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2014.10.01

ゆとりのある暮らし

10月1日(水) 今年のカレンダーも残り少なくなりました
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月日の過ぎるのがなんとまあ早いことか、あっという間に秋、あっという間の2014年もあとわずか。
ゆとりのある暮らしというと、日々の多忙から解放されること。
たしかに「働けど、働けど・・・」ではあるけれど、もう少し別の意味で「ゆとりなき社会」のストレスについて思うことがある。

探していた本をネットで注文した、ちょっと昔の出版なので古本屋には出ていない。
最近のブックオフなど、ほんとうに読みたい古本を探してもほとんどない。

で、さっそく注文して「当日配達」などという、便利ではあるが超スピード社会を象徴するような注文をしたが、当日いつまで待っても届かないので、翌日配送会社に確認すると、お客様不在で配送所に返戻保管されているという。

普通は「不在配達票」がポストに入ってるものだが、それもないので誤配達か?
調査するとのこと、折り返しの連絡があり、配達員のミスで持ち帰ってしまったという。
あまり考えられないミスだけど「厳しく配達員を叱ってくれればいい」と・・・

ミスや失敗は人間社会にはつきものだが、もちろん「これはダメでしょ」というものから「まあ、そういうこともあるでしょ」というものまで様々のものがあるし、それを「許せない!」と怒る人もいれば「しかたのないこと」と許容する人もいる。

ただ、世の風潮は完璧にこなすのが普通で、ミスや失敗は徹底的に断罪すべきものだと、大変に厳しい社会になってきている。

配送ミスは困ったものに違いがないが、結果にばかり目が向いていれば、それが生まれる原因には行きつかないもので、そうしたキュウキュウとしたものが、なんだか仕事も人間関係も全体を支配してるような気がしてならない。

ちょっとの事なら「まあ、しかたないこと」という余裕がなくなって、他人には完璧を求めてしまう。
ひょっとしたら「働き過ぎで疲れてるのか」とか「人員整理で過密労働だろうか」とか「下請け、派遣、パートに無理強いしてるのかな」とか・・・、そんな他人の事情など気にもしなくて、自分のことで精いっぱい。

「失敗から学ぶ」というのは名言だと思う。
失敗やミスは正すことが大切で、成長することに本質があると思うが、いやはや、とことん完璧であるという結果ばかりが、まかりとおる現代になった。

まあ「他人に厳しい輩は、自分に甘い」とも言うし、弱いものが更に弱いものにだけ厳しさを求める。
なんだかそういう巷のモグラたたきのような世相に思えてくる。

人間同士のストレスの中身の多くはモグラたたきだと思う。人間として育つ、成長する、発展するという観点が欠落して、ヒステリーが渦巻けば、自分で自分の首をしめる結果になってしまうんだろうな。

いつの世も、管理社会を支配する人々は、「たたき合い」のしくみ作りに長けているということだと思う最近なのだなぁ。

いろんな人がいる、得手不得手もある、生きてきた時代も思考もさまざま、自分も人もそういう多様性があると心底考えられれば、もっとゆとりのある暮らしになると思うが・・・
人間、ほどほどぐらいがちょうどいいじゃないか。

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