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2014.03.10

ひねもす、のらりくらりと

3月10日(月) 犬も人間も・・・

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【昨日のポン太であります、極楽!極楽!】

朝から名古屋は雪が舞うほどの寒さ、空気が肌を刺すように冷たい。
寒いから布団のなかでうつらうつらと怠惰な一日だけど、暖房費を節約してんだと屁理屈をこねたりして。

仕事という名のボランテァ出勤がない週は毎日が日曜日のようで実にラッキーだと思うと、何もないということが無上の喜びだと内心は思っている。

温度計の数字を見ながら、今日は寒いので出かける用事は明日に延ばそう、その明日が少し小雨まじりの天気ならば、明後日にしよう・・・そうして、一日々々先送りしていると、一日も一週間も一か月も、すぐに過ぎて行く。

いやなに今に始まったことでもない、学校の試験など前日徹夜でこなしてきたし、もっと遡れば小学生の夏休みの宿題など遊びまくった結果、8月の最後の3日間で泣きながら仕上げるのがほとんどだった。

よくもまあ就職できたものだと思うし、よくもまあ40年ほど仕事を続け、ほどほどの生活が送れたものである・・・と今からふりかえると、「奇跡」のようだとさえ思われる。

玄関前の陽だまりで眩しそうに目を細めて愛犬が惰眠をむさぼる。
何もすることがないのが犬の生活、一日二食の餌の時間が待ちきれないほど、のらりくらりの暮らしぶりである。

犬と同じような暮らし方だから、ひねもすのらりくらりと過ごしているが、それでも洗濯や掃除やあれこれの家事をしながら、こういう暮らしはどうなのだろうと思ったりする。

人生は死ぬまで勉強だと言う人もいるし、死ぬまで働くのが本望だと言う人もいる。
勉強は嫌いだし、働くのも大変だから、そういう「ねばならない」式の暮らしは、どうも性に合わない気がする。

怠惰な暮らしは褒められたものではないとは承知してるが、されど日々「何か」をしていなければという強迫観念と縁がないことは良いことだと思う。

「何か」をするというのは、何かを学ぶとか旅行に行くとか趣味を極めるとか・・・そういう自分のレールを持たなければ耐えられないというならば、ひねもすのらりくらりという暮らしなど馬鹿で間抜けでとん馬な生き方にみえるだろう。

あえてことさら何かをしようと欲しなくても、生きていれば飯を作ったり、汚れた服を洗濯したり、好きな本でもかじったり、生きて行くための用事にも事欠かない。
そういうなかで、何かが見つかったりするわけだから、あえてことさら「何か」を探さなければという、無意識の強迫観念は無用だと思うのだ。

やろうと思えば何でもできる。
それが今か、そのうちか、やらず仕舞いで死ぬか・・・、どちらにしても必然性があれば、人間嫌でもするものだと思うので、大事なのは「何か」ではなく、「どう生きるか」ってことだと思う・・・のらりくらりの本日なりぃ~。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ポン太写真いいなぁ・・・
ポン太の生き方は一休さんの自画像なんだなぁ・・・ははは。

投稿: マミケン | 2014.03.11 10:51

そうなんです、愛犬は飼い主を映す鏡ですねぇ~
気性の激しさ、愛嬌のよさ、臆病さ、無関心さ・・・といった犬の気性は飼い主の性格や暮らし方が反映するんじゃないかと最近ますます確信を強めています。(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2014.03.12 00:47

毎週オヤジさんを見ていて思うのだが、ある意味「自分の未来」はそこにあるわけで、それをしっかり見れば「自分の未来」はある程度見えるのではないか?と・・・

投稿: マミケン | 2014.03.12 09:14

結局、自分を見つめるということでしょうか。
歳をとる、体も動かなくなる、お世話も必要になる。
そういう家族や介護者からの視点が僕はこれまでだったが、果たして本人はどう思って暮らしているのか、そこがちょっとでも感じ取れたらいいなぁと思うのですね。
犬と人間を同列には置けないけれど、老いた犬には老いたなりの「思い」があるようです。

投稿: ちょっと一休み | 2014.03.13 00:07

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