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2013年8月

2013.08.28

愛犬のひと夏

8月28日(水) 介護の夏・・・だったなぁ

 やっと酷暑の日々から解放されて、少し涼しくなりました。
 窓から通り過ぎる風が、ちょっと心地よい。
 そんな風に乗って虫の音も聞こえてくると「秋の気配」も感じられます。

 今年の夏、例年にない酷暑の夏のような気がします。
 16歳の誕生日を過ぎて、我が家の愛犬ポン太の夏は「なんとかひと夏生き延びた」という実感です。
 犬は暑さに弱いから、今年の酷暑は相当堪えた夏でした。
 
 人間の夏バテと同じで、食欲がなくなり、水も飲まなくなり、体力が落ちて寝てばかりの状態でした。
 意識がモウロウとするのか、普段は外で排便排尿をする習慣が、外に出る力がなくて、玄関で時にはリビングで、ウンチをしてしまう・・・
 
 「しもの世話」というのは生き物すべて共通して、大変だということです。
 今年の夏を生き延びられるか!というのが、老犬「ポン太」の格闘でした・・・というか、いかに世話をするのかが、退職後の「暇人」と思われている僕の勤めでもありました。

 まず水分の補給、これは近所のお宅で「栄養ミルク」を貰いました。
 少し味もあって、水は飲まないがミルクならば・・・それでも水分量が足りないし、食欲もでない。
 いつもは半生のドッグフードが主食だけど、食べない。
 「食べないと体力が落ちるぞ~」と日本語で話すが、もちろん通じない。

 ドッグフードに「ウエットフード」の物をブレンドしてみました、割合を試しながら。
 これは目先の変化で効果がありましたが、歯痛でもあるのだろうか?固形フードがダメになったのか。
 いずれにしても、犬は喋りませんので、好むものに変えて行くということでしょうか。

 朝晩の散歩は日差しの強い時間をさけて、歩く距離よりも、歩く時間を犬に合わせることにしました。
 数百メートルを30分も40分もかけて歩きます。
 視力が落ち、段差につまずいて、よろけるし、休憩しないと次の一歩がでないのですね。

 実に忍耐の要る散歩です、飼い主にとって。
 というのも、このノロノロ歩きでは格好の蚊の餌食になるのですね、人間が。
 メッシュのパーカーを買いました。頭からかぶりどうにか蚊との格闘には勝利しましたが、メッシュ地は見た目ほど涼しくないのですね~、汗だくになりますが、蚊に刺されるよりはましです。

 日中の気温が35度も超えると肉球と舌の発汗作用しかない犬には地獄なのでしょうが、意外とハーハー言わないのは、人間の高齢者と同じで感知能力が下がってるのだと思われます。
 肉球も老いて固くなり、足腰の弱りもあって、踏ん張りが効かなくなります。
 玄関のタイルでもツルリと滑り、骨折してもおかしくない、という状態です。

 夏の厳しい温度、今年は犬の為にクーラーが大活躍しました。
 28度に設定して、扇風機を回します。
 至れり尽くせり・・・環境的には人並み以上?の玄関でありました、おかげで、あまりクーラーが好きではない自分の方が、クーラーのない部屋に逃げ出したりしてました。

 少し涼しくなって、この数日は散歩のヨーイドンでは、尻尾も上がりちょっとだけ元気もでてきました。
 が、相変わらずもう走ることはできません。
 ヨロヨロしながら、それでも散歩は好きなようです。
 出来る限り犬の好きなようにさせてやればいいのだろう、若い頃のように走らせたり急がせたりちょっと遠くまでということは出来なくなりました。

 まずは、この酷暑の夏を生き延びられたポン太ということでしょう。
 ペットを死ぬまで世話するということは、よくよく観察して、気持ちが通じるように、一緒に生きるということだと思います。

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2013.08.23

崩壊

8月23日(金) 「処暑」の日

 「残暑がしばらくとどまるが、朝夕は秋の気配が漂う」と歳時記カレンダーに書いてある。
 二十四節気でゆうところの「処暑」の日だそうだ。
 たしかに16夜の昨日、愛犬と散歩した夜空に丸い月が輝き、まだ都市のコンクリートの熱にどんよりと包まれていたとはいえ、月を見上げれば秋の気配もしなくもない。

