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2014.01.04

御神籤(おみくじ)

1月4日(土) ながむれば・・・

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今年は何年ぶりかで「おみくじ」を引いた、いや、ずいぶん久しぶりかも知れない。
そもそも初詣で神社に行くことがあっても、僕は神道には関係ないからと参拝はしない拘りできた。

50歳に近くなった頃から、人生はいろいろあると思いなおして、参拝もあり「おみくじ」もありと考えなおすようになり、その時初めて「おみくじ」を引いて以来だから、2度目になるように思うが、な~に、ただ妻がおみくじを引きたいというので、ついでに引いたまでのことだ・・・

今年の運勢は「中吉」、妻は「大吉」だった。大中小たまたま引いた籤棒が大中小、別に凶であっても面白い。
そういう運勢よりも目を惹くのは、おみくじに書かれている文章が文学的であるってことかも知れない。

ながむればながむる花のあるものを空しき枝にうぐいすのなく

第47番御籤の一言である。
せっかく枝に咲き誇ってる花があるというのに、うぐいすは花のない枝にとまって鳴いて(嘆いて)いるという意味だろう。

どこかよく似た日常があるなぁ~、しっかりと「ながむれば」(見つめれば)可憐な花や美しい花・・・日々の暮らしのなかの良さ素晴らしさがあるのに、見逃している。

今年もブログ日記を書き始めているが、書くネタがない日々というのは、そういうものに鈍感になってるわけで、きっとネタなんてものはいっぱいあるのだろう。
もっとも、僕の場合はほとんど誰かに発信するほどの内容はないので、もっぱら自分自身に向けて書いていると言える。

そうやって書くことによって、今日は変わり映えのしない日常だったけれど、何かを感じられたと思えば一つの充足感にもなる。
そのちょっとした充足感がある日は、まだまだ頭は健康だ!と、老いのバロメーターにもなっている(笑)

さておみくじには、願望、待人、商売、学問、病気・・・と、今年の運勢がいろいろ書いてある。
都合の良い事だけ探してみるがあまり見当たらない。
吉凶とこの運勢は笑って済ますべしということだが、「出産 母子とも健康」ってのはいただいておこう。

難儀苦労のある時ばかり神の御袖にすがる気か

と裏面に「神の教」が載っていた。
ふむ、ブログのネタ不足をいいことに「御神籤」話を書くなんぞ、もうちょっと切磋琢磨して、それらしい中身のあるブログを書きなさい!と、いやはや神のみはお見通しってことか。

(おみくじを境内に結ぶってのはどういう意味かしらねぇ?ははは)

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コメント

お久しぶりです。
皆さんお元気ですか?
私も2日に熱田さんに初詣へ行って、おみくじ引いたら、中吉でした。
ふだんはおみくじには感心がないんですが、何故か今年は家族につられて引いてしまいました。

投稿: Nobuhatt | 2014.01.05 13:18

ほんと久しぶりですね。今年もよろしく~。
ブログも更新されてて、幸せな家族模様が伝わってきますね、ぜひ書き続けてくださいね(笑)
仕事も忙しいことと思いますが、暇を見つけて楽しいイベントができればいいですね~。

投稿: ちょっと一休み | 2014.01.06 00:26

文章を書くには「力」がいる。「物を思う」それを「整理して形にする」それは頭の体操である。その作業ができない人は永遠に箇条書きを続けるしかない。「ボケ防止には俳句は最高」と僕は勝手に考えているのですが、どうでしょう?

投稿: マミケン | 2014.01.07 17:00

文章って書き続けていないと書けなくなりますね。
ブログだって「今日は何処そこに行った、何々を食べた」ってなことばかり書いてても、あんまり文章に意味を持たない。
俳句は心の風景の断面をいろんな角度で切り取る、しかももっとも短い言葉で・・・、小説は心の風景の物語で時間と流れがある。
どちらも一生懸命頭を働かせる作業で、そういうことに意欲がなくなり、心の風景が見えなくなったとき、老いの病がヒタヒタと忍び込んでくるような気がします。
まあ、意識を文章化する作業って俳句も短歌も詩も小説もすごくパワーがいりますね、一見「読むだけ」という安易そうな作業も、それはそれでパワーがいると僕は思っているのです。
俳句寓話会はまた今年も開かれるのですかねぇ。

投稿: ちょっと一休み | 2014.01.08 00:13

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