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2014.01.27

ロウバイマンサクゆらゆら水面の光

1月27日(月) 十年一日の如く・・・

春を告げるマンサクの蕾もほころびはじめただろうかと、自転車のペダルを漕いで庄内緑地公園に出かけた。
期待通り、ほんの少し蕾がひらき始めている。

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マンサクの花なんて、萎れて華やかさにもほど遠く、さして人を惹きつける花でもないけれど、そういう可愛げもなく、気にしなければ人は過ぎ去ってしまうようなところが、僕は気に入っている。

昨年も一昨年も「マンサクや~い」とやってきた。そして今年もである。
公園に来て、見慣れた風景を、いつものように眺めながら、変わり映えのしないものに、ちょっとだけトキメクのだ。

「十年一日の如く」同じ公園に飽きもしないでやってきて、「何が面白いの?」と十中八九、人は言うだろう。
「十年一日の如く」とは、何の進歩もなく、変化のない状態であって、あまり宜しい言葉としては使われない。

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そうなんですねぇ~。進歩がないといえば、昨年見たロウバイの蝋のような光沢の花が、今年も同じ場所に咲いていた。

ロウバイだけじゃなくてサザンカだって、ピンポイントのように同じ場所に花をつけ、「寒椿とサザンカってどう区別するんだろう?」と、これまた毎年のように思う自分がいる。

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「変化がない」「進歩がない」ことが、まるで「人に非(あら)ず」と同じように言われるのが今の時代なので、ひとり時代においてけぼり?

「積極的平和主義」も「経済成長」も「能力向上」も、今よりも、より進歩したもののように言われるが、はたして人間の進歩となっているのかはなはだ疑問である。

「お国のために、自分は命をかけるつもりであります」
「バンザ~イ」
NHK「ごちそうさん」の出征の一場面である。
「ゼイタクハ敵だ!」という貼紙が壁に貼られ、おやおや、みんなおいしくご飯を頂ける暮らしをありがたいと思ってるはずなのに・・・

贋物が街を闊歩する時代になったよなぁ~と独り言をつぶやきながら、できるものならば「十年一日の如く変わらない」ほうが、ひどくマシのような気がしてくる。

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公園の噴水に溜まった水が陽を反射して、ゆらゆらと模様をつけていた。
底には枯葉が水の動きにまかせて、これもゆらゆらと・・・なんだか、とりとめのない自分のようだなぁ~。

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コメント

書いてあることと関係なくて申し訳ないですが、4枚目が実に面白いものだと感じました。実際もこう見えるのですか?紐のような線はまるでロープで編んだ網のように見えますが水面のゆらぎの山の部分が光を集めているのですよね。

投稿: 杉山 | 2014.01.28 19:21

ははは。はい実物ですが、実際は写真よりもっとキラキラしていました。
小さな噴水で奥に半円の噴水口が3つあり、放物線を描いて何筋もの水が落ちています。
その3つの波が複雑にぶつかり合って細かな水面を作り、ちょうど午後の2時の太陽が水面の山に反射して輝いていました。
傍にベンチがあって低い視線で見るととてもよく解ります。遠くからでは単なる水面でしょうね。
というのがタネ明かしですが、一つとして同じ模様はなくて、なんだか人間関係の複雑な絡み合いにも思えるのですね(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2014.01.29 00:06

木の写真メインなので、友人のHP「緑の惑星人」と勘違いしました。蠟梅はどうみてもロウ細工にしか見えませんねぇ・・・「神が作りたもうた物」・・・あ、人間もそうか!!

投稿: マミケン | 2014.01.29 09:02

自転車というものに出会わなかったら、公園や路地やちょっと離れた町を散策することもなく、暇なときは喫茶店に入り浸るような陰気な暮らしだったような気がします(笑)

投稿: ちょっと一休み | 2014.01.30 00:52

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