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2013.06.29

ビワの実と化粧

6月29日(土) 昨日は久しぶりに旧交をあたためた

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【ふつうの庭のビワ、これを磨いて選別して化粧包装したら商品になる】

 桃栗3年柿8年ビワは早くて13年。

 ほほう~実がなるのにそんなにかかるとは知りませんでしたが、種子がおおきくて果肉が少ないのがビワの実、生薬としての効能が実にも葉にもあるというから、だてに13年もかかっていないということでしょう(もっとも実際は7~8年で結実するようですが・・・)

 昔の職場の友人たちと飲み会があった、「暑気払い」というわけで、久しぶりの旧交を温める日でした。
 帰宅したら「ビワの実があるから」と妻が言うが誰かにいただいたらしい。
 ビワの実には嘔吐や喉の渇きに効能があるというから「ああ、きっと飲み過ぎにはいいわよ」という優しい心遣い・・・とは、どう考えても思えませんなぁ(笑)

 「暑気払い」と銘打った飲み会は、僕を除いてみなさん現役で働いてる女性の方がほとんどでした。
 現役で働いているからでしょうか、会話のスピードも展開もパワフルに見えます。
 やはり一日の時間の使い方が違うのだと、まあそう痛感するわけです、笑い顔にそういうものが出ていて、一日働いた後となると、朝の化粧も落ちて・・・そうして現れた普段の顔の清々しさ、と僕は見えるわけです。
 働く暮らしというのは、人の顔を生き生きとさせるものです。

 2時間ほどの宴会も終えて名古屋の繁華街「錦三丁目を帰宅の途につくと、夜のネオン街です。
 煌びやかにドレスを身にまとった女性、和服姿の方や、スーツの男性や、もうここは昼間の顔とは別世界です。
 着飾り化粧をして扇情的な街がここにあって、一夜にして相当な金銭が費やされる繁華街・・・

 廓、花街、ネオン街、いつの時代にも男を惹きつける商売は絶えることなく続いていますが、どのような商売でも「働く」というのはそれ相当なエネルギーを必要とします。
 化粧をして昼間とは別の顔となり、それを商売として暮らして行くことが、幸せか不幸せか僕にはわかりませんが、生きて行くというのは何だか辛いものだと、そう思えてなりません。

 「職場に忘れ物をしたから車で送っていってくれない」
 「いや、まだ洗濯も途中だし、『あまちゃん』も『こころ旅』も観たいし・・・だめ」
 「いいじゃない、昼ごはんを奢ってあげるから、四川料理のお店でもいいよ」

 ・・・昼飯を奢るから運転手をしろという現役の収入のある娘の強みがそう言わせ、現役を退いた親の僕としては「まあ、しかたないか・・・」と交換条件にのってしまう。
 よくよく考えてみれば、子育てに投資した分が戻るだけで、けっして交換条件としては成り立たないのだ(笑)

 車のなかで化粧をするのをみて、何も休日の土曜日にまで化粧をする必要もあるまいと思うのだが、どうやらその後にデパートに行くので、素顔では歩けないということのようです。

 思えば若い女性の区別がつかなくなって、名古屋駅などを歩いているとみな同じような化粧と服装に見えてきます。
 「歳をとると、若い方がみな同じに見えてくる」と昨日の飲み会でも話題になりました。
 ・・・が、歳をとったからそうなるのかなぁ~とふと考えます。
 同じような化粧方法と同じようなファンションで、家に居るときとは別人の顔で街に出るのですから、これはもう「仮面」のようなもので、だから若い方がみな同じに見えるのではないかとそう思いました。

 ところが、その昨日の飲み会で「女の子だけじゃなくて、男の子もみな同じように見える」という話がでました。
 息子や娘のような世代の人たちが「同じように見えて区別がつかない」というのは、どうも化粧のせいだけではないようです。
 やはり歳をとったからなのでしょうか、それとも化粧して着飾る術が上達したのでしょうか。

 なんだか素顔と社会生活がますます乖離しているのでは?などと思うのですが、素で街を歩けない暮らし、本音を吐けない暮らしがそこにあるとしたら、とても大きなストレスになるのは間違いないでしょう。
 時代はどんどん変わって行くなぁと思う最近です。
 
  

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コメント

先日、僕も琵琶を食べました。ご近所スーパーなどでは売っていないので、とても新鮮な味でした。

実は池上の実家に昔、オヤジさんが狭い庭に植えた柿の木や琵琶の木があり、未だに実をつける。オヤジさんは現在養護ホームにいるので、僕らはなかなか実家にはいけないが、先日、兄が琵琶を採って姉や僕に分けてくれたのだ。

投稿: マミケン | 2013.07.05 13:22

昔はびわの木なんてそこらじゅうにありました、僕の育った家にはイチジクが実をつけていました。
長野の叔母さんの畑でもぎたてのトマトを丸かじりした時の美味さは感動したものです。
今はみんなスーパーで売られてるけど、ちっとも美味しくないですね。
そういう美味しい果実を食べることが出来た時代は、ささやかであっても幸せな時代だったと思っています。

投稿: ちょっと一休み | 2013.07.05 23:51

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