 こうも暑いと何もする気が起こらないと、涼しくなる日を待ってるのだが、暑さのせいではないが、このところ家電製品がやたら壊れ始めた。
 自転車のタイヤがパンクしたのは前に書いたが、それ以来「壊れ物」が続いている。

 列記するだけで「トイレの洗浄便座」同じく「トイレの電球」そして「電動歯ブラシ」とこの二週間ほどの間に次々と崩壊している。
 そして最後、最期じゃないかも知れぬが携帯電話の電源がおかしくなった。

 フル充電しても突然画面が消える、電源ボタンも調子が悪いと困って、ドコモショップに持ち込むと確実にバッテリーの寿命が尽きているという。
 古い機種は交換バッテリーの在庫がないので2週間ほどかかるという。

 携帯メールもそこそこ連絡に使っている身としては、バッテリーの在庫が店にないというのが信じられないが、あっという間に次から次へと新機種が投入される携帯市場だから、古い機種のバッテリーなど儲からないということなのかも知れない。
 そのバッテリーの寿命だけならまだ良いが、機種本体に問題があれば、そこからまた・・・

 こういう家庭内の家電物が壊れたという話は、たかがそれだけのことで、修理するか買い替えれば解決するもので、やはり「たかが・・・」と大騒ぎするほどではないが、福島第一原発の汚染水漏れなどは深刻なことだ。

 生活する場所を奪われ、漁業不安に晒され、海洋汚染が拡大する現状は、原発事故の被害の大きさがいかなるものか、核処理そのものをコントロールする技術は人間にはないという証明のような気もする。

 こんなものをどんどん作っていったら、核のゴミ、汚染された星の地球になってしまうのだろう。
 「核」の問題を別にすれば、洗浄便座が壊れた、電動歯ブラシが、携帯が・・・、物が壊れたら修理するか買い替えれば済むから、命にさしさわる話でもない。

 壊れるのは物だけじゃない、人のこころだって壊れるものだ。
 人のこころが壊れたら、こころのケアをして元に戻すのも容易ではないし、壊れたら新しく取り替えるなどと言うのはブラック企業だけだろう。

 「シリアで化学兵器を使用、1300人死亡」「社会保障は自助を基本」、新聞の一面には福島第一原発の汚染水海流出の記事とともに載っている。
 暑い暑いと嘆いている間に、肌寒くなるような話ばかりが進行している。
 

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2013.08.15

蛙のお宿

8月15日(木) 敗戦記念日

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 あまり綺麗な模様の蛙ではありませんが、そこが保護色になって玄関のラティスフェンスに取り付けた、小さな植木鉢に隠れていた。
 いつも水をやるとピョンと飛び出す。
 どこをお宿にしているのかと思ったら、ここだった。ピョンと飛び出してラティスにへばりついてるところを撮ってみた。
 よほど居心地がよいのだろうか。

 8月15日は敗戦記念日。
 毎年この日にはテレビ局で報道番組が組まれたりしている。
 今年は憲法の改憲論議も話題の一つであり、番組に登場するのは改憲賛成の立場の人と反対の立場の人と、そういうバランスである。

 年を追うごとに改憲論の発言が増しているような気がするが、そんな気がするのは世論調査などの数字を意識して、その割合に歩調を合わせているからか。
 メディアが何かに迎合して批判精神をなくしたら自殺行為に等しいと思う。

 戦後68年を経て、憲法改正論議が日程に遡上する、こんな日が来るとは平和憲法を尊いものだと教えられ戦後民主主義に育った世代には、亡霊の復活のように思えてしまう。

 民主主義の社会だから、言論の自由は当然のことである。
 憲法を改正して、国防軍を持って、集団的自衛権を行使してもいいのでは・・・というのも一つの意見である。
 平和憲法があったからこそ、日本は戦後諸外国と交戦することなく平和であったというのも一つの意見である。

 「第二次世界大戦は言論の自由があった国となかった国」との戦いだったという見方がある。
 もちろん日本は大政翼賛化のもと言論統制が行われ「言論の自由」がなかった国だった。
 言論の抑制や封殺、デマ、歪曲なくしては戦争はできないと思う。
 

 軍靴の足音というのは、さまざまなメディアが世論として「戦争への道」を作り上げて行く過程のように思う。
 平和な日本を守り抜くために軍事力を持って・・・「平和」という言葉も戦争や武力行使の理由になるなら、言葉の裏に隠された「意図」を見抜く力も必要だ。
 白いものも黒い黒いと言い続ければ黒くなるというのはナチスのヒトラーの言葉だった。

