« 桜の開花ニュースも聞こえてきた | トップページ | 絵 »

2014.03.24

やっと、さくらが咲いた

3月24日(月) 自慢顔をしてみる・・・

002

桜はまだかいな~♪と言ってたら、あっという間に桜前線が北上して近所の学校で二輪ほど開花した。

一昨日はまだ蕾だったし、昨日は蕾の先がピンク色になってほころびかけていたから、今日が開花日だけど、開花宣言は数輪咲かないと出ないというから・・・

久しぶりに会議の日だっが「もう桜がそろそろ咲くようだね」と誰かが言って、待ってましたとばかりに「今朝、学校の庭の桜が二輪ほど咲いてた~♪」と、得意げに口を出す。

ささやかな自慢話、当たり前に毎年やってくる桜の開花でしかないけれど、一昨日、昨日、今日と目を皿のようにして観察した結果の桜の開花。

何気なく通り過ぎている桜の木の下で、ちらほらと咲きだした桜に何気に「桜の季節か」と後から思うよりも、待ちわびて開花した桜なので、これはやはり僕にとっては自慢話なのだが・・・

「そう~、咲いたんだ」という短い反応で、自慢が自慢には程遠い(笑)
自慢話っていろいろあるけれど、あれこれ自分のことを言うよりも、三日待って、もうそろそろだと待ちわびて、そうして見つける自慢は人畜無害で、ささやかなものだけれど、やっぱり自慢話。誰かに伝えずにはいられないなぁ。(笑)

t

|

« 桜の開花ニュースも聞こえてきた | トップページ | 絵 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

日本人ほど「桜の開花」を「季節の顔」とする種族はいない。それは「ひとつの植物の開花」というのを遥かに越えている。それはまるで「今年のさくらは見れるだろうか?」と言うような、人生の一里塚としての「さくら」である。

だからこそ日本人は「さくらを見ながら酒を飲む」のであり、飲めない人までも「散るさくら」を楽しむのである。それは日本人独特の「時間感覚」であり、その「共有」こそが、ひとつの「言葉」なのである。

・・・つまりは
「さくらが咲いたねぇ・・・・」
「ほんとうに・・・」
その言葉の中にある情緒は、夏場の「ひまわりが咲いたね」とは、同じようでいて言葉の意味が全然違うのである。ははは

投稿: マミケン | 2014.03.25 10:32

万葉の時代から桜は歌われていた・・・梅の方が多かったと聞きましたが。
日本の4月は新学期、新年度の始まりというのも、この季節の桜が特別な意味合いを持たせるのでしょうか?
どちらにしても、桜が持つちょっと晴れやかなイメージはやっぱり日本的な情緒に良く溶け込んでいますね。

投稿: ちょっと一休み | 2014.03.26 00:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 桜の開花ニュースも聞こえてきた | トップページ | 絵 »