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2013.08.15

蛙のお宿

8月15日(木) 敗戦記念日

 011

 あまり綺麗な模様の蛙ではありませんが、そこが保護色になって玄関のラティスフェンスに取り付けた、小さな植木鉢に隠れていた。
 いつも水をやるとピョンと飛び出す。
 どこをお宿にしているのかと思ったら、ここだった。ピョンと飛び出してラティスにへばりついてるところを撮ってみた。
 よほど居心地がよいのだろうか。

 8月15日は敗戦記念日。
 毎年この日にはテレビ局で報道番組が組まれたりしている。
 今年は憲法の改憲論議も話題の一つであり、番組に登場するのは改憲賛成の立場の人と反対の立場の人と、そういうバランスである。

 年を追うごとに改憲論の発言が増しているような気がするが、そんな気がするのは世論調査などの数字を意識して、その割合に歩調を合わせているからか。
 メディアが何かに迎合して批判精神をなくしたら自殺行為に等しいと思う。

 戦後68年を経て、憲法改正論議が日程に遡上する、こんな日が来るとは平和憲法を尊いものだと教えられ戦後民主主義に育った世代には、亡霊の復活のように思えてしまう。

 民主主義の社会だから、言論の自由は当然のことである。
 憲法を改正して、国防軍を持って、集団的自衛権を行使してもいいのでは・・・というのも一つの意見である。
 平和憲法があったからこそ、日本は戦後諸外国と交戦することなく平和であったというのも一つの意見である。

 「第二次世界大戦は言論の自由があった国となかった国」との戦いだったという見方がある。
 もちろん日本は大政翼賛化のもと言論統制が行われ「言論の自由」がなかった国だった。
 言論の抑制や封殺、デマ、歪曲なくしては戦争はできないと思う。
 

 軍靴の足音というのは、さまざまなメディアが世論として「戦争への道」を作り上げて行く過程のように思う。
 平和な日本を守り抜くために軍事力を持って・・・「平和」という言葉も戦争や武力行使の理由になるなら、言葉の裏に隠された「意図」を見抜く力も必要だ。
 白いものも黒い黒いと言い続ければ黒くなるというのはナチスのヒトラーの言葉だった。

 「戦争はなってからはもうダメ、なりそうになってからでも手遅れ。なりそうな気配を一つずつつぶしていくことが大事じゃございませんか」という、戦前は軍国小僧だった自認した故小沢昭一の言葉だという。
 かっての職場の先輩からもらった今年の年賀状に書かれていたのを思いだした。  
 
 蛙のお宿を見つけて、戦争の惨禍がない日々、ごくごく普通の日常を大切にしたいと思う8月15日の敗戦記念日だ。


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コメント

新聞で読んだ。戦争中の空襲でみんな水を求めた話をしたら、小さい子供が「自動販売機はなかったの?」と聞いたそうな。僕ら世代も「戦争を知らない子供たち」なのを考えると、「実感ある戦争」を伝える難しさを感じます。

投稿: マミケン | 2013.08.19 09:24

こんばんは。
僕も戦後生まれで「戦争を知らない世代」ですが、子どもが小さい時に家族で沖縄の戦争遺跡めぐりをしました。
ちょっとショックだったようです。
僕も母親から戦争の話を聞いて、やっぱりショックを受けました。
親も祖父母も戦争を知らない世代になって、今の子らは「きれいな戦争場面」しか知らないのでしょうね。やっぱりショックを受けることが必要なんだと思うのです。

投稿: ちょっと一休み | 2013.08.20 01:30

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