街を走っていると、推定樹齢400年のムクノキがあるという案内板を見つけた。
道路からは見渡せないが、四方をビルに囲まれた中庭に、とても大きな老木・巨木のムクノキが立っていた。

街の真ん中、樹齢400年といえば江戸時代からのもの。
よくもよくも名古屋空襲にも焼けることなく、いいえ、人間の欲望の尽きることのない「都市開発」にも負けずに立ち続けていてくれたことか。

日本のような自然信仰の国にあって「巨木信仰」というのは、僕にはもっとも納得がゆく信仰心だと思っている。
時代を見続ける生命の樹、戦争や人の欲望にも負けなかった樹、もうそれだけでも凄いので、幹まわり5メートル、延びて広がった枝と葉、根元に立つとエネルギーの放出すら感じるのだ。

こういう予期せぬ遭遇ってのも、自転車散歩の醍醐味だと思うのだなぁ~

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