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2013.11.22

壁の記念スナップ

11月22日(金) 二十四節気の「小雪」の日(冬も進み北国より雪の便りが聞かれる) 


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 まだ雪の季節ではない名古屋地方、街路樹は色づき落ち葉が目につく頃だ。

 12月のはじめに「初冬の大津(滋賀県)を走ろう」と、サイクリングの予定がある。
 もうこの頃は初冬ともいえる頃だから、北風もすこし寒さをますだろう。

 「忘年会にみんなで集まりませんか?」とメールをいただいた。
 退職前に勤めていた職場の旧友たちとである。これも12月のなかごろ。

 年々、社会との関わりが狭くなっているのを実感する。
 それでも、福祉関係のボランティアで時々出かけるから、まだテレビを友とするには至ってないのが幸いでもある。
 福祉現場の職員さんと話をしていると、「働く」ことが頭も体も活性化する源だなぁと痛感する。

 だから、自転車サイクリングに何人かの友人と出かけたり、「宴会だよ」と誘ってもらったり、そういう人間関係が続いていることに感謝する日々でもある。

 歳を重ねて、もう体が動かなくなり誰かに世話をしてもらわなければ生きて行けなくなったら、僕は老人介護施設で晩年を過ごしてもよいと思っている。
 窮屈さや不自由さはあるだろうと思うが、同じような境遇の人たちがいるというのも、よいものかも知れないと思っている。

 妻などは「私は絶対に施設生活なんて嫌だわ!」というが、たしかに自分で自立できるうちは、自分の家がよいし、終の棲家となればそれにこしたことはない。
 なんだろう・・・集団とか人の集まりとか、そういうものへの抵抗感の違いなのかも知れない。

 気の置けない人たちがいるというのは、とても幸福なことだと思う。
 元気がでることだとも思う。
 「人が人を支えあう」という、「人に感謝する」という、「人は一人では生きて行けない」という。

 当たり前のような言葉だけれど、ともすれば「何かをしてもらうこと」が感謝の対象にもなってしまうものだけど、人が身近にいて、社会関係を持続していられることが感謝だと思う。
 だから生きている、その場所、その場所で人と触れ合うことや話を交えることだけでも、大きな感謝だと思っている。

 部屋の壁の一角に、仲間のみんなと行ったサイクリングや旅行や潮干狩りなどの記念写真をCDケースに入れて飾ってある。
 ときどき、そういうスナップをまじまじと見る。

 アルバムに貼ってしまっておくこともできるけれど、「ああ、あの時はこんなメンバーだったか」とか「みんな笑顔がいいなぁ~」などと、眺めていると、こういう仲間にとても感謝する。

 というわけで、「忘年会も激減したし、自転車の輪行友はいないなぁ~」などと嘆いていたら、「まだ、昔の職場の人にも声をかけてもらえるから、いいじゃない」と諌められた本日なりぃ。
 
 
 
 
 
 
 

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コメント

今、僕は定年延長で会社に行ってますが、これが65歳で終わると、挨拶する人の数も減るんだろうなぁ・・そう思うと、毎朝公園で挨拶交わすだけの人も貴重に思えてくるから不思議です。

投稿: マミケン | 2013.11.25 10:37

職場って一つの社会ですから、居るだけでいろんな人との会話が必然的にやってきますから・・・
退職すると今度は自分で意識して作らないと、あちらからは自然には来ないものだと痛感しています。
でも、意外とご近所さんって縁が薄いもので、犬の散歩とか何か繋ぐものがないとほとんど関係が薄くなります。
都会の孤独死って不思議じゃないですね。
高齢者が気軽に集える環境がもっと必要だと思うのですね。

投稿: ちょっと一休み | 2013.11.25 23:00

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