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2013.09.22

待ち時間

9月22日(日) ローマの休日を観ながら待ち時間を過ごす

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 とある会場に所用で出かけたおり、思ったよりもずいぶん待たされることになった。
 「時間待ち」というのは、人の性格が露骨に現れるものだ。
 待つという時間は一般的には無駄な時間とされている。この時間があればいろいろ用事も済ませられると思うとイライラするのが普通のことかも知れない。

 仕事の場合はきっと待つことよりも待たせる場面の方が多かったと思うが、少人数でしかたがないと当事者の割り切り方をしていたものだ。
 「仕事」はそういう割り切り方をするものだが、用事で出かけて待たされるというのは「何でこんなに遅いのだ」とか「要領が悪いんでは」とか、ひどい場合は「ぼんやりしてやがるからだ」と・・・・。
 そういうふうに、自分の都合に引き寄せてボヤくものである。

 「待たされる」のは勿論好きではないけれど、「それなりに相手にも事情があるのだろう」と妙な納得ができてしまうので、まだか、まだかとイライラすることも少ない。
 性格に起因するのかも知れない、あるいは相手の事情に同情するという共感過多かも知れない。

 どちらにしても、物事がはかどらない時は腹をたてようが、文句を言おうが、はかどらないもので、ムッとして感情を露骨にだしても、上手くいったためしがない。

 というわけで、会場の壁にかかっていたディスプレイの映画「ローマの休日」をけっこう1本分観てしまった。
 何度観てもいい映画ですね。
 アン王女と新聞記者ジョー・ブラッドリーの心あたたまるシーンは、イライラする気持ちとは程遠いところにある。

 「一日中、好きな事をして過ごしてみたいの。そして真夜中に私はカボチャの馬車で帰るの・・・」
 と言うアン王女の願いを新聞記者の立場をこえて叶えるブラッドリー。
 どこか、このせせこましく鬱屈した現代では想像もできない時代が生み出す・・・ロマンですなぁ。

 時間待ちしたおかげで、かって何度も観た映画の「ローマの休日」を楽しむことができたわけで、次から次へと時間刻みの暮らし、動き続ける暮らしばかりでは、人のこころも休まらないだろうなぁ。
 そんな時、ひと時であっても、ふだんと違う暮らしを楽しませてくれる新聞記者ブラッドリーのような「友人」がいたら、それはそれは幸せなことである。
 

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