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2014.09.16

季節を感じる暮らし

9月16日(火) 泣き声がシンクロする

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久しぶりのブログの更新。
サボっていたわけでも、忘れていたわけでもなくて、ただ気力が湧いてこなかった・・・という今年の夏だったが、すっかり季節は秋。

近所の田んぼには、まだ少し青いけれど稲穂が見られ、その田んぼと宅地の間には彼岸花が咲いていた。
「稲穂」や「彼岸花」が見られる季節になり、公園の木漏れ日がちょっと淡くなり、虫の音も聞こえはじめ、そういえば少し前の中秋の名月も、夜空に輝いていた。

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夏のうだるような暑さ、体調も良くなくて、ことさら歳を考えてひきこもりのように、じっとしていたのがいけなかった。
人間の体とこころは、ちょっと負荷がかかるくらいがちょど良いのかも知れない。

006

8月の終わりごろから、生まれたばかりの赤子を抱いて娘と孫がやってきて、もうすぐひと月が経とうとしている。
生まれたばかりのぷくぷくの顔や手足も、ほんの一か月足らずで、ひきしまった赤ん坊らしい成長をみせている。

泣き声も日に日に赤ん坊らしい自己主張をみせ、しっかり泣くので、18歳の老犬ポン太も、それにシンクロするように、「散歩に連れて行け!、飯はまだか!」と鳴くようになった。
赤ん坊の生命力に呼応するかのように、この夏を超えられるかと心配した老犬が、ちょっと元気になってきたというわけだ。

一つの命、まだ生まれて間もない赤ん坊が、一つ屋根の下で育つ姿は、この秋の我が家の風景を、今までにはないものへと一変させている。
泣く、「どうしたの?」と娘があやす、だれ彼となく「どうしたの?」と気にする。犬もいっしょに泣き出す・・・

脱力感の多かった夏とまた違った日常の風景になって、おもしろいもので、この赤ん坊のリズムが日常を支配してるかのようだ。

子を育てる、世話をする、実は育ち学んでいるのは親のほうかも知れない。
そうして親は、初めて自分以外の守るべき存在を実感し、大らかにも、図太くにもなり、愛情というのを身を持って知ることになる。

我が子を育てていたときには、無我夢中の日々だった気がするが、ちょっと距離のある「おじいさん」という立場になって知る「無垢な赤子の可愛さ」ということか・・・

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コメント

いいですね。爺の立場で赤子と毎日過ごせるなんて。我が家は3人目の孫が来年春に生まれてくる予定ですが、子どもは男ばかりだから誰も里帰り出産してくれない。羨ましいです。せいぜい楽しんでくださいませ。

投稿: 杉山 | 2014.09.16 22:18

赤ちゃんがいるとポン太も元気になるのが、おかしかったです。すごいなぁ・・・赤ちゃん!!

投稿: マミケン | 2014.09.17 13:54

杉山さんこんばんは。
久しぶりの更新ブログです(笑)
娘と孫のてんやわんやな姿が初々しいんですね、ああ、こうして子育てが始まるんだ、母乳だミルクだオムツだ沐浴だ・・・
一つ一つがとても新鮮な乳児のいる風景です。

投稿: ちょっと一休み | 2014.09.17 22:57

間宮さんこんばんは。
老犬ポン太も耳が遠くなり視力も落ちてるけれど、いつもと違う雰囲気を感じるのでしょう。
言葉では伝わらない、生きものだから感じる何かがあるのだと思えます。ひと夏超えてもう長寿犬まっしぐら・・・

投稿: ちょっと一休み | 2014.09.17 23:01

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