« ひねもす、のらりくらりと | トップページ | 春です、つくしです »

2014.03.13

枠(わく)

3月13日(木) 一雨ごとに寒さもやわらぎ春がやってくる

夕食の食卓に「つくしの卵とじ」がのった。
妻の友人からのおすそわけらしいが、そうか土筆(つくし)の季節になったのかと、他愛のない感慨・・・

「今日、雨が降って、明日晴れれば一斉に土筆が顔を出すから、土曜日は庄内川に土筆取りに行こうか」と妻が言うが、近所の庄内川もあちこち護岸整備がすすめられ、土筆もさぞかし生きにくいことだろう。
つくし採り、つくし撮り、もっぱら僕はデジカメでつくし撮りのほうだろうと思う。

デジカメ写真といえば、このブログのタイトルの背景には日頃の撮りためた写真をトリミングして載せている。
概ね縦横比1:7ほどだが、何気なく撮ってる写真からこのサイズにトリミングする作業というのは意外と面白くて、あっちを切り取りこっちを切り取り・・・、この横長の枠に収める写真というのは、ありそうで無い、なさそうで有るってわけで、この写真遊びはずいぶん心には居心地が良いのだ。

むしろ風景などをパッと撮っても何も残らない写真が、横に細いトリミングをほどこすと、実景よりも心地よい写真になることがある。
「枠」なのだと思う、定型化された枠に収まるように切り取る作業は遊び心が満喫できるし、そもそも「枠」という定まり方は不思議な心地よさを与えてくれる。

枠があるから、その枠を意識して作るっていうのは、写真のフレーム、絵画の額、もう少し言うなら、小説の起承転結構成、俳句の定型・・・と、思いつくままに挙げたけれど、枠があってこそ安定する作品ってな気もする。

人間だって同じだろう、「作家」「写真家」「ライター」「アスリート」「社員」「公務員」「医者」「教師」・・・みんな、一つの共通する「枠」を持ち得て、どことなくおさまりがよくなる。
が、そういう「枠」をもし取っ払った時に、果たして残るものは、ごくごく普通の人間。
ほんとうは「ごくごく普通の人間」というところに、大袈裟に言えば人類史的意義があるだけだが。

「音を失った・・・」とか「失意の底から・・・」とか「国民的・・・」とか、そういうこれも一つの枠であるけれど、枠というのは誤謬や幻想を生み出しやすい。
だからこそ、現実とは離れた面白さもあると思うし、想像力を生み出す力にもなると思うし、人を騙す方法にもなりうるわけだ。

・・・ここまで書いて、ふと今読んでいる臨床心理学者河合隼雄さんの「箱庭療法」ってものと共通項がありそうだと思う・・・これは、思いつきだけだけど。
箱庭の枠があって、人形やらいろいろ配置して、そうして出来上がる深層心理の世界。写真の中の好きな部分を自由に思うがまま切り取るって、どこか似てる。

風景写真ばかり撮ってる人、子どもばかり撮ってる人、動物や植物ばかり撮ってる人・・・人間の拘りにはどこかに深層にある思いが表われるのだろう、何がどう表れれているのかは専門家じゃないからわからないのだけれど。

「枠」というのは、たんなる区別する標識以上のものがありそうな気がしてきた。

|

« ひねもす、のらりくらりと | トップページ | 春です、つくしです »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

風景写真をワイドサイズで撮れるカメラというのは随分前からありまして、ドイツ製でフィルム2枚分を使ったカメラがありました。レンズもスライドするタイプ。20年くらい前、コダックから「使い捨てワイドカメラ」なる物ができて、ドキドキしながら買ったら。フィルムはノーマルサイズの天地を切り取った「ニセワイドサイズ」でガッカリした思い出がある。

もっとも、望遠レンズでも標準レンズ撮影して、アップに切り取っても解像度さえ落ちなければ、同じ映像なはずである。基本的には天地切り取ったワイドも解像度さえ落ちなければ同じことなのである。だからデジタル映像の場合、高解像度でとにかくワイド気味に撮っていれば、あとで「アップもワイドも』思いのままではあるのだが・・・・ははは。

投稿: マミケン | 2014.03.14 17:36

持ち歩くのは普通のデジ・カメなので、それほど高解像度でもない。というか・・・あまり技術に詳しくないんですね。
だから、まあ、そういう風景の上下を4/5ほどカットするわけで、横幅もカットすると荒い写真になるから、あくまで上下の大胆カットをしています。
そういう器機に頼れないカットが、僕にはふさわしいのであります。制約があるからこそ嗜好がよく出るのだと思うのですね(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2014.03.14 22:55

こんばんは。毎日毎日、目の前のことに追われてきた私には自分の人生はどうなのかなんて考えるヒマはなかった。とりあえず目の前の子どもに食べさせることが毎日の最重要課題で。でもそのことに支えられてきたんですね。何でもお金で解決できるような時代でも家事は限りなし。縦横の比率に気持ちの治まる比率があるんですよね。面白いですね。

投稿: 杉山 | 2014.03.16 21:14

昔聞いたフォークソングで「主婦のブルース」と言う歌がありました。見合い結婚して、戦争で辛い思いをして、食糧難に会い、子育てに追われる、そうして知らぬ間におばあちゃんを迎えようとしている私・・・♪おお人生は悩みよちっとも楽しくない、恋なんてしないまにふけちゃった~。
そういう歳になったとき、自分はどう振り返るのだろうといつも思っていましたが、歳月は淡々と過ぎて行くことを知りました。自分を肯定するにも力が要りますね。

投稿: ちょっと一休み | 2014.03.17 13:50

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ひねもす、のらりくらりと | トップページ | 春です、つくしです »