 「戦争はなってからはもうダメ、なりそうになってからでも手遅れ。なりそうな気配を一つずつつぶしていくことが大事じゃございませんか」という、戦前は軍国小僧だった自認した故小沢昭一の言葉だという。
 かっての職場の先輩からもらった今年の年賀状に書かれていたのを思いだした。  
 
 蛙のお宿を見つけて、戦争の惨禍がない日々、ごくごく普通の日常を大切にしたいと思う8月15日の敗戦記念日だ。


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2013.08.14

瀬戸蔵ミュージアムに行った話

8月14日(水) 今年の猛暑の夏を走る(リベンジ編)

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【焼き物窯:子どもの頃見て過ごした窯はもう少し大きかった】


 愛知県瀬戸市といえば瀬戸焼、「せともの」という言う方がしっくりきます。
 そうした瀬戸焼きの歴史と文化を展示しているのが「瀬戸蔵ミュージアム」、以前から一度は行こうと思っていました。

 昨日、ほぼ全国的に猛暑の日に名古屋から庄内川を北上して春日井市、尾張旭市を抜けて瀬戸市へと自転車で走りました。
 連日37度前後の暑さです。

 11日に自転車がパンクして、さっそくamazonでタイヤ・チューブを注文したら、翌日には届きましたが、この「注文→配達1日」というスピードは、ある意味驚きです。
 というわけで、先日リタイアした炎天下自転車走りのやりなおしです。
 今度はSOSは出せないので、予備チューブ、パンク修理キット、エアーをしっかり詰め込みました。

 庄内川の右岸道路はサイクリングに適しています。
 何人ものサイクリストに遭遇して、「暑いけど元気に行きましょう」という暗黙の会釈をします。
 人には「こんな暑い日に自転車は大変でしょう」とよく言われます。
 その後に「よくやってられるものだ!」という、これも暗黙の呆れ顔です(笑)

 なにか極限に近い「しんどさ」を乗り越える快楽、ちょっとクレーバーな心持かというと、僕にとってはそうではないのですね。
 ハアハアと息荒く大汗をかいたあとの達成感などというのはないのです。

 炎天下で行う野球やサッカーやテニスなどのスポーツは大変だと思うが、夏の自転車は意外と心地よさの方が多いのです。(乗り方にもよりますが)
 川に架かる橋の下や公園の木陰の涼しさ、こういうところで一息つく心地よさは格別だし、いい風が吹いてきて気持ち良い・・・そういうものを感じながら走る「炎天下」というわけです。

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【庄内川:橋の下に小屋掛けする気持ちがよくわかるなぁ】

 暑いけれど、暑い暑いといってクーラーで涼むのとは、また別の心地よさがあります。
 今年の夏はことさら暑い日が多いが、今のところ夏バテとは無縁です、食欲も旺盛でこの日の昼飯は「和風ステーキ」をペロリ。
 暑い中を走って、ステーキを喰って、冷たいアイスコーヒーを飲んで・・・快調!!

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【瀬戸川:昔は陶器工場の水で白濁した川だったなぁ】


 所用もあってすぐ上の兄宅に寄りました。二人目の孫の誕生で・・・おっと、名前を聞くのを忘れた。
 兄弟というのは歳を重ねるごとに、それぞれの家族が増え、その家族ごとの暮らし方になってゆくという当たり前のことが、歳を感じさせられます。


 瀬戸蔵ミュージアムは名鉄瀬戸線の尾張瀬戸駅の瀬戸川を渡った東にあります。
 2階・3階が展示場になっていて、2階にはあの懐かしい「瀬戸電」の姿が見られます。
 乗降口が手動式の緑色の電車は子どもの頃を思い出します。

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【瀬戸電:昔の電車を建物建築時に搬入したそうです】

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【瀬戸電の内部:一輌の真ん中に鏡があって、れれれ自分が映っている】

 その横には「モロ(やきもの工場)」や窯にエントツなどが、これも懐かしい瀬戸の風景でした。
 僕の母親は近所のせともの工場に勤めていました。
 まだ小さい頃はこの「モロ」という工場で何人かの大人が働き、僕は小さな焼き物用の土の塊をもらって、粘土細工をして遊んだものです。
 親の工場で働く姿を見ながら「おとなしい子だわねぇ~」などと言われたものです。

