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2013.12.27

師走の風景③

12月27日(金) 年賀状

LINEやメールの「あけおめ」が元旦の早々に集中するので自粛して欲しいという。
リアルタイムが身上ともいえるこうしたツールを使って除夜の鐘が鳴り終わる頃に「あけおめ」と打つ心情はよくわかる。
そういうツールなのだから、元旦の夕方や夜では、きっと乗り遅れる心境になる。

年賀状を印刷ソフトで作って出すのも、実はこうしたLINEやメールとそれほど大差はないと思うので、「あけおめ」という意思が伝わるって意味では、なるほど携帯端末のほうが「楽ちん」なわけだ。

年賀状を25日までに投函すれば元旦には配達されると知り、25日のギリギリに書き終えて・・・いや、正確には作り終えてポストに入れた。
昨年の年賀状を見返し、あそことここに出して、この人は喪中の案内が来ていたなぁ~
この人はもう今年はお終いにしようなどと、顔を思い出してみるが、昔のままの面影しか浮かんでこない人もいる。

年賀状の「打ちきり」にはいろいろ苦慮するのも小市民。
出さなかったが相手から年賀状が届いた、返賀をだすか出さないかを考える。
出さないのも失礼だし、出せば来年以降も続くだろうが、もう「打ちきり」でもいいか・・・

こころを鬼にしてぐっと我慢をしなければ、義理で出す年賀状は永久に続きそうだ。
立場を変えれば、出した人から松の内の終わり頃に年賀状が届く。
ふむ、忙しくして出し遅れたんだろうな?、まてまて、もう「打ち切る」つもりが仏ごころで・・・

年賀状を出す出さないは相手と自分の心情の計りあいのようなところがある。
僕はいずれ消えるものは消えるし続くものは続くだろうと、自然にまかせているので、出しそびれるという不都合もあるかも知れない。

「あけおめ」を情報ツールで済ますことができるのは若者たち。
そんなものを使いこなせない世代は年賀状と、そういう新年のご挨拶事情なのだろう。
年賀状は久しく会っていない人との一年に一回の安否事情確認のようなもので、「謹賀新年」もさることながら「今年も年賀状が届いた」という意味が大きい。

メールやLINEでは確実に親交がある人に限定されるから、「今年も元気に過ごしてるか」などは考えないので年賀状の意味の一つが欠落してるとも言える。

さて、今年も下手な絵と文を書いてみた。
「下手なものでも堂々と」というところに僕の年賀状の個性があると自己解釈しているので、手間ひまだけはしっかりかかった。

下手には下手の良さがある!と信じて、写真やイラストが入った新年にふさわしい年賀状に交じって、「おやおや、ふ~ん」となってくれればいい。

というわけで毎年、自分が一番喜んで面白がって作っている笑門来福の年賀状の心なのだぁ~。

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