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2014.04.20

話題あれこれ

4月20日(日) 穀雨

その一
「春の雨が田畑を潤し穀物の成長を助ける」という暦の二十四節気の日。暦どおり雨の一日で田おこしされた土が田植えの季節を待っている。
雨降りというのは気分が上がらないもので、そういう日に限ってゴタゴタした問題も発生するという、ツキとか運など根っから信じていないが、口に出るのは「ツイてない日だなぁ~」という心情の矛盾である。

その二
老いた愛犬を散歩に連れ出すと最近はやたら声をかけられる。ヨロヨロと歩く姿に哀れさや健気さを感じるようだ。
「もう、ずいぶんお歳ですか?」とほとんど見知らぬ方が話しかけてくれるが「可哀そうに」という感情と「歳をとるってことだ」という納得の思いで犬を見るようだ。
当の愛犬はそんな言葉など解していないから、ひたすらいつもの道を歩くだけで、愛嬌も媚びもしない。
みな自分や家族の行く末を投影しているのだと思う。
だからいつも「いやぁ~仔犬も可愛いけれどねぇ~、老いてもそれなりに暮らしてる老犬ってのも可愛いものですよ」と返事をすることにしている。
老いた犬の暮らしよりも老いた人間の暮らしのほうがずっと苛酷だということか。

その三
「欲」ということを考える。ちょっと意欲が最近はないのかなぁ~などと考えてしまう。
先日講師をお願いした方が、ある方を評して「あの方はほんとうに欲のない方で、皆から親しまれる方だった」と言ってた。
欲といえば食欲、睡眠欲、性欲など人の生理に関わる物は問題のない限り自然なことだが、欲でも金銭欲、自己顕示欲、名声欲などと言った他人に向けられた自分の欲ってものはよろしくない。
どんなに意欲的であっても、そういう自分の欲を他人は察知してしまうものである。
どうも「欲」など持たない方が幸せな暮らしができそうだ。

その四
地下鉄に乗り栄駅で乗り換えて目的地に向かった。
ポツポツと降りだした雨に「行きたくないなぁ~」と思いながら、我慢、我慢・・・。
豆腐に釘、暖簾に袖押しのような「会合」はひたすら時期が到来するまで我慢である。
何も自己主張だけが人生ではない、主張というのは受け入れる条件を相手がもっているのか、という判断でもあるから、コミュニケーションの難しさかも知れない。
ここで一つ相手に分からせてやろうなどというのは「おのれの欲」に他ならない。

その五
さて、その地下鉄の車内で人数を数えてみた。
一人二人三人・・・携帯かスマホを忙しそうに見入っているのは概ね三人に一人ってところだろうか。
中日新聞の朝刊の「脱デジタルで社員成長」という見出しが目を惹いた。ビジネス現場でスマホを使わない社員に手当を出す会社の記事である。スマホや携帯ばかりいじって仕事をしてる気になるが実は・・・ということらしい。
携帯もスマホもPCも「ツール」ってだけで、人間の感情を知るにはいささか不十分な代物でしかないが、それに依存すればある種のひきこもり型と同じことだと、経営者のほうが危機感をもってる一例なのだろう。
もっとも朝から晩まで生産ラインや来客の対応を余儀なくされてる職場では、こうした機器とにらめっこする暇はないのだけれど。

その六
かく言う、僕もスマホを使いタブレットPCやパソコンを使っている。
器械に使われないようにと新聞や本や活字を大切にしたいものだと思っているが、こういうのは意識して自分と格闘しないと容易に流されてしまう。流されるとこれは生きる意欲が減退する(笑)。
久しぶりに春のサイクリング計画や友人の送別会などのメールのやり取りをしていて、ああ、この人は「さわやかだなぁ」と短い文字であっても心地よくなったりもする。
しかし、よくよく考えるに、僕は文字の中にこの人のこれまでの会話や姿や気持ちなどを見ているのだと思う。
だからご無沙汰したメール便であっても元気な姿が想像できるので、毎日「イイネ」などとやり取りしなくても、僕は十分なわけである。

その七
というわけで、「知らせが無いのが良い知らせ」というのは、暮らしに穏やかさがある関係の上になりたつ。
ときどき妻に聞く「娘は何か言ってきたか」「なんにも、ほら昔から言うでしょ、知らせが無いのが・・・って」。
そういうことであるが、どこかに「そうかなぁ?」と思う気持ちがあるのは、親子という心情かあるいはただの小心者かのどちらかだろう。

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コメント

「娘は何か言ってきたか?」に父親の思いがつまっていますねぇ・・・母親と娘って何も言わないでも「感じる部分」がありそうですね。

投稿: マミケン | 2014.04.22 19:00

映画「東京物語」の中で笠智衆が東山千恵子に「かあさん、世間では孫が可愛いって言うけれど、子のほうがかわいいと思うんだな」そんなシーンがあったと思います。
友人たちも孫ができる歳になって、みんな「孫はかわいい」というのですが、出来の良い子でも悪い子でも僕はやっぱり、幾つになっても子どもがかわいいと思えてなりません。あまり同感されないようですが(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2014.04.22 23:49

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