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【モロ:こんな町工場の隅で黙々と一人遊びしてたなぁ】


 その工場には焼き物窯があって、火入れした時などは火炎地獄のような熱さだった記憶があります。
 親の働く工場で小さな児が一緒に過ごしても「不謹慎だ、子どもを連れてきて」などと誰も言わなかった時代です。

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【焼き物工場の風景:何本も何本もこんな煙突がたっていた】


 2階の中央では瀬戸焼の展示室があります。茶碗とかではなくて動物や植物、人物などの置物作品です。
 陶器とは思えないほどの見事な作品がたくさんありましたが、ここは撮影禁止でした。

 階段を上がって3階に行くと瀬戸焼の歴史の展示があります。
 古くは古墳時代の遺跡から発掘された焼き物の歴史が時代ごとに展示されていて、「瀬戸3万年の歴史」だそうです。

 いやぁ~歴史を思いおこしながら見るようなものですが、そんな中で比較的近代の戦時中の陶磁器を「代用品の時代」として展示されているのに目を惹かれました。
 軍需のために金属の供出を強いられたなかで、陶磁器が代用品として生産されたことは聞いてはいましたが、陶器のアイロンや消火器、そして陶器の手りゅう弾、こういうものは初めて目にしました。

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【蚊遣器:蚊取り線香のあれです、愛犬用にお土産品です】


 ゆっくりと夏季特別課外授業のような時間を過ごしていたら、あっという間に夕方になりました。
 名古屋まで自転車で走ると帰宅時間が大幅に遅れそうなので輪行です。
 折りたたみ自転車MR4Fと輪行袋です。

 名鉄尾張瀬戸駅で自転車を分解し輪行袋に詰め込んで準急「栄町行」に乗り込みました。
 夏休みなので下校する学生さんもほとんどいません。車両の最後尾に自転車を据えて、あとはゆっくりと座席で瀬戸の街並みを見ながら帰宅するばかりでした。

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【概ね自転車で43キロを走る+瀬戸線輪行だった】

 
 
 

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2013.08.11

炎天下にリタイアする

8月11日(日) トラブルは予期せぬ時にやってくる

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                      【庄内緑地公園のひまわり】

 酷暑の日が続いていますが「残暑お見舞い申し上げます」って、立秋を過ぎれば挨拶文は「残暑見舞い」となるのだけど、残暑どころか35度を超える日がまだまだ続く・・・
 まあ、そういう挨拶の葉書なども、とんと出したこともなければ貰ったことも近頃はない。
 まだまだ暑くて寝苦しい日々は終焉しそうにないなぁ~。

 暑いから、その暑さに向かって一日自転車を走らせる予定で家を出る。
 70キロほどは走れるかと、スポーツドリンク、着替え、タオル、冷感グッズ・・・準備は万全、備えあれば憂いなし。
 「ほんとうに出かけるの?やめた方がいいんじゃない」と後ろ髪引かれる言葉にも決意は固い。
 不思議と熱中症にやられる気がしないのだなぁ~、毎日自転車通勤していた頃から間違いなく体幹が強くなった。
 青白い読書がお友達のインドアー生活から、屈強なシニア世代に変化した(笑)
 なんてのは冗談として、僕はしっかり準備して、熱中症の対策も万全ならば、たとえ35度を超える日中でも、自転車は快適な乗り物になる・・・という不思議なことだけど確信があるのです。

 出発したら体が慣れるまでは20分に一度ほど休憩し、こまめに水分補給する、それをしばらく繰り返せばあとは体調に合わせて、休憩するわけです。
 もちろん、大量の汗をかくし日焼けもします。

 庄内緑地公園から東に、尾張旭市、瀬戸市方面に走る予定で、万が一にも熱中症などという事態に遭遇したら・・・その時は、ちゃんと輪行袋も用意してる、もっと体調不良に陥ったら「あ~、もしもし、SOS、SOS」と緊急救助電話を入れることも、事前に妻に頼んでいます。
 これ即ち「事前の準備、あらゆることを想定する」という、危険への対処法ですね。

