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2013.07.23

犬の時間(観察日記)

7月23日(火) 満月にして「大暑」の日

 久しぶりのブログ日記であります。

 歳時記カレンダーも見ながら今年の夏も一日々々が過ぎて行くのを実感してる毎日です。
 「大暑」ひと夏で暑さがピークを迎えるという意味だけど、7月初旬の連続猛暑の頃のほうが凄かったような気がします。
 学校も夏休みに入り、田んぼのサリガニを獲る小学生の姿が毎日見られるようになりました。
 でも「夏だなぁ~」と思っていると、あっという間に季節もかわるのでしょう。

 このひと月ほど、愛犬は玄関暮らしで一日過ごしています。
 諸般の事情で義母宅への出勤はお休み・・・ってことで、文字通り「夏休み」なのです。
 ゴロゴロと寝てばかりだが、一日の様子を見ていると、行動のほとんどが「老犬」らしくなって来ています。
 足の筋力が衰えて、とくに後足は起き上るのに踏ん張りきれない様子で、疲れると小刻みにぴくぴく震えています。

 筋力と肉球の弾力も減って、歩くことが精いっぱい。もうこの数か月は「走る」という姿が見られなくなりました。
 その歩き方もすこしふらついて尻尾も下がります。
 尻尾がピンと上がる時はまだ体調が良いほうなので、そうやって具合を観察しています。

 「北極コース」「学問の道コース」「南方Uターンコース」「ハナちゃん恋路コース」と、散歩はおおむね4パターンで、距離は1キロもありません。
 ああ、コースの名前は僕が勝手に命名したんですが、「北極コース」なんてのは涼しそうでいいじゃありませんか。
 たんに我が家から出て一路北に向かうというだけですが、不思議とこのコースはさっさと歩きだす。
 「学問の道」は学校をぐるりと一回りする、朝は木陰も比較的多くて、犬もさることながら人間が木陰で休み休みという、「飼い主孝行」ですが、あまり行きたがりません。
 「南方Uターン」というのは、我が家から歩道を一直線に南に向かい、疲れた頃合いを見て引き返すというもの。
 「ハナちゃん恋路コース」ってのは、元気な頃の散歩の定番コースだったが、その「ハナちゃん」も亡くなって、ちょっと淋しくなったが、今でもハナちゃんの犬小屋の前で必ず立ち止まって確認しています。

 速く歩けないから、よその散歩犬に必ず追い越されます。
 チビの座敷犬に吠えられても、されるがまま、関知せずってところです。
 ノロノロと歩くので「もう幾つになるのですか?」「16歳なんですよ」「頑張ってるねぇ~」と、そういうふうに見知らぬ飼い主の方から声をかけられることが増えました。
 頑張って散歩している・・・という光景に見える、ちょっとせつなく見える、ということでしょうね。

 弱ってきているのは足だけではなくて、当然にも視力や嗅覚もです。
 片足を上げてしていた尿も、その足があがらない。道を横断するにもゆっくりとしか渡れない。
 嗅覚が衰えてきたのは、マーキングのしぐさにも表れて、何度も何度も匂いを確かめている、一度では確認できなくなったのでしょう。
 なので、鼻先には小さな枯葉や砂がついてしまうので、ちょっと可笑しい。

 玄関先の段差が気になって、若い頃のように勢いよく降りたり登ったりできませんし、アスファルトの隙間につまずくことも少なくありません。
 散歩も半分を過ぎると立ち止まる回数が増えてきて、休憩しないと次の一歩がでません。

 こうして、ノロノロと犬と一緒に歩くとたった数百メートルでも、かなりの散歩時間がかかってしまいます。
 ちなみに、これは人間にとっては健康のための散歩といえる「散歩」にはなりません。
 愛犬「ポン太」の散歩のリズムはこうして、ノロノロと歩くのが丁度よいのでしょう。

 犬も老いて行けば、速くは歩けない、目も見えにくいから車も怖いし段差も怖い。
 鼻も衰えて時間をかけて確認しないとだめだ・・・人間の身体が老いて行く過程と同じなんでしょう。
 僕はこうして老いて行く姿をみていると、老いたら老いたリズムに飼い主が合わせて行くのがベターなのだと思うのです。

 何につけゆっくりになり、危なくて怖いから、さらにゆっくりとなる。
 それが、この愛犬「ポン太」の老後の暮らし方ならば、それでいいのでしょう。
 飼い主としては、もっとサッサと歩いてくれないか、何回匂い嗅ぎするのだよ、道の端をまっすぐ歩いてくれないか・・・元気な頃の姿を知ってると、気が付かぬうちに「はやく、はやく」と急き立ててしまいがちになります。
 しかし、もう速くは歩けない、時間もかかるのが現在のポン太というわけです。

 この葛藤は高齢者とその介護の心境に似たものがあります。退職して比較的時間のゆとりがとれる僕のような立場ならば、犬の時間に合わせることができるけれど、忙しく働いて暮らす飼い主にしてみれば、たかが犬の散歩であっても、やはりストレスになるだろう、「はやく、はやく」と飼い主のリズムに合わせることを望むだろう。

 こういう葛藤、超高齢化社会の老人問題の葛藤の本質があるんじゃないかと思うわけです。
 もし僕が歳をとって体の自由がきかなくなったとき、それでも自分のリズムで生きることを、どこまで貫くのか、犬じゃなくて人間なので、きっと身内であれ他人であれ、介護者の存在そのものに気を使うだろうと思う。

 高齢化社会と言われているが、高齢者の側から問題を考えるというよりも、高齢者をとりまく環境と介護の側からの視点が中心となっているのが現在でしょう。
 ほんとうは、高齢者自身の暮らしのあり方に高齢化社会の問題の核心があるような気がします。
 高齢者が望む暮らし方を尊重する、実現できる社会であるべきなのでしょう。

 などと満月が雲の間に見え隠れするおぼろ月夜を眺めながら、我が家のポン太はあんがい幸せな部類に入るだろうなぁと思うのです。
 
 
 

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コメント

ポン太は幸せだなぁ・・・とつくづく思います。

近頃、ホームに入っている父の車椅子を押して散歩することがあります。近所の公園に行って遊ぶ子供たちを一緒に眺めています。僕の中にもゆったりした時間が流れています。部屋で話すとお互いになかなか話す事がなくなるんですが、これだと一緒に生きている感じがして、話しやすいです。

投稿: マミケン | 2013.07.24 10:25

なんか素晴らしい時間が流れている風景ですね。
きっと言葉などなくてもお父さんはとても心地良いのだと思います。
僕も親が元気なときはなかなか向き合って時間を過ごすことがなかったですね。
そういう時間をお父さんから与えてもらってるということでもあるのでしょうね。
穏やかでとてもいいなぁ~と思いましたね。

投稿: ちょっと一休み | 2013.07.25 00:40

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