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2013.12.26

師走の風景②

12月26日(木) 忘年会

今日は忘年会があった。
だからどうしたというわけでもないが、退職して激減するのが忘年会。

仕事がらみの半ば義理のような忘年会はほとんど無くなって、まあ、ある意味「気のおけない仲間たち」との忘年会だけが残るので、本来の姿に戻ったといえばそう言える。

若い頃は、この忘年会というのが、ほとほと苦手なものの一つだった。
先輩諸氏、上司、酒のひとつも注ぎに行け!という見えない視線にかられ、時には「見知らぬ職場の人」と隣り合わせになると、会話がもたないなぁ~という具合であった。

忘年会が職場のコミュニケーションとして暗黙の「決まり事」であった時代から、そういう義理の宴は義理で済ますのが、現代の忘年会事情だろう。
そんなものよりも、同世代の仲間内でほどほどの人数で気兼ねなく「忘年会」というものが・・・これは内輪の「飲み会」の師走版ということだろうが、忘年会の主流になってきたと思う。

不思議なもので歳とともに義理の忘年会でも、それなりの愉しみ方が身につくと、それなりに面白いものだとわかってきた。
さすがに「俺の酒が飲めねえか」といった、酒癖の悪い上司、先輩もパワハラを恐れてかいなくなったということもあるが。

いやいや、そういう無理強いは学生やクラブ活動の世界に遺物のように残ってるかもしれないが、現代の若者たちはこういう義理と組織のしがらみのなかでも、実に上手に立ち回ることができるものだと、実は感心もしている。

集団のなかで孤立することが「村八分」の遠因、「いじめ」の要因になることを、本能的に察知する能力が高い・・・そういう時代を普通の事として過ごしてきたのだろう。

競争社会のなかで生き抜く術だと思うのだが、人間なんて元来が「多様性を持った」ものだから、職場に溶け込めなくても、気の利いた台詞の一つも喋れなくて、片隅で時間が過ぎるのをじっと堪えている、そういう健気さのほうに、僕は親近感を覚えるものだ。

そういうことも、ある程度歳を重ねて知ったものだと思う。
7つも8つも手帳に記入していた「忘年会」が1つ2つに減って、ちょっと淋しいような、「やれやれ」とほっとしたような複雑な心境の歳になったと思う。

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