 しばらく見ぬ間に庄内緑地公園のひまわりが背丈をこえるほど育っていました。
 この暑さを栄養源に咲くひまわり・・・あんたは偉い!などとつぶやきながら、ほんの一休みして、ぐんぐんと気温が上がり続ける炎天下を走りだします。

 さすがに、この暑さのなかでも元気なのは、出会うヘルメットにサイクルウエアの自転車乗りの人たちです。
 庄内川に沿って東へ東へと走ります。絶好調!今日は「MR-4F」というしばらく壁紙のように飾ってある折りたたみ自転車、これは数か月前に京都に積んでいって走ったから、まあ問題はないだろうという確信。

 が・・・いやはや、過信というものは恐ろしい。
 自転車のメンテ用品は持ってこなかった、替えチューブもパンクパッチも空気入れもない、という日に限って問題が起こるものです。

 見事にパンクしました、シュ~という厭な音とともに前輪から空気が放出されて、おっとっと。
 庄内川沿いというのは自転車店もなければ、バスも電車もなにもない、というのが当然です。
 まだ20キロにも達していないから、体力には余力があるが・・・タイヤが、タイヤが・・・。

 ちょっと木陰で休憩しながら「どうすりゃいいんだ思案橋」って、こりゃあリタイアするしかない。
 「もしもし、ダウンしました。」
 「だからこんな暑い日に出かけなくてもって言ったのに」
 「いや、僕じゃなくて自転車が、タイヤがパンクしてしまいました」
 知らない道は自信が無いという妻を気遣って、というか迎えがないと困るので平身低頭、「よろしくお願いします」

 しばらく自転車を引きずりながら、道行く人の「この炎天下に自転車引っ張って~」という視線にさらされながら、待合地点のファミレスまで行きました。
 これは暑くて死にそうだったなぁ~自転車ならばこんなに暑くはないのに。

 まあ、涼しい店内で、ちょっと遅くなった昼食と冷たい飲み物で一息入れて「感謝しております」
 帰宅して原因調査、犯人捜しをしましたね。
 パンクの原因はタイヤが熱中症になった!というのは嘘で、タイヤのリムテープが劣化していたのです。
 ここは長年手を付けてこなかったメンテナンス不足の場所で、タイヤもいくつか亀裂がはいっていました。
 タイヤ、チューブ、リムテープ一式交換しないとまた不測の事態となりそうだが、MR-4Fって自転車は24インチのホイールで、店にもあまり置いてないから、ネット注文するしかないかな。

 人生、何事も失敗から学ぶものです・・・ははは。
 
 
 
 

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2013.08.09

41度!

8月9日(金) 論理的思考力の減退

 午後2時30分のもっとも暑い時間帯に、頼まれてお義母さんを車で迎えに行きました。
 30分も走ると車に取り付けられた車外温度計が、38・・・39・・・40・・・41度。
 アスファルトの道の照り返しなのでしょう、41度を指した時には車にクーラーがあって良かったと痛感しました。
 いったい人間は何度までならば、耐えて普通の暮らしができるのでしょうか?

 甲子園球児の熱戦が行われていますが、炎天下のスポーツ攻守に時間がかかれば熱中症にならないだろうか、途中で水分補給タイムをとらなくても大丈夫なのだろうか・・・そういうルールもあっていいんじゃないかと。
 愛知県の名電高校は初戦敗退してしまいました。炎天下の熱闘!それだけでも凄いことだと思います。

 久しぶりに議論の内容をまとめ、文章で提出する作業を依頼されたが、こうも暑いと頭の方も回転しないわい!と暑さのせいにして、引き伸ばしていたら督促されるしまつになった。

 あわてて、扇風機にかじりついてパソコンの文字を打つが、どうもしっかりした文章にならない。
 議論の要点を整理しながら、文字にしてゆくがどうしても口語文になってしまう、しゃべり言葉である。
 最近、小説ばかり読むことが多いし、いわゆる調べたり、論理立てたりする作業が少ない、おまけに会話することも減っている。

 相手との会話の中で物事を整理することが多い僕としては、どうしても理路整然とした文章にならないわけだ。
 気ままにブログを書くにはいいけれど、議論の整理となると・・・そういう論理的思考がついてこない。
 歳である。

