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2013.07.01

山開きの季節ですねぇ~

7月1日(月) 富士登山の想い出話

 7月になりいよいよ山開きの季節となりました。
 世界文化遺産に登録された富士山も山開きとなって、生涯に一度は日本一高い山、富士山の頂上を目指してみたいと思う人も多いことでしょう。

 新聞の旅の案内広告は富士登山ツアーがラッシュです、手軽に気楽に富士山へ誘う企画でいっぱいです。
 最近は山頂付近のご来光を拝む登山客が数珠つなぎとなる光景も紹介されてるから、やはり富士山は日本人にとっては特別な山ということですね。

 しかし3778メートルもあると、それなりの服装と準備が必要であって、観光とはいえ「ほいほい」とはならないと思うのですが・・・

 日本の山は元来が山岳信仰の霊場が多いわけで、いつでも登ることが出来たわけではありませんでした。
 「山開き」というのは身も心も清められた人のみが、夏の一定の時期に登ることを許された、そういうものが今日の「山開き」としての名残になっているのですね。

 身も心も清められた・・・そういう人にのみ許されるというのがミソだけれど、山頂めざして登るうちに、心が洗われる、日々の煩悩につつまれた気持ちを反省する、これもありでしょうか(笑)

 しかし、世界文化遺産登録されて人も草木も富士になびくとなって、富士山と人の関係もまた大きく変わるような気もしますが、自然と人間の関係はややこやしいもので、観光資源であると同時に自然を維持したいものだと思ったりします。

 さて、もう数十年前の話になります。
 まだ20代になった頃に僕は一度富士山に登りました、夏山登山でした。
 登山というものに親しみ始めて、まだ初心者の頃でしたから、経験者に連れられて登りました。

 僕は「山の怖さ」を痛感したのは2度ほどで、そのうちの1つがこの富士山登山でした。
 古い話なので記憶もおぼろげですが、たぶん吉田口からの登山ルートだったような気がします。
 前日のうちに7合目の山小屋に着き、夕食を済ませ早々に翌日の「ご来光」見たさに就寝しました。

 何度かの登山で用具一式をそろえていましたが、当時のリュックも靴も今ほどの機能もなく、とても重い装備だった記憶です。

 早朝、まだ暗い2時頃でしょうか、山頂を目指して登りはじめました。
 若さというのは少々の疲れなど意に介さないものです、少し前まで仕事をし、列車に乗って、バスに揺られ・・・そういうのは疲れじゃなくて普通のことでした。

 曙の空は山頂の手前でやってきました、ご来光です。
 富士山に登っているという実感は、こうして夜が明ける頃、それはもう清々しいわけです。
 すっかり陽も昇った頃にやっと山頂に着きました、火口付近に神社があって、登山客はきっと今ほどの数もいなかったように覚えています。

 記憶があいまいですが、山小屋で作ってもらった昼食のおにぎりを食べたように思います、日本で一番高い山のてっぺんで、雲海を眼下に食べる飯の美味さは格別でした。
 もう二度と登ることもないかも知れないなぁと思うと、ますます富士山という存在が大きなものに思えてくるわけです。

 そういうなんとも言えない感慨でしょうか、富士山は素晴らしい!・・・は、ここまででした。
 山の天気は変わりやすい、当世の女性の心変わりのはやさと同じです(笑)

 いえいえ笑いごとではなくなります。そろそろ下山しなくてはという頃になって、急に雨雲が広がりはじめました。
 下山はたしか登山口と同じ吉田口だったように思いますが、明日から仕事があるし、またトンボ帰りで列車に乗らなきゃならないし、というサラリーマンの余裕のない富士登山でした。

 降り始めると、雨粒も激しくなってきて、周囲も霞はじめ下山道も見えないほどになりました。
 何よりも恐怖心が広がったのはカミナリでした、雷鳴が下から走るのですね、風雨も下から吹き上げてきて、もう一寸先は何も見えないわけです。

 地面にへばりついて6~7人の体を紐か何かで繋いだ記憶があります、前後の人が見えないのですから。
 なんとか途中の山小屋までたどりつきたいと思うが、雨と風と雷がすさまじくて「雷に撃たれるかも知れないな、死ぬな」などと思ったりもしました。

 このときほど山の怖さを味わったことはありません。
 あの美しい富士山でさえ、天候が変われば自然の牙をむけるわけです。
 途中、4~5人ほどのパーティの方が動けずにいて「一緒に下山させて欲しい」と言ってましたので、10数人ほどのパーティ集団になりました。

 どれほどの時間、雷雨に晒されていたか記憶がありませんが、とてつもなく長い時間に感じました。
 それでも、やっと山小屋の輪郭が目の前に見えたときは「これで助かったな」と思ったものです。
 まだ登山経験が浅かったので、余計に生きた心地がしなかったのだと思います。

 しばらく小屋で天候の回復を待ち、もう大丈夫だろうという段になって、下山コースが御殿場に向かっていることを知りました。
 予定外ですが無事下山できればどこでも良かったのですね。

 空も嘘のように晴れあがって、しばらく降りると「砂走り」にでました、この1歩で3メートルは降りられる砂走り、空も晴れて調子に乗って、走るように降りました・・・が、これがいけなかった。
 膝の関節をやられました、その時は疲労の筋肉痛ていどに思っていたが、関節炎だったようです。

 その後、数年間はこの関節の痛みがときどきやってきて、そのたびに、あの素晴らしくも苦い経験だった富士登山を想いだすことになりました。
 というのが、最初にして、もう最後になるだろう富士山の夏山登山の想い出です。
 山はナメたらアカン。しかし山は良いものですね。心が洗われる気持ちになります。

 想い出話、お付き合いありがとうございました、もう一つの初山で遭難し(かけ)た話はいつか・・・ 

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コメント

富士登山は会社の新入社員教育の一環で、全員登ります。僕の場合は前半飛ばし過ぎ、高山病にやられました。頭の後ろで頭痛がします。朝、ご来光も眺めましたが、フラフラです。

頭痛は直らないので、そのまま寝ようとしましたが、山小屋の人が「山を下りれば直る」と言われ砂走りを下りましたが、本当にだんだん頭痛はウソのように無くなってきました。「登山はあせらずゆっくり」それが、富士登山で学んだことでした。

投稿: マミケン | 2013.07.02 10:14

富士山は7合目あたりから山頂も見え、トントントンと軽く登れそうに思えますが、しっかり高度がありますね。
中央アルプスの林間や岩場や林の登山道は、山頂が見えない分、あきらめてコツコツ登ります。
過程を楽しんで(疲れて)到着するてっぺんの気持ち良さは格別でしたね。
もっとも、僕は腰を痛めてもう何十年も登山は行ってませんが、いいですね山は。

投稿: ちょっと一休み | 2013.07.03 00:57

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