 物忘れが増えて芸能人の名前が出てこない、人の顔の区別が苦手になる、どうも「勉強」という習慣が減ってきているのかも知れない。

 勉強といえば最後の最後でギリギリで仕上げることが多かったので、そういう追い込まれなければ出来ない習慣が幾つになても身に沁みて抜けない。
 少し早めにとりかかればいいのだがそれが出来ない。いや、きっと、やりたくないのだ、追い込まれて仕上げる・・・ほっとする・・・ご機嫌である、という図式だ。

 追われてギリギリで仕上げることに快感のアドレナリンが出ると誰かが言ってたが、たしかに督促されてた報告書が、できあがった解放感は久しぶりだったなぁ。
 
 

 

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2013.08.07

立秋と夜景

8月7日(水) クーラーに負けてしまった日

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 秋です。もう秋なのだと歳時記カレンダーに「立秋」の文字が書かれています。
 だから暦の上では秋だというが、太平洋高気圧が張りだし、ここ何日かは35度を超える猛暑日が続くというから、いくら季節の先取り、暦の上の「立秋」といってもピンとこない。

 午後、所用で名古屋市の港区の某イベント会場に出かけました。
 洋風の洒落た会場で5時間余ほど、いろいろと説明を聞いたりして、館内にはしっかりと冷房が効いていました。

 名古屋は暑い日で屋外は37度はあったでしょうか、照り返しも凄まじく、さすがにクーラーの効いた部屋は快適だと・・・
 このところ暑くても扇風機ぐらいなもので、ウーロン茶やスポーツドリンクを飲み、汗をかいて過ごしていたので、クーラーがかかった部屋で何時間もいるのは、事務所で仕事をしていた頃以来でした。

 涼しいものだと思ったのは1~2時間ほど、だんだんと体から力が抜けて、夕方を過ぎる頃にはニコニコ顔もしていられない、気分も悪くなる。
 体調は最悪で、表にでれば昼間の熱気がこもっているし、屋内にいても体がだるい。

 熱中症には万全の備えをしているが、まさか冷房病に負けるとは・・・。
 用事も終わる頃には疲れ切って、一刻もはやく自宅に帰りたい気分になる。

 会場のエントランスの柱の間から観覧車の支柱に取り付けられたイルミネーションが赤や緑に輝いていた。
 「きれいだわ~」という声が上がるが、一分でも早く家に帰りたい気分になる。
 疲れた一日だったなぁ~ 秋の過ごしやすい日が待ち遠しい。

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2013.08.02

夏だから冷やしラーメン

8月2日(金) 下手は下手なりに作っても美味いものだ

 暑い季節なので、昼飯は麺類を作ることが多くなる。
 ラーメン、冷麦、ざるそば、うどん・・・、スーパーで生麺の2食袋入りを買い、キュウリとハムと薄焼き卵をのせれば、それなりの昼食になる。

 ちなみに材料費を合計してみても数百円程度だから、街のラーメン店で食べるよりも断然安い、というのは当たり前のこと。
 店のラーメンとは味が違う?ってのも当たり前で、自分で作る冷やしラーメンということが付加価値である。002

 キュウリを3本買って残りを浅漬けにしたら意外といける。キュウリは体を冷やす効果があるので美味いと思うのだろうか。
 薄焼き卵というのは薄く焼けないのが僕の限界点、それでも冷やしラーメンには定番なので、まっいいか。
 ハムの代わりにベーコンを使ってみたりする。要は動物性たんぱく質がちょっと欲しいということ。

 具だけがやたらてんこ盛りで見た目はさほど美味そうには思えないが、本人はそれなりに満足している数少ない昼飯だ。
 昔から料理などしてこなかったツケが、ここにきて回ってきたということだろう。
 見栄えのよい美味い冷やしラーメンをなどという向上心はとっくに放棄して、ともかく衣食住、食べる事ぐらいは自力でやれるようにというのが、目下めざす着地点といえる。

 「生活感」という言葉がある。
 最近はスーパーでキュウリ一本58円とか卵1パック178円とか、袋麺は2食入りか3食入りかなど、ほとんど気にすることもなかった値段が自然と頭に入ってくる。
 どこそこの店が安いとかいうほどのスーパー主婦の域にはほど遠いけれど、「食べる」ことに意識が向いて「自分で作る」というのは、外食産業華やかな時代には、ちょっとだけ自分を取り戻せる気もする。

 なにか生活の原点回帰を楽しんでるようなものかも知れないなぁ~と